序章:海中より仰ぐ
光龍四十五年。対尾沖。
戦船が沈む。追撃の砲火によって横腹に穴を開けられた母船が傾き、人も竜も、貴賤も役職も問わず多くの者が投げ出され、波荒れ渦巻く海中へと送られていく。
僕は、そこにいた。
父も、そこにいた。
頭上で『鱗』をまといつつも、その自重で沈む父上の、意識は有るのか無いのか。
頭上にあった彼の身柄から出る
代わりに肉体は見えざる何かに誘われるように、ゆっくりと螺旋を描いて、海の暗黒へと沈んでいく。
不幸な方だった。
元より虚弱だった。あくまで格好だけの武装。見せかけの出陣だった。海戦力に頼らずとも、勝てるはずの戦で、簡単に決着はつくはずだった。
だが敵は、人間たちはそうした竜の怠惰と驕りを見逃さず、その技術力の向上はついには一矢とさえ呼べぬ大々的な痛打により積年の鬱屈を晴らすことに成功したのだった。
感覚が麻痺していたというのもあるが、その死を嘆いてばかりもいられなかった。
彼の姿はすぐ後の僕自身だ。
彼の不幸は、程なくして僕にも降りかかる。
そこから先のことは、上手く説明することができない。きっと、ずっとこの先も。死に際に見えた幻想、と片付ければそれまでのことだ。狂った子どもの恐怖が見せたまやかしと。
だが僕は、視た。
それは確かに、あの時僕の意識の先に存在していた。
始めに、死にかけた魂が、何物かと繋がった感覚があった。
やがて泡が神秘を帯びた煌めきに、渦が蒼と銀のの螺鈿へと変わった。
さらに先へ。海よりも空よりも、遥か深奥の世界へと、僕は接続した。
虚無の間があった。暗黒の海があった。
無数の
その影に、『彼』が居た。
ずっと、じっと、こちらを見つめている。
模様見するかのように。あるいは検分するかのように。あるいは検証するかのように。
そしてその眼に触れるたび、すべてを見透かされているようで、命そのものを握られているようで。
『彼』と目が合ったのか。それとも見ている景色それ自体が『彼』のものだったのか。
ただその場所から見る僕たちの生き死には、国の興亡は、百万言を連ねて記された歴史も、竜と人の戦は、あまりに卑小で、身勝手で、
逆に僕の想う『彼』の世界は、どこまでも暗く、際限なく広く、深く――そして、例えようもないほどに、言葉を紡ぐことさえ烏滸がましいと思えるほどに、美しかった。
これが、僕の初陣だった。
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