ひとしずくの森のクリスマス【アドベントカレンダー2022】

藤白マルメ

第1話 計画表とナッツケーキ

「もう少ししたら、クリスマスねえ」


シュシュから声がかかる。今日だけでももう4回目だ。おとといナッツケーキを焼いてからというもの、ずっとこんな感じである。

「あと3週間を切りましたね」

ニーナは、洗濯物をたたむ手を止めずに、繰り返される主人の問いに簡単に応じる。


最近の主人ときたら、キビキビと動く。朝起き、顔を洗って、ハーブティを入れ、いそいそとケーキを取りに台所へと向かう。朝が弱く、起きたてはいつもふにゃふにゃしている普段の姿からは見違えるような動きだ。


「ニーナ、ニーナ」

「はい」


洗濯物をたたむ手を止めて声がする方へ顔を向けると、ケーキとナイフを持ったシュシュがこちらを見ている。


「今日は何きれ食べていいかしら」


シュシュにとって食べ過ぎは大敵だ。おいしいお菓子や、ごはんをを何の制限もなく食べさせていたら、森の植物という植物が養分焼けを起こしてしまったことがあって、あのときは大変だった。“森の主”シュシュ―――シュクリ・シュクララの栄養管理、食べ過ぎには十分気を配る必要があって、それがニーナの役目でもある。食べすぎのせいで森が大変な事になってから、シュシュはニーナが駄目、といったら素直に言うことを聞く。だからこうやって、律儀にケーキを持ってきて、ニーナにお伺いを立てるのだ。そのいじらしい女主人の姿に、ニーナの心も少し揺らぐ。


「1きれですよ、シュシュさん」


少しだけ厚めに切ってあげよう、とケーキにナイフをさっくりと入れる。秋に森でとれたナッツや、お日様に干したドライフルーツをたっぷり詰め込んだケーキに刃を入れると、しっとりとつぶつぶの感触が交互に刃先から伝わってくる。ナッツケーキはここ周辺の地域ではよく作られる。特にこの時期は、日持ちがするので、クリスマスのひとつき前に合わせて作り、毎日楽しみに食べ進める習慣がある。


「お茶、入れるわね」


ウキウキと声を弾ませてシュシュは、ずらりと並んだ瓶詰めされた茶葉をポットに次々に放り込んでいく。森で摘んできたハーブ、行商やマーケットで買い付けた遠い国の茶葉を混ぜて作るシュシュ特製のブレンドティーは、ニーナのお気に入りでもあった。

お湯を沸かさなければと、湯沸し器に目をやると、すでに湯気が出ている。


(さすが、早いな)


シュシュがポットにお湯を注ぐと、暖かい湯気と共に、甘い香りが部屋を満たしていく。


(フォークを出しておこう)


引き出しを開けて、小さなフォークを日本取り出す。柄の部分に花柄の細工が施された、シュシュお気に入りのものだ。


「ミルクは…私のにも、あなたのにも、いれていいかしら」


「はい、お願いします」


琥珀色の紅茶にミルクを注ぐと、白い花弁が開いたように広がり、マーブル模様になって、紅茶と溶けていった。


「わたし、ミルクが混ざるのを見るのが、とっても好きなのよね」


はい、どうぞ。と渡されたカップを除くと、少し濁った乳白色の水面に、自分の顔が映る。


「ありがとうございます」


本当は、ミルクの匂いがハーブの芳しい香りの邪魔をしてしまうから、ハーブのお茶にミルクを入れるのは「やってはいけない」のだろう。しかし、自分が美味しい、素敵だと思うことに「やってはいけない」はなくて、間違いなどないのだということを、直接言葉にされずとも、ニーナはシュシュから教わった。

小さなフォークでナッツケーキを頬張ると、クランベリーやレーズン、クルミが次々に顔を出してくる。噛み締める度に、森の香ばしい香りが鼻に抜ける。薄い一切れだが、ナッツのおかげで満足感もある。昨日も、おとといも一切れづつ食べたが、甘すぎず、飽きが来ない。ニーナは出来に満足していた。


「楽しみというものは、なんでも突風みたいにすぎ去ってしまうものね」


一足早く、ケーキをすっかり食べてしまったシュシュは、名残惜しそうにフォークを舐めている。


「とっても美味しかったわ。昨日も美味しかったし、今日もとっても。さすがはニーナね」


「ありがとうございます。今回のケーキ、わたしの中でも改心の出来で」


シュシュ特製のハーブティを一口含むと、ミルクの奥から甘いカモミールの香り、シナモン、カルダモンのピリッとした香りが次々に通りすぎていく。シュシュの言う「突風」は、言葉から受ける寒々しさの印象より、こんな柔らかな香りのする、あたたかな風なのだろうな、とニーナは思った。


これから忙しくなる。この森では、クリスマスに、次の年の無病息災を願い、捧げ物を献上する儀式がある。村の人々からの捧げ物の代わりに、育てたヒイラギを渡して、彼らのために祈るのが、クリスマスの大きな仕事だ。

シュシュは森の精たちとともにヒイラギの収穫をしなければならないし、ニーナはクリスマスの祈りに集まってくる住人たちのためにクッキーを焼いたり、とにかく準備が忙しいのだ。


フォークを舐めるのに飽きたシュシュが、洗い場に食器を置いて、ニーナの座るソファの隣に座った。


「ナッツケーキの次は何をするの?モミの木はいつ来るのかしら」


「そうですね、フーさんにモミの木を持ってきてくれるように頼んではいるのですが・・・明日、洗濯物を持って行くので、今一度お願いしておきますね」


「そうね、そうして頂戴」


シュシュの目が、あとは?あとは?という催促をしている。


「あとはオーナメントの買い物をして・・・・」


「あ、そうだわ!」


シュシュは突然立ち上がると、紙とペンを持って戻ってきた。


「これから何をすべきか、書いておくのがいいわ。最近読んだ本にもそう書いてあったのよ」


そういえば図書巡回ワゴンで借りた本の中に、「これであなたも仕事が進む!極意」などという本があった。見かけた時ニーナはつい、面白いのだろうか、と思ってしまったものだが、シュシュにとってみれば、何かしらの学びを得たのだろう。


「ええと、まずはナッツケーキを焼いたわよね」


そう言うとシュシュは、



ナッツケーキを焼く できた



と紙に書き込んだ。


「それで・・・」



モミの木をもらう



と書いたところで、シュシュはニーナの方を見た。


「あとは何があるかしら」


「モミの木がくると、オーナメントの飾り付けができますね」


シュシュの顔がぱあっと明るくなる。


「飾り付け、楽しみだわ!今年の飾り付けは・・・去年とは違うものがいいわね」


「クリスマスマーケットで新しく買いますか」


「ええ、そうして頂戴。・・・クリスマスマーケットはいつから?」


「先週街に出たとき、商工会の方々が準備していましたから・・・数日中には、開催されると思います」


「マーケットが開いたら、たくさん買ってきてね。あなたが素敵だと思うものがいいわ」


「わかりました。去年のオーナメントも一緒に飾りますか?全部飾り付けると、かなりぎゅうぎゅうになってしまうかもしれませんけど・・」


「そうねえ」


シュシュが思案するように顔を横に傾ける。


「余ったら、お参りに来た‘’こどもたち”にあげるのはどうかしら」


シュシュは、何歳であっても街の人たちのことを‘’こどもたち”と表現する。人々が森から離れても、村やその周辺、ひいてはこの森を訪れるすべての者を抱き締める森の主ーーーシュクリ・シュクララとしての矜持を感じる。


「わかりました。ツリーはバランスをみて飾り付けますね」


「わたしも飾り付けちゃダメかしら」


「毎年手伝ってくださるじゃないですか。今年もよろしくお願いします」


シュシュの顔がまた、ぱあっと明るくなる。


「じゃあ、それも書いておきましょう」


そういうと、


モミの木をもらう


とかかれた下に、


モミの木をかざりつける(かざりを買ってから)


と書き足した。


「毎年クッキーを配っていたわよね。いつ焼くの?」


「前の日に全部焼いて、用意しておこうと思っています。去年と同じく、ジンジャーとシナモン入りでいいですか」


「ええ。・・・それとね、今年はローズマリーがよく摘めたから、それもいれてほしいのよ」


「わかりました。シナモンとも相性がよいとおもいます」


「素敵!絶対に美味しいに決まっているわ!!」


シュシュは立ち上がるとくるくると何回転も回りだした。ニーナはシュシュがぶつからないように、近くの椅子をすっと退かす。よくある、いつもの光景だ。


「おいしくて、かわいいクッキー、ルルルラ、すてきなクッキー…」


ひとしきり「クッキーのうた」を歌ったシュシュは、席につくと、


ニーナがクッキーを焼く


と紙に書き留めた。


「シュシュさん、私のクッキーの前に、ヒイラギの準備をしなきゃ」


「ああっ、そうだったわね」


紙の上で、シュシュのペンが踊る。


シュシュ ヒイラギのしたく


「精の皆さんにも手伝ってもらうんですよね」


「ええ、そうよ。みんないつも集まってくれるから。3日前くらいなら、前もって摘んでもへこたれないはずよ…お茶のおかわりはいる?」


「いただきます」


カップにお茶が注がれる。今回は、ミルクはなしで。茶葉の香りが、より広がっていく。


「これからやることは、モミの木をもらう、飾りを買う、飾りつけをする、ヒイラギの準備をする、クッキーを焼く・・・」


シュシュが、ペンをとんとんと叩きながら、確認をしていく。


「これで、クリスマスの準備の忘れ物はないかしらね」


「はい、大丈夫だとおもいます」


ニーナの返事に、シュシュはちゃんと計画がたてられたわ、と言うと、満足そうに何度も頷いた。


「これは、ここにはっておきましょう」


そういうと、ペンを机に転がし、今まで書いていた紙をうろの壁にぺたりと張り付けた。


「終わったら、‘’できた”ってかいておきましょうね。できたら嬉しいもの」


「わかりました。出来たら、シュシュさんが書いてください」


「私が書いていいのかしら」


「シュシュさんは監督者ですから」


「カントクシャ!た、大変、責任重大だわ」


シュシュが顔を赤らめ、手で頬を覆う。


「私もチェックしますから」


「難しくないかしら」


「さっきみたいに、二人で確認すれば大丈夫ですよ」


「がんばるわ!わたしがんばるわ!」


両手をあげて、気合いをいれるシュシュに、ニーナも思わず同じように手をあげる。


「あっそうだわ、ニーナ」


ひとしきり両手を振り上げたあと、シュシュはニーナの方をおずおずと向いて、手を握った。


「はい」


「その・・・あのね、ええと・・・・あの」


ついさっきの威勢が嘘のように、もじもじしながらニーナの手を揉んでいる。


「どうしました」


「折り入って・・・お願いがあるのよ・・・・その、」


「何でもいってください」


叶えられることかはわかりませんが。と心の中でニーナは呟く。


「ほら・・・このクリスマス準備って、とっても大変じゃない?」


「大変ですね」


「だからね・・・その、もし、ちゃんと準備ができて、それでね、お参りまで、こなすことが出来たら・・・ごほうびがほしいじゃない?」


「ごほうび・・・ですか」


「そう・・・あなたが作る、とびきり甘くておいしいご褒美が、食べたいなあって、そうおもうのよ・・・・!!」


そういうと、握ったニーナの両手を顔に引き寄せた。


なるほど、そういうことか、とニーナはひとり膝を打った。シュシュの栄養管理的には、あまり甘いものを食べさせ過ぎると森に悪影響が出てしまう。しかも、ナッツケーキも毎日食べているなかでの‘’おねだり”だから、シュシュとしても些かばつの悪いお願いなのだろう。


「そうですねえ」


「あなたのご褒美が最後に待ってるとなれば、きっと頑張れるわ」


「・・・わかりました」


ニーナの返答に、シュシュの顔がこれ以上ないほど輝く。


「でも」


今度は、ニーナが握ったままのシュシュの手を顔に引き寄せる。


「ひとつだけですよ。なんのスイーツがいいか、よく考えて決めてください」


「何でも作ってくれる?」


「できる限り善処します。街で手に入らないものも、あるとおもうので」


「わかったわ。そうとなれば!」


そういうと、シュシュは転がしたペンを自分のところに引き寄せると、新しい紙を破いて目の前に持ってきた。


「どのスイーツをつくってもらうか、決めなければならないわね!」


カスタードのパイがいいかしら、チョコレートのたっぷりかかったケーキも捨てがたいわ、生クリームのたくさんのったケーキだって食べたい・・・・


うきうきと列挙して紙に書いていくシュシュを横目でみながら、ニーナはまた一口ハーブティをすすった。

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