第2話 現実はそれほど甘くない

 最初の打ち合わせから何か月かして、ようやく本が出来上がりました。

 それまでに田中さんとは何度か打ち合わせをしたのですが、出版する本の冊数や表紙の絵のことで、ことごとく意見が分かれ、予定していた時期よりも一ヶ月ほど伸びてしまいました。


「はい、これが丸子さん用です」


 そう言って田中さんが完成本を渡してくれた時は、さすがに感慨深いものがありました。

 私は自分の本をまじまじと眺めながら、『とりあえず出版した本を全部売り切って、増刷するぞ!』と、心の中で自らを奮い立たせました。


 私は自費出版をするにあたり、出版した500冊全部売り切った場合は費用全額出版社持ちで増刷するという契約を、あらかじめ田中さんと取り付けていました。

 私はなんとしても増刷に持ち込むべく、田中さんが書店に本を納めた翌日から、早速書店巡りをしました。

『丸子稔』という自分の名前が書かれた本が書店に置かれているのを初めて見た時は、田中さんに直接渡された時とはまた違う感動がありました。

 私はその本を手に取り、周りの人に聞こえるように、「この本、面白いな!」と言ったり、少しでも人の目につくように、置き場所を目立つ所に変えたりしました。 


 そんなことをしながら各書店を回っていると、売れている本には必ずと言っていいほどポップが書かれていることに気付きました。

 ポップを書けば、もしかすると自分の本も売り上げがよくなるかもしれないと思った私は、ダメ元で店員に頼むことにしました。


「私、『エンジョイタクシー』の作者の丸子稔という者ですが、今から私の考えたポップを、自分の本の横に置いてもらうことってできますかね?」


「ポップですか? ご自分で書かれる方はあまりいませんが、別に問題はないですよ」


「本当ですか! ありがとうございます!」


 お礼も早々に、私は早速文言を考えました。


──俺みたいな無名作家だと、やはりインパクトのあるポップじゃないと、誰も見てくれないよな。かといって、あまり奇をてらい過ぎてもさむいだけだし……。


 散々考えた挙句、私は以下の文言をポップとすることに決めました。


【どーもー。自称日本一面白いアマチュア作家こと、丸子稔でーす。私の書いた世界一面白い小説『エンジョイタクシー』を読めば、たちまちあなたは宇宙一幸せになれるでしょう】


 このポップを店員に見せた時、その店員は笑いを必死に堪えながら、「私はいいと思いますよ」と、当たり障りのないことを言っていました。

 その後、私は十件以上書店を回り、すべて同じ文言のポップを自分の作品の横に置きました。


 その努力?が実を結び、出版した500冊はすべて売り切れ、いよいよ増刷に……というのは嘘で、結局本は200冊くらいしか売れませんでした。

 内容さえ面白ければ、たとえ無名作家が書いた本でも爆発的に売れると本気で思い込んでいた私は、現実はそんな甘いものではないということを嫌というほど思い知らされました。


 その後、私はブログを開設し、週に一回くらいのペースで小話を投稿するようになりました。

 最初まったく見向きもされなかった私のブログは徐々に人気が出てきて、一年が経過した頃にはたくさんのフォロワーに見てもらえるようになりました。

 そんな時、あるフォロワーの方から『こんな面白い小話をブログだけで披露するのはもったいないです。いっそ本にして、小話集として出版されては』というメッセージをいただきました。


──小話集か。確かに、それも面白いかもしれないな。でも……。


 その時点で小話は40作品くらい出来ていたので、本一冊分くらいの量はあったのですが、前に一度失敗しているため、すぐには自費出版に踏み切ることはできませんでした。


──このままブログに投稿していた方が、フォロワーは喜んでくれるし、俺自身も気分がいい。しかし、それだと、その先の展開が見えてこない。それなら、もう一度勝負をした方がいいかもしれない。でも、二度も失敗したくないし、予算的にも苦しいからな。


 散々迷った挙句、私はついに決断をしました。

 さて、私は一体どちらを選んだのでしょうか。

 勘のいい方は、もうお分かりですよね。

 

 


 

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