私と彼女と。やり直しが効かない人生を共に。
秋名月レモン
私と彼女と。やり直しが効かない人生を共に。
――Undo, Delete, Back Space……。デジタル機器を見れば目に入る『やり直し・戻る』のアイコン。勿論何度もお世話になっている。正直これがないとイラスト制作なんてやってられないなんて思うくらいだ。
――けれど。この世界は、現実は、間違えても取り消せないことがある。『やり直し』が効かないんだ。
「ねぇ、この世界って、何でやり直しが出来ないんだろうね……?」
彼女は傷の目立つ液晶ペンタブレットを見ながら、小さな声で私に訊く。勿論液タブはパソコンに繋がれていて、彼女は作業中なのだけれど。
「ね、ホントにそう。何でやり直しが効かないんだろね」
「デジタルだったらこうやって何回もやり直せるのにね」
彼女は私の言葉に答える。そして液晶に小さくあるUndoアイコンをペンでタッチする。
――彼女が描いていたキャラクターイラストの目の一部が消える。
私から見れば別に悪くないと思うのだけれど、彼女は納得していなかったのだろうか。
――そう言えば、イラストにおいて目は大切だと何かで見た記憶がある。イラストレーターの彼女としては、何か思うことがあったのだろう。
「……」
しかし、どうしてこの世界はやり直しが効かないのだろう。なんて、私はもう一度考えてみる。
――ゲームの中だったら、セーブとロードを繰り返して、何回もやり直しが出来るのに――。
――タイムマシンでも出来てくれれば時間を行ったり来たり出来てやり直しが出来るのかな――。
――いや、無理か。叶わない願いってやつ……? 寝言は寝て言えってことか――。
「ねぇ」
ふと、彼女の少し語気の強いそんな声が聞こえて、私の考え事は中断される。
「どうしたの、急にそんな怖い顔しちゃって……?」
私が彼女の方を向くと、彼女は心配したような顔と声音で訊いてきた。
自分では表情を変えていた気はしていなかったのだけれど、そんなに怖い顔をしていたのだろうか。
「ん。ちょっと考え事してただけ」
私は彼女の言葉にそれだけを答える。
――というか、それが事実で、それしか言うことがなかったのだけれど、自分を心配してくれている人への返答としては、少し無愛想だっただろうか――。
「考え事……?」
彼女は訊く。しかし、その顔と声音に心配だという気持ちが強くなっているのを感じる。
「バカ、そんな心配そうな顔しないでよ。ただ、何でこの世界はやり直しが効かないんだろうなって考えてただけだから」
私は少し笑いながら言う。
――彼女はどうも心配性らしい。私に何かあるとすぐに『大丈夫?』なんて声をかける。というより、声を『かけてくれる』。それは昔から変わらない。今だってそうだ。その度に私は『バカ、心配しすぎだって』なんて笑いながら答えるんだ――。
「……そっか」
ほんの少し間を置いて、彼女はその一言だけを言う。その顔は何だか嬉しそうで、その声音は何だかいつもより優しい――温かいとも言える――感じがする。
――まるで『私に寄り添ってくれてありがとう』とでも言っているような――いや、ただの私の思い上がりか……?
私ば彼女の言葉に微笑む。そして顔をずらし、目の前に置かれた時計を見る。時刻は午後の11時を回ったところだった。
「……もう11時過ぎてる。そろそろ寝よっか?」
私は彼女の顔を見ながら言う。
「えっ……!? ホントだ……!」
私の言葉に時計を見た彼女が、あからさまに驚いたような顔と声で言う。
「――でも、私、まだ寝たくないな」
彼女が続ける。
「これだけは、どうしても、完成させたくって」
「……そっか」
これまでよりも一層意志の強さを感じる彼女の声に、私は先程の彼女と同じ言葉を、ただそれだけを返す。
――『分かった、付き合うよ』。その想いを込めて言った言葉。彼女にその想いが伝わったかは分からないけれど――。
――でも、きっと、その後の事を考えれば、伝わったんだなって思える――。
――その日、私は、彼女の思い通りの作品が出来上がるまで起き続けていた。結局のところ一睡もせずに完徹をした後に出来上がったのだけれど――。
――まぁ、それでもいいか。完徹した事実は変えられないし、やり直しは効かないけれど、『彼女と一緒に作品を納得するまで作り続けていた』という事実だけは、やり直したくないものだから――。
――この世界はやり直しが効かない。それでも、私達は歩んでゆく。共に。私達が目指す世界を、創り上げていくために――。
私と彼女と。やり直しが効かない人生を共に。 秋名月レモン @lemon730
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