間違いなくVtuber四天王は俺の高校にいる!

空松蓮司

第1章 月と兎

第1話 月と兎

「おいコラ、クソガキ! なに睨んでんだよゴラァ!」


「30年はタイムスリップしたのかと思うぐらい、古臭いセリフだな……」


 俺の名前は兎神うがみすばる。高校二年生だ。

 三白眼、金髪、細眉のガラ悪三種の神器を持ち合わせた俺はこのようによく絡まれる。

 まぁ夜にコンビニに来た俺にも問題はあるよ? でもさ、チラッと見ただけじゃん。帰り際にチラッと一瞬見ただけでこんな詰められるかね?

 自分の強面が憎たらしい。


「テメェ、なんとか言えよ!」


 3人組の、一番下っ端そうなチビッ子が背伸びして襟を掴んでくる。

 あーあ、暴力沙汰は勘弁してほしいんだけどなー。高校に連絡がいくと困るしなー。


「しかぁし!!」

「ぶへぇ!!?」


 俺はチビッ子の顔面に膝蹴りを喰らわせる。


「今は時間がないのでボコーッす!!」

「ごはぁ!!」


 続いてスキンヘッド男の顎に回し蹴りを喰らわせる。


「は!? へ!?」

「21時から……!」

「ま、待て! 話し合おう? なっ!」

月鐘つきがねかるなちゃんのゲーム配信が……始まるんじゃい!!」

「どはぁ!!?」 


 最後に髭面に大福ナックル(説明しよう! 大福とはかるなちゃまの視聴者に付けられた名前である! 由来は“月見だいふく”というスイーツである!)を喰らわせ、喧嘩終了だ。

 


 --- 



 月鐘かるな。

 2021年5月、1年前にデビューしたバーチャルユーチューバー(通称Vチューバー)である。


 月のような金色のロングヘアーと、兎のような赤い瞳が特徴的。両耳には鐘の形をしたピアスをしている。


 低身長かつ巨乳のロリ巨乳属性を持ち、性格はハイテンションで調子に乗りがち。だが打たれ弱く、少し視聴者にキツい言葉を言われると震え声で「ごめんなさい……」と言う。このイキリ雑魚な感じがかるなちゃまの魅力だ。


 デビューから1年で登録者数は100万人突破! 

 1年で100万人突破したVチューバーは10人に満たないため、これはかなり凄い記録である。


 しかし奇跡的にというか、Vチューバーブームの影響もあってか、彼女と同時期にデビューした3人のVチューバーも約1年で100万人突破した。かるなちゃまとこの3人は次世代Vチューバー四天王と呼ばれ、期待されている。


 そして俺はかるなちゃまのの1人だ。

 今日は21時からかるなちゃまのゲーム配信があるから菓子とジュースをコンビニまで買いに行ってた所存である。


『きーん、こーん、かーん、こーん! 起立、礼! こーんばーんーはーっ! エグゼドライブ6期生の月鐘かるなです!』


 人生で一番楽しい時間は、きっと今だろう。

 菓子とジュース片手にかるなちゃまの配信を見る。これほど楽しいことはない!


『今日は大福から紹介された2000年発売のRPG“ソウルゲート2”をやってくよーっ!』


 “ソウルゲート2”はかなり手強いアクションRPGだ。

 もちろん、この配信をするとわかった一週間前に俺も買い、クリアしたぜ!


『だーはっは! この雑魚スライム共め! 我の前に立ったが最後じゃ!』


 調子に乗って雑魚敵スライムを狩っていくかるなちゃま。しかし、あまり狩りすぎると、


『え!? なになに! スライムが合体してめっちゃ大きくなったんだけど!? ――うわ、つっよぉ……! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃ!!』


 涙声で逃げ惑うかるなちゃま。


『月見だいふくあげるから許してぇぇぇぇええええええええっっ!!』


 かるなちゃまの悲鳴をツマミに炭酸飲料を飲む。これぞ愉悦。

 しかし、ここで水を差す輩が1匹、


《さっきの街に戻ってサブクエやると強い武器が手に入るよ!》


 とコメントが流れていく。


「ちぃ! 指示厨が! 余計なこと言ってんじゃねぇ! こっちはかるなちゃまがゲームクリアするところを見たいんじゃなくて! かるなちゃまが無様に逃げ惑う姿が見たいんじゃ~~~~~!!!」


 大声で叫ぶと、隣の部屋に居る妹から「おにぃ、うるせえええええ!!!」と壁越しに怒号が飛んできたので「ごめんなさい!!」とまた大声で返した。


 それからゲーム配信は滞りなく進み、そして終わったのだが、


――事件はゲーム配信後の雑談枠で起きた。


『実はさ~、さっきかるなちゃまね、コンビニ行ってたんだけど』


 お、奇遇だな。俺と同じだ。


『好物のイチゴ大福買おうと思ってね、そしたらコンビニの前にガラの悪い人たちがたむろしてて。その人たちずーっとチラチラ私のこと見てきて、怖くてね。雑誌コーナーで雑誌を読むふりして顔を隠したんだよ。そしたら今度はスカートの下をさ、ガラス越しに覗きに来たんだよね……おいコラ、自意識過剰とか嘘とか言うな! ホントなんだってば!』


 事実だとしたら滅茶苦茶腹が立つな。クソ、俺がその場にいれば一網打尽にしてやるのに!


『外に出たら絶対ナンパされると思って、怖くてブルブル震えてたらね、金髪の青年がコンビニの外に出たのよ。そしたら今度はそっちの子が絡まれちゃって!』


「……あれ?」


『やば! 警察呼ばなきゃ! って思ったんだけど、その子あっという間に不良3人倒しちゃってさ! すっげーって思ったって話! おかげで配信にも間に合ったし、マジ陳謝でござんす』


 コメント欄はその青年に対する称賛コメントで埋め尽くされる。

 俺も称賛コメントを送りたいが……ちょっと待て?


……身に覚えがあるぞ。


 そういえば、俺が外に出た時、あの3人組の1人が雑誌コーナーの前のガラスのところで、匍匐前進していた。


 その視線の先には雑誌で顔を隠す少女が確かにいた……ような気がする。

 チラッとしか見えなかったし、雑誌で顔を隠していたから全体像はあまりわからなかったけど……女で、銀髪だったことは覚えている。


 まさか。

 いやいや、まさかな。

 あの子がかるなちゃまの前世(V用語で中の人のこと)なわけないよな……ないよね?


---


 校舎屋上。

 そこで俺は双眼鏡を持ち、校門をくぐる生徒を監視していた。


「銀髪……銀髪……銀髪……」


 朝の7時から1時間ぶっ通しで監視している。

 わかってるんだ、Vチューバーの前世を探るなんて外法だということは。


 なのに……クソ! 体が勝手に動いてしまった! 


 かるなちゃまは高校生を自称している(冗談の可能性は大いにあるが)。

 このあたりの高校なんてここしかない。


 とは言え、電車で市外の高校に通う奴なんてザラだ。この高校出身じゃない可能性も高い。

 ここだけだ。この高校だけ探らせてほしい。この高校に銀髪女子がいなければおとなしくあきらめることを誓う!


「兎神君……」

「銀髪……銀髪……銀髪……」

「兎神君!!」

「はぁい!」


 背後から女子の声。

 振り向くと、同級生且つ風紀委員の黒崎くろさき青空あおぞらが仏頂面で立っていた。


「なんだアオか。悪いが、いま青毛女子には用はないんだ」


 アオとは近所で、子供の頃からよく遊んでいた。いわゆる幼馴染というやつだ。


「君が用なくても私はあるの。屋上は立ち入り禁止って知ってるでしょ?」

「頼むアオ! 今日だけでいいんだ! 今日だけ見逃してくれ!」

「……なにか訳あり?」

「銀色の髪の女子を探してるんだよ。そうだお前、結構顔広いよな? 銀髪女子に心当たりないか?」

「あるわよ。銀髪……って言ったら2人ほど候補が居るわ」

「マジか! 教えてくれ!」

「教えたら屋上から退いてくれる?」

「もちろん!」


 アオは「仕方ないわね」と肩を竦め、その2人の候補を教えてくれた。


朝影あさかげ綺鳴きなりちゃんと朝影あさかげ麗歌れいかちゃんよ」

「どっちも知らねぇな。てか、苗字が同じってことは姉妹か?」

「ええ。綺鳴ちゃんは二年生、麗歌ちゃんは一年生。綺鳴ちゃんは不登校気味で、多分今日もいないけど、麗歌ちゃんは登校するはずよ」

「よし! じゃあその麗歌ってやつのクラスを教えてくれ!」

「……まさかとは思うけど、ナンパするつもり?」


 ジトーッと厳しい目つきでアオは見上げてくる。


「違う。俺はただ知りたいだけなんだ……彼女が月なのか鐘なのか」

「――はぁ。兎神君ってたまーに意味わからないこと言うよね。ま、君に限ってナンパはないか。そんな度胸ないもんね」

「ぐっ……! アオ、テメェ、情報を提供してくれたことには感謝するが今のは聞き捨てならないぞ」

「だって事実でしょ? 伊達に幼馴染やってないって。私以外の女の子と上手く喋れたことないもんね~」


 アオはそう言ってくすりと笑った。

 くそ、言い返せない自分が恥ずかしい。



 --- 



 1年5組。

 ここに朝影麗歌という銀髪女子が居るらしい。

 クラスの前の窓際に背を預けて待つ。

 今は昼休みだ。学食に行くため、多くの生徒が外に出る。人が多い時に突っ込むのは怖いから、人が減るのを待とう。


「……あれ、上級生……?」

「……知らないの? 二年の兎神先輩よ。うちの番長……」

「……1対100で勝ったって伝説があるらしいぜ……」

「……目、合わせたら殺される……!」


 ブツブツと一年生の陰口が聞こえる。

 いろいろと尾ひれがついているな。

 別にこの高校の番長なんてやってない。喧嘩売ってくるやつを全員ぶっ飛ばしたら勝手に番長扱いになっただけだ。

 隣町の不良に囲まれて勝ったことがあるが、相手の数は精々20人だった。

 目を合わせても殺さない。俺は自分から喧嘩を売らないって! 


 さて、そろそろ人が減ってきたかな……。


「あの」


 教室に入ろうと腰を上げた瞬間、声をかけられた。

 俺はその声を聴いて、全身金縛りにあった。なぜなら――


「少し、話を聞いてもいいですか?」


 銀色の髪の女子。

 目は青く、澄んでいる。

 胸は小さくスラッとした体型、身長は160cm近いだろう。ロリ巨乳なかるなちゃまとは正反対の見た目。


 だが――。


 この声は、間違いなく、かるなちゃまの声だ。


「あ、ああ。どうぞ」

「その……実は私、金髪の男子を探していまして。昨夜、コンビニの前で喧嘩とかしてませんか?」


 確定だ。

 このエピソードを知ってるってことは、もう絶対コイツじゃないか。

 だけど、どうも口調が全然違うな……顔も常に無表情でクール。かるなちゃまとかけ離れている。声質こそかるなちゃまと同じだが、声の高さはだいぶ控え目だ。いや、リアルはこんなものか。


「それは俺だ。間違いない」


 しかし、なんだろう……このしっくりこない感じ。

 状況証拠は彼女をかるなちゃまと言っているのに、俺の魂が、納得いってない。


「やっぱり。では、私が姉の代わりにお礼申し上げます」


 そう言って、彼女は頭を下げた。

 え? 姉の代わり?


「ど、どういうことだ? あの不良に絡まれていたのは、お前じゃないのか?」

「いえ、違いますよ。姉が話していたのです。コンビニで変な不良トリオを怖がっていたら、金髪の細眉の人が助けてくれたと」


 朝影――綺鳴か。


「そ、その姉と、会わせてもらってもいいか?」

「は、はい。別にいいですけど、姉は人見知りですし、学校にも来ていないので私の家に来てもらうことになりますが……」

「大丈夫だ!」

「――わかりました。では、今日の放課後、校門でお待ちします」


---



 放課後。

 麗歌と合流し、住宅街を歩く。


「姉にはさっき昴先輩が来ることは電話で言いました」

「なんか言ってたか?」

「『ダメ! 連れてこないで!』と言ってました」

「……じゃあついて行っちゃダメなんじゃないのか?」

「いえ。あの引きこもり姉には劇薬が必要なのです。昴先輩は良い劇薬になると思います」


 劇薬……あまりうれしい評価じゃないな。

 俺の見た目は完全に不良。不良を引きこもりに充てるとか、この子すげードSだ。


「着きました」


 真っ白な二階建て一軒家。

 麗歌の後に続く形で家の中に入る。


 玄関で靴を脱いでると、トイレの流れるような音が通路の奥から聞こえた。


 ガチャ、と通路の奥の扉が開き、パジャマ姿の女子が出てくる。


 銀色のロングヘアー。前髪が長く、右目は完全に隠れている。左目はクリっとしていて大きい。

 身長は150cmなくて、かるなちゃまよりは大きいが小柄。

 そして胸! でかい! バストサイズに詳しくはないが、Eカップ以上はあるのではないだろうか!


「お、おかえりなさい……れい、か……ちゃぁん!!?」


 銀髪女子は俺を視界に入れると、脱兎のごとく階段を駆け上がっていった。


「……今の兎系女子は妹か?」

「いいえ、姉です」


 あれが姉か。見た目は完全に中学生だったな(胸以外)。

 声はかるなちゃまと同じに思えた。けれどそれは妹の麗歌も同じ。

 どっちだ? 麗歌の話を信じるなら、姉の方のはずだが……あっちはあっちでかるなちゃまと性格が違う感じがする。かるなちゃまは活発で、引きこもりとは正反対だからな。


「昴先輩は姉に用があるんですよね?」

「ああ、まぁな」

「それなら、姉の部屋に案内します」


 あの反応を見た後でもまだ俺を姉に会わせる気か。この妹、ドS過ぎる。うちの妹と気が合いそうだ。


「こちらです」


 本当に二階の綺鳴の部屋の前に連れてきてくれた。

 ドアプレートに“きなり☽”と書いてある。


「お姉ちゃん。お客さん連れてきたよ」


 ドアの先から『頼んでないよ!?』と声が飛んできた。

 麗歌は問答無用でドアノブに手を掛ける。しかし、鍵がかかっているのか、ドアノブは下がらない。


「では、後はお任せします」

「このタイミングで丸投げ!?」

「このドアを開くことはエクスカリバーを引き抜く並みに難しいとされています。あなたが選ばれし者ならきっとこの扉を開くことができるでしょう」

「……勇者か俺は」


 本当に麗歌は階段を下りていった。


「……」

『……』


 さてこのエクスカリバー、どうやって引き抜いたものか。

 待て待て、使命を思い出せ兎神昴。俺は引きこもりを連れ出すために来たんじゃないだろうが。


「あー、えーっとだな。俺がここに来た目的は1つだけなんだ。その……お前は月鐘かるなの前世、なのか?」

『!!?』


 ガタゴト! と部屋の中で誰かが転んだような音がした。


「おい! 大丈夫か!?」

『だ、だいじょぶですぅ……』


 すー、はー、と深呼吸が聞こえる。

 そして、


『も、もしそうだとしたら……うれしいですか?』

「え?」

『うれしくないですよね。だって、月鐘かるなは明るくて、可愛くて、みんなのアイドルで……わたしのような根暗と違います。わたしのような引きこもりオタクが、もしも月鐘かるなだったら……幻滅しますよね』


 早口で彼女は言う。

 どうやらなにか勘違いしているな。


「幻滅なんて、するわけないだろ」


 俺はそう言って笑いかける。相手には俺の顔は見えていないだろうがな。


「そんだけ正反対なのにバーチャルの世界じゃ完璧な月鐘かるなになっている。そりゃ凄いことだよ。むしろ尊敬するね」


『尊敬……』


「それに前世は前世だ。俺が愛しているのは月鐘かるな。多くの人間によって支えられ、生まれた月鐘かるなという偶像アイドルだ」


 キャライラストを描いた人が居て、

 3Dモデルを作った人が居て、

 プロデュースする人が居て、

 指導する人が居て、

 前世が居て……そうやって多くの人の手によって生まれたのが月鐘かるなだ。この世で唯一無二の存在だ。


 綺鳴は一息置いて、


『わ、わたしは、月鐘かるなじゃありません』

「そうか」

『……月鐘かるなの……親友、です』


 ああ、十分だ。

 俺の、大福の世界観を守った、ベストな答え方だ。


「お、俺さ……! 生まれつき顔つきが悪くて、友達はできねぇし、不良にばっかよく絡まれるし、外に出るのが怠くて……お前と同じように引きこもってたことがあるんだよ」


『そ、そうなのですか……』


「全部全部なにもやる気にならなくて、深い理由があるわけでもないのに人生諦めてた。でもそんな時にさ、月鐘かるなに会ったんだ!」


『っ!?』


「彼女の配信が楽しみで、生きていく希望が生まれた! 楽しくなったんだよ、世界が! かるなちゃまが頑張ってるから俺も頑張ろうと思えた……学校にも行くようになった」


 あの腐りきっていた俺を救ってくれたのは、間違いなくかるなちゃまだ。


「月鐘かるなが何者だろうが、彼女が俺に生きがいを与えてくれて、救ってくれた事実は揺るがない」


 それだけは、絶対に――


「いきなり邪魔して悪かった! だけど1つだけ、絶対に言っておきたいことがあったんだ! かるなちゃまに伝えておいてくれ……『この世に生まれてきてくれてありがとう』ってな。じゃあな」


 俺はそう言って、階段を下りていく。

 一階に下りると、


「……用は済んだのですね」


 麗歌がため息交じりに言ってくる。


「あなたでもエクスカリバーは抜けませんでしたか」

「あいにくな。つーか、初対面の俺に抜けるわけないだろ」

「そのようですね。なんとなく、あなたなら何とかしてくれるような気がしたのですが……残念ながら、私はマーリンにはなれなかったようです」

「まったく、俺がアーサーってガラかよ……」


 靴を履き、朝影家から出る。


(それにしても朝影綺鳴か。あの感じ、いじけている時のかるなちゃまにソックリだったな)


 クク……と思い出し笑いをした時だった。

 ドタドタと階段を下る音。

 ガタン! と扉が開く音が背後から聞こえた。


「あ、あの!!」


 ビクッと肩を揺らし、俺は振り返る。

 汗を大量にかいた朝影綺鳴が立っていた。


「は?」

「いい、言ってなかったので……ありがとうって。昨日の、コンビニで……」

「ああ。あれな。別にお前のためにやったわけじゃないんだがな」


 不覚。ツンデレ語録を使ってしまった。

 でも事実だしなぁ。


「あ、ありがとうございました。本当に、怖かったので……」

「おう。今度から夜に1人でコンビニ行くのはやめとけよ。お前さ、自覚ないと思うけど、可愛いから。そりゃナンパされるって」

「かかか、かわいいだなんて……!?」


 プシューッと頭から煙を吐き、照れてしまう綺鳴。


「用はそれだけか?」


「は!? ……はい」


「そんじゃ、またな」


「ま――」


 ガシ! と背広を引っ張られる。


「うお!?」


 振り返ると、綺鳴が息が当たるぐらいの距離まで詰めてきていた。


「ままま、待ってください! お、お礼に……その……」


 口ごもる綺鳴。待つこと10秒、


「歌枠!」


 と渾身の声で言った。


「歌枠?」


 歌枠とは歌の生配信のことだ。

 Vチューバーが色々な歌を歌ってくれる配信である。


「次の歌枠……お礼に、リクエスト……聞きます。聞いて、かるなちゃまに伝えておきます!!」


 瞬間、全身を雷に打たれたような感覚が俺を襲った。



「なななな、なんだってぇ!!?」



 なんという幸福。

 なんという僥倖!

 お、俺がかるなちゃまにリクエストできるだとぉ!!

 お、落ち着け。深呼吸、深呼吸……!


「ちょ、ちょっと時間くれ!」


 俺は綺鳴の手を振りほどき、スマホをポケットから引き抜いて考える。

 どうする? 候補が多すぎる! どれもこれも歌ってほしい!


 でも、あえて、あえて1つ選ぶなら、やっぱり俺が一番好きな曲にしよう!


「こ、これで!」


 とあるアニソンのウィ〇ペディアを開き、画面を綺鳴に見せる。


「カラフルラピットのセカンドシーズンのOP、“キャロットレヴォリューション”で、お願いします……!」

「これ……これ! わたしも好き!!」


 綺鳴は俺のスマホを見て、ぴょんぴょんと飛び跳ね始めた。


「カラフルラピット面白いよねっ! 女児向けアニメなんだけど、結構ダークな部分もあって、でもでも女児向けらしくちゃんと可愛いところもあって! 子供も大人も楽しめるんだよねっ!」


 キラキラと無邪気な笑顔を向けてくる。

 なんだ……このキューティービッグバンは。笑うとこんなにも可愛いのか。

 前世は前世! 綺鳴とかるなちゃまは違う。しかし! こうやって無邪気な笑顔をされると重なってしまう……かるなちゃまに!!


「あ……」


 我に返った綺鳴はそそくさと後退し、玄関扉を盾に顔以外を隠した。


「ご、ごめんなさい。調子に乗りました。わかりました、かるなちゃまに伝えておきます……」

「……アンタは俺の女神さまだぜ……」


 キラリ、と一滴の涙を流す兎神おれであった。


「さ、最後に、お名前……を」

「兎神昴だ! よろしく――」


 名乗ったところでバタン! と扉が閉められた。

 それから間を置かず、扉が開かれる。出てきたのは妹の方だ。


「すみません。姉はどうやら活動限界みたいです」


 緊急脱出ベイルアウトしたか。


「そうか、わかった。じゃあまたな」

「――昴先輩」


 初めて、麗歌はこれまでの無表情を崩し、小さく笑った。


「エクスカリバー、抜けましたね」


 意地の悪そうな、小悪魔な笑顔だ。

 バタン、と扉は閉められる。


 俺が抜いたと言っていいのだろうか。

 彼女は勝手に出てきたし、しかも昨日だって1人でコンビニ来てただろう。


……まぁ、なんでもいいか。


 歌枠にリクエストできただけで満足だ。



 ---  



 あれから一週間後。

 今日は月鐘かるなの歌枠生配信の日である。


 ポテチ、OK。

 コーラ、OK。

 デスクトップPCの前、ヘッドホンをつけて時を待つ。


『きーん、こーん、かーん、こーん! 起立、礼! こーんばーんーはーっ! エグゼドライブ6期生の月鐘かるなです!』


 始まった!

 それから雑談を5分ほどして、運命の刻が来る。


『今日は歌枠で~す! アニソン縛りでいっくよっ~! 一曲目はカラフルラピットのセカンドシーズンOP……“キャロットレヴォリューション”!!』







――――――――――

【あとがき】

ほんの少しでも「面白い!」「続きが気になる!」「頑張って!」と思っていただけたなら作品フォローと星を頂けるとありがたいです。もしよければ作者フォローもぜひ。

皆様からの応援がモチベーションになります。

何卒、まだまだ拙い作家ですがよろしくお願いします!

【注釈】

ちなみに本来は前世=中の人というわけでもないのですが、本作では前世=中の人って意味で使います!

生身の人間がネットを通じてVチューバーとして生まれ変わった、とすれば中の人は前世と呼んでもいいはず、と言い訳してみます笑

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