第3話 二度目の自費出版

 散々迷った挙句、二度目の自費出版を決意した私は、早速あの人のところへ電話をしました。

 あの人とは、言うまでもなく田中さんのことです。


「もしもし、以前、自費出版のことでお世話になった丸子ですが、憶えてますか?」


「ああ、丸子さんね。もちろん憶えてますよ。あの時は思ったほど本が売れず、残念でしたね」


「あの時はろくに宣伝もしていなかったので、今となっては売れなくて当然だと思っています」


「それもありますが、やはり私の言う事を聞かなかったのが、本が売れなかった最大の原因ですよ。素直に私の言う通りにしていれば、もう少し売れたはずです」


 久し振りに聞いた田中さんの嫌味をぐっと堪えながら、私は「実はもう一度、自費出版しようと思ってるんですが」と、切り出しました。


「またですか。ちなみに、今回はどんなジャンルの話なんですか?」


「ブログに投稿していた小話をまとめた小話集です」


「小話集? それは一話あたりどのくらいで読めるものなんですか?」


「大体2分から10分くらいですね。それを40話集めて、一冊の本にして売り出すつもりです」


「なるほど。では一度、目を通させてください」


「分かりました。では、後でデータを送っておきますね」




 一週間後、打ち合わせ場所の喫茶店に到着するなり、田中さんはデータをプリントアウトしたものをカバンから取り出し、テーブルの上に無造作に置きました。


「先日拝見しましたが、前回同様、私の満足のいくものではありませんでした」


「これはお笑いを元にした小話集です。田中さんにお笑いのことが分かるんですか?」


「もちろん、お笑いは専門外ですが、この作品が面白いかどうかは分かりますよ。はっきり言って、面白いと感じたのは二、三話くらいで、あとはイマイチと言わざるを得ません。ただし、丸子さんが修正に応じてくれれば、面白い作品に仕上げることもできます」


「もしかして、この付箋の貼ってある箇所は、全部修正しないといけないんですか?」


 田中さんは山のように付箋を貼っていました。


「ええ。今から一つ一つ修正していけば、面白い作品になりますよ」


「自分が納得すれば修正に応じますが、そうでなければそのままでいきますよ」


「まあ、それでも構いません。少しでも面白い作品になるよう、二人で修正していきましょう」


 その後、付箋の貼ってある箇所を見てみると、案の定田中さんは的外れな指摘ばかりしていました。


──やれやれ。これを全部修正してたら、売れるものも売れなくなってしまうぞ。


 私はほとんどの指摘を無視し、修正しても話全体にはなんら影響しないものばかりを選んで修正に応じました。


 こうして出来上がった本のタイトルが『中華風おやじ』。

 これは四十話の中の、ある一作品のタイトルなのですが、実はタイトルを決める時も田中さんとひと悶着ありました。


「本のタイトルですが、私は『笑える超短編小説集』がいいと思うんですが、どうでしょう?」と田中さんに訊くと、彼は「それよりも、一つの作品のタイトルを本全体のタイトルにした方がいいと思います」と答えました。

 その意見に納得した私は、四十作品の中で一番インパクトのある『中華風おやじ』を推したのですが、田中さんは『インスタばえ』というタイトルを推してきました。


「それだと、インパクトが弱いうえに、お客さんがインスタ映えについて書かれた本だと勘違いして買ってしまう可能性があります。その点『中華風おやじ』なら、一見どんな本か分からないので、お客さんも買う前に内容を確かめるでしょうから、間違えることもないと思います」


 私がそう指摘すると、田中さんは「必ずしも、インパクトのあるタイトルの本が売れるとは限りません。また、勘違いして買ってしまうような人は、今の時代いないと思います」と、真向から反論してきました。

 そんな彼を「勘違いする人がゼロとは限らないので、そういう可能性は消しておいた方がよくないですか? あと、一回目のときも言いましたが、お金を出すのは私なので、私の好きなようにさせてください」と説き伏せ、半ば強引にタイトルを『中華風おやじ』に決めました。


 前回、まったく宣伝をしていなかったことを反省して、今回はブログやツイッターでの宣伝はもちろん、知人や職場関係の人たちにも積極的に声を掛けました。

 そうして努力を重ねた結果、果たして売り上げはどうなったのか。

 それは次回すべて明らかになります。


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