第2話 昼食は血の味

「昼休みが終わったら〈モダンベルルム〉の時間だ。授業五分前にはパソコン室に集合するように」

 4時限目の終了のチャイムと共に担任がそう言う。

 孝徳タカノリを始め多くの生徒は待ってましたとばかりに歓声を上げる。彼らのほとんどが、退屈な授業などではなく、これを目的に学校に来ている。当たり前といえば当たり前の反応を示した。

「やっとお楽しみの時間が来るぜ」

 孝徳はガッツポーズしながら声高にたける。

 和佳はそれを呆れながら見つめ、何やら冊子と共に弁当箱を取り出した。

「お前、まだ勉強するのか?」

「違うわ。これは勉強というよりは私が興味のあることについて書かれたものなんだけど」

 和佳はそう言いながら冊子の題名を見せる。

「『日本と世界の自殺者数の増加について』?」

 それは統計学者が出した論文のようだった。タイトルは英語だったが、学業でおとる孝徳もある程度は和訳できるので、直訳をする。

「へえ、読めるんだ。すごいね」

「馬鹿にするなよ。これでも英語の成績はいいんだぜ、俺」

 和佳がバカにするように薄く笑ったのを見て孝徳はめくじらを立てる。

「んで、鳩峯はそんな物騒なことに興味があるのか?」

「そうよ。だって日本に取って最大の問題だもの」

 和佳カズカはパラパラと冊子をめくると日本での自殺者数のページを開き、孝徳に見せる。孝徳タカノリは購買で買ったパンを頬張りながら、それを見る。

「日本の自殺者数、年々増加してるな」

 もちろん、テレビ番組などでも連日報道されているため知ってはいたのだが。

「でしょ。あと気づくことない?」

 気づくことと言われても、と孝徳は困惑しながら、資料に目を通す。

 すると、ある一つのことを発見する。

「2044年から自殺者が急激に増えてるな」

 自信満々に孝徳は言い放った。

 和佳はその解答に思い切りため息をつく。

「そんなのグラフ見たらわかるでしょ。重要なのはそこじゃなくて、2044年って何があった年だか知ってる?」

 孝徳は首を横に振る。

「波山くん、確か世界史選択だったよね」

「そうだけど・・・ってかお前と一緒だし」

「そうだよね。それなのにこの年に何があったのか知らないって・・・この間の模擬試験の点数は?」

 孝徳は必死に思い出す素振りをする。

「確か・・・三十・・・・いや十一点」

「絶対、必死に思い出す必要なかったよね、それ」

 孝徳は英語と国語以外全教科が苦手なのだが、特に世界史は苦手で、模擬テストでの学内順位は見事に最下位から三番目。

 そんな衝撃的な点数を覚えていないはずがない。

「波山くん、習ったでしょ?この年に、世界の全ての兵器、武器が廃棄されたって」

 2044年は人間史にとって革新的な年。和佳が言うように、『世界兵器及び武器廃棄条例』が国連で採択され、間も無く実行された。

「そんなこと・・・言っていたような、いなかったような・・・」

 和佳は再び大きくため息をついた。

「でもさあ、それまで日本国外では紛争の嵐だったんだろ。よくこんな条例受け入れたよな」

「それは、知っていたのね。流石さすがだわ」

 孝徳は和佳に馬鹿にされたと思い(実際馬鹿にしていたのだが)、ムッとする。

 2044年まで国家間、国家内での争いはえず巻き起こっており、それがむ気配はなかった。それにもかかわらず、組織として機能していなかった国連が出したこの条例に全ての国があっさりとしたがった。

 なんとも不思議な話しだ。

「まあ、世界が平和になったのならいいんじゃね?こうして俺たちも、戦禍せんかに巻き込まれることなく平和に生きているわけだし」

「確かにその通りだわ。でも、別の問題がいてきた」

 その問題こそが、全世界での自殺者の増加。

「この条例が発表された時に、真っ先に自殺者が増えたのは軍事会社よ」

「そりゃ、こんなもの出されたら御役御免おやくごめんだからな」

「ええ、全世界の軍事会社が解体され、それ以降平和を乱す行いをしていたとして大バッシングを受けたみたいだし」

 世論せろんというものは最も簡単に変わりやすい。

 軍事会社とは簡単に言えば、つまりは戦争することを仕向しむけていた会社。

 それまで紛争をおこなっていた国で被害にった国民たちがそれを恨むのは当然として、それ以外の比較的平和な国の国民でさえ、それを強く非難した。いや、非難するだけにとどまらず、軍事会社の元従業員というだけで、誹謗中傷ひぼうちゅうしょうの嵐、転職が不可能という事態が巻き起こった。

 結果的に、軍事会社に勤めていた従業員と経営者達は家族ともども社会的な立場を失い、自殺という選択肢をとった。

 それまでは優遇されてきた立場がこうも簡単にひるがし、生活のすべを失ったのだから、その選択を行うのは自然なことではあるのだが。

 だが・・・

「軍事会社が解体されたのって十年も前だろ?」

「そうよ、一年もしない内に全ての会社がつぶれたわ」

「それならなんで、今も自殺者が増えているんだよ。おかしくねえか?」

 和佳はよく気づいたわねと、パチンと指を鳴らし、人差し指を孝徳に向ける。

「そう、そこなのよ。で、その答えに関する研究結果が次のページなんだけど・・・」

 和佳はページをめくる。

「『農業、工業においての大量失職』?」

「軍事会社が解体された後、さらに被害に遭ったのが、これらの会社」

「どうしてだよ。どこも軍事に関係のなさそうなところばかりじゃないか?」

 和佳は孝徳の疑問に頷く。

「農業や工業は自立式の機械が行う様になったから失業者が増えたんだって」

「でもそれ、そこらへんの機械化は何十年も前から行われてきてただろ?兵器や武器が廃止されるよりずっと前から。それってやっぱりおかしくね?」

 和佳はご飯を一つ口に運びながら軽く頷く。

「ひょうなのひょ。その上、自立式の機械にもそれを製造する工業の人はもちろんのこと、現場を監督かんとくする農業関係者も必要不可欠だわ。それをここ数十年で何億人と切ってる。普通、世界の生産プラントが機能不全を起こして、食糧自給率が一気に低下するレベルにね」

「大問題じゃないか」

「だけど、今、私たちはこうやって何不自由なくご飯が食べられてるでしょ?食料廃棄も反比例するように年々増えているみたいだし」

 ここまで聞いて、孝徳でもその矛盾点に気づく。

「その自立式機械の情報とかは?生産プラントの情報とか、そこら辺は見なかったのか」

「『見なかった』んじゃなくて、『見れなかった』のよ。いくつも資料を探してみたけど、どこにもってなかったわ」

 二人はそこでだまる。

「まあ、どっちにしろ、俺たちには関係ない話だろ?自殺なんてするわけないし。気にするだけ無駄だって」

 和佳はそこで口元をゆるませる。

「そうでもないよ。例えば、ゲームが優秀な孝徳くん。どこに就職するっていってたっけ?」

「内務省のゲーム推進課だけど」

 和佳は弁当を食べ終わり、おしぼりで口を

「それなら、気をつけたほうがいいよ」

「どうしてさ?」

「だって・・・・」

 ━内務省ゲーム推進課の自殺率が、どこの産業よりも断トツで高いもの━

 和佳は静かにそうげた。

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