Ⅴ 明くる朝

 クリスマスが終わると、街は一気に静けさを取り戻す。


 昨日は人で溢れていた大通りに面した広場も、今やものぐさな老人が1人、ベンチに腰掛けているだけだった。



 俺は昨晩の間に積もった雪を踏み締めて、ゆっくりと冬景色を見渡した。


 隣には、誰もいない。リリィは今朝のうちに、花屋へ帰ったからだ。


 次に会えるのは、また来年だろうか。では2年後は、3年後は?


 不確定要素の多い、彼女との逢瀬。もし彼女が嫁いでしまったら、その日を境に会えなくなる。


 ならば来年などと言わずに、もっと逢いに行けばいいと思うが、それこそ彼女は望んでいないだろう。


 自分の欲のために動くには、俺は彼女を愛してしまった。



 広場にある巨大なツリーは撤去作業が始まっていた。沢山のプレートが、12月の風を受けて揺れている。


「あ、お兄さん! 昨日はどうも」


 声をかけたのは、見知らぬ女性。いや、よく見ると、昨日プレートを渡してくれたサンタ衣装の女性だった。今は作業服を着て、ひらひらと手を振っている。


「欲しいものは貰えましたか?」

「欲しくても、望んではいけない物があるって気づかされた」

「う〜ん、難しいですね。望むだけなら、いいんじゃないでしょうか」


 女性の周りには作業員が数人いて、ツリーの解体に取り掛かっていた。かなりの大きさのため、時間もかかりそうだ。


「ベルナール様が寄付してくださったこのツリーも、お役目を果たせました」


 それは良かったよ。と、寄付をした張本人である俺は心の中で呟き、一緒に大樹を見上げた。


 その時、下の方で揺れる2つのプレートが視界に入った。昨晩、俺とリリィが吊るしたものだ。


『おかねがたくさんほしい』


 昨日の照れた彼女を思い出し、口元が緩む。そして何気なく、プレートを裏返した。


『ベルナールのこどもをうみたい』


 間違いなく、字を書き慣れていない彼女の筆跡。俺はその場に凍りついた。


「どうかしましたか?」


 作業員の女性が俺の異変に気づいて声をかけるが、今はそれどころじゃない。俺は込み上げる笑い声を抑えきれずに、大声を上げた。


「……ははっ! ふはははははは!!」


 なんだ、もう俺たちは通じ合っているじゃないか。彼女は、とっくに俺の名前を知っていた! 何も知らないなんて、嘘ばっかりだ。


 『鬼』が恋をしているなど、領主である俺に迷惑がかかると思ったのだろう。何も言わず、秘めた想いは、裏側に隠して。


「彼女の想いを知ったからには、俺も変わらないとな」

「ちょっとお兄さん、急にどうしたんですか。領主様のツリーに、何かありましたか?」


 女性は俺のことを本気で心配しているようだ。まあ、木を見て急に笑い出したら、誰だって困惑する。


「心配しなくていい。……あと、実はここの領主って、俺なんだ」


「え!? ど、どういうことですか? 素顔を見せないベルナール様の正体が、貴方なんですか!?」


 仰け反って驚く女性の側を、手を挙げて通り過ぎる。


 『鬼』の身分は低く、一緒に暮らすにはやることは山積みだ。だが俺は、この上なく清々しい気持ちで、冬の空に向かって呟いた。


「メリー・クリスマス、リリィ」




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