裏庭の踊り子たち
月花
裏庭の踊り子たち
メアリーが目を覚ますのは、まだ日ものぼりきらない夜と朝のはざまのような時間だった。
空の端はうっすらと白く、街並みはぼんやりとかすみがかっている。メアリーはのっそりと上半身を起こしてから数秒くらい、ぼうっと宙を見つめていた。
そして立ち上がって小窓のカーテンを開く。シャッと小気味良い音がして、狭い屋根裏にぼんやりとした光が差しこんだ。
遠くに見えるのはビックベンだ。メアリーが生まれる少し前に建てられたというそれは、今日も時間を刻み続けている。少しくらい遅れてくれればいいものをと思わずにはいられない。くあ、とあくびをしながら眺めて、それから慌ただしく動き出した。
近頃はすっかり冷えこんできた。ベッドから抜け出すのも一苦労で、あかぎれのある手のひらをこすり合わせる。
向かいのベッドでもシーツのふくらみがぞもぞと動いた。しばらくすると黒髪がのぞく。上等な絹のような柔らかい髪だ。寝ぼけたように舟をこいでいる彼女の肩を揺すった。
「クロエ、仕事の時間」
彼女は「うん」とか「時間だね、時間」ともごもご繰り返している。メアリーは淡いブルーの給仕服に着替え終わると、彼女の分を取ってベッドに放り投げてやった。
「まだしっかり寝ぼけてるでしょ」
「酔ってないよお」
「でしょうね」
メアリーは髪をとかして一つにまとめていく。ほとんど身支度が終わって、あとは白いキャップをかぶるだけだ。
だというのにクロエはまだベッドの上で、なぜかエプロンを頭にまきつけていた。酔っ払いでももう少しまともな服の着方をするだろうな、とメアリーは思った。
「綺麗な顔が台無しよ」
斬新な着方をしているエプロンを解いて、ドレスを着せてやる。クロエは子どものようにへらっと笑った。万歳をして身支度をしてもらっているクロエは御年十七歳の立派なレディだ。
「メアリーがいなくちゃ、わたしはとっくにクビだねえ」
「可愛いこと言えば許されると思ってるでしょ」
腰に手をやって苦笑いをした。それでほだされてしまうのだからメアリーもたいがいだ。
十九世紀イギリス、ヴィクトリア朝。
メアリーは華やかな世界の裏側で生きていた。
彼女がハウスメイドとして働きだしたのは十三歳のころだ。農村から仕事を求めてやってきた彼女には、メイドになるかお針子になるか、はたまた娼婦になるか――そのくらいの選択肢しかなかったのだ。
だったらせめて一番マシな待遇を、とメイドになる少女は多い。けれどメアリーを待っていた現実はそう甘くはなかった。
「出世したら上級使用人になれて、いつかはハウスキーパーに――って、そんなの夢のまた夢だよ」
大きな窓を拭いている同僚はため息をつく。
「その前に身体壊すっての! 昨日なんてお昼を食べる時間もなくて、そのまま延々と食器磨き。たまたま通りがかったミセスに、カトラリーがくもってるだとか、子どもでもできるだとかねちねち嫌味言われて、ナイフ投げつけてやろうかと思ったよ」
「いい肉ってよく切れるらしいわよ」
「ローストビーフにして人参そえてやる」
「オニオンソースも作らなくちゃね」
メアリーは肩をすくめた。地位も教養もない田舎娘に与えられるのは最低限の生活とわずかな給金だ。自由はなくて、ハウスキーパーの鋭い目が四六時中光っている。もしミスでもしようものなら厳しい罰が待ち受けているのだ。
よく働ければ出世することもできるけれど、たいていは今の屋敷にうんざりして出ていき、またそこでも我慢がならずの繰り返しだ。
メアリーはこの屋敷に雇われて三年たつが、何人もの少女がやってきては去っていった。
「せめて顔がよければなあ」
同僚は窓に映った自分の顔をまじまじと見つめ、それからがっくりと肩を落とした。どうやらそこに理想の自分はいなかったらしい。
メアリーも振り返って自分の姿を映してみる。
埃をかぶったキャップからのぞく縮れた金髪、ぱっとしない目鼻立ち、乾燥して皮のめくれた唇。メアリーの理想もそこにはなかった。おしろいでもはたけばこましになると信じているが、当のおしろいがないのだから証明のしようがない。
「クロエだっけ、あんたと一緒に寝てるの」
「そうだけど」
「いいよなあ、あの子」
同僚はまた大きくため息をついた。まだ朝の七時で、白い息が広がる。
「あたしもあんな顔に生まれたかったもんだよ。顔さえ良けりゃいろんなことが上手くいくだろうに。お互いついてなかったね」
「ちょっと、私はまだ諦めてないんだけど」
「顔を? 出世を?」
「両方!」
「うわ、あんた夢見がちとか言われない?」
メアリーはぐっと言葉を詰まらせた。彼女の愛読書は今はやりのロマンス小説で、身分違いの恋は成立すると思っている派だ。今のところ、お声がかかったことはないけれど。
屋敷中を掃除していればあっという間に午後になる。黒いドレスに着替えてエプロンを結びなおした。
紅茶のポットを厨房まで戻すように言いつけられて、メアリーは早足で廊下を進んでいた。ようやく気温も上がってきて、冷たかった手指の先にも血が通う。
ちょうど応接室を通りがかったのでちらりと視線を向ければ、見覚えのある黒髪が見えた。
「彼には野苺のを出してくれ。私はそうだな、クリームだけでいい」
「……かしこまりました」
たおやかに一礼したクロエはアフタヌーンティーの支度を進める。物音をたてないように慎重な手つきでゆっくりと。食器にそえられた指先は傷一つなく美しい。
もしこれがメアリーだったなら、一秒でも早く紅茶を注いでテーブルにまき散らしたあげく、駆け足で部屋を出ていっただろう。けれどそれも仕方がない――彼女とは役割が違うのだから。
彼女はドレスの裾をさばきながら足を踏み出した。メアリーたちのものより上質な布地だ。たばねられた黒髪は艶やかに光を反射している。指通りのよさそうな髪は烏の羽のように真っ黒だった。伏せられた瞳も黒く、ガラス玉にも見える。
どこかオリエンタルな雰囲気をもつ彼女には、異国の血が混ざっているのだと聞いたことがある。
クロエはパーラーメイドだ。来客の相手や給仕をするのが仕事で、メアリーと違って掃除や洗濯のような雑用はしない。パーラーメイドは美しい女性でなければならないのだ。埃をかぶっていたりあかぎれのある女では人前には出せない。
メアリーは少し開いた扉の前で立ち止まって、じっと彼女を見つめていた。自分とはまるで何もかもが違う彼女のことを。
「――――?」
ぱち、と視線が交わった。
クロエがふと振り向いて、メアリーの視線に気が付いたのだ。彼女も動きを止めて顔を上げる。たった一秒の逢瀬。黒い瞳はメアリーだけを映していた。
そのとき彼女のかぶっているキャップから細い黒髪がはらりと零れた。そばに腰かけていた若旦那が「クロエ」と手を伸ばす。彼女の肌に触れようと身を乗り出してきたので、このままでは棒立ちになっているメアリーが見つかってしまう。
先に目を逸らしたのはメアリーだった。またね、と声を出さずに呟いて身を引く。
けれどクロエは何かに縋るように唇をぎゅっと結んで、最後まで視線を向けたままだった。まるで助けてでも求めるみたいに――。
その夜、クロエがいないことに気が付いたのは偶然だ。
夜は屋根裏で眠る。狭くて埃っぽいベッドは粗末な造りで、寝返りをうてばギシギシと音がする。だからメアリーたちは滅多なことでは目を覚まさない。物音ごときでいちいち起きていては心も身体もおかしくなってしまうからだ。
けれどその日は、夕暮れの仕事でできたあかぎれがじくじく痛んでよく眠れなかったのだ。
夜中に目が覚めてしまって、ふとクロエのベッドを見たらシーツのふくらみがなかった。最初は寝ぼけているのだと思ったけれど、違和感があってベッドから這い出る。
シーツの端をつまんでゆっくりとめくりあげるが、そこに彼女の姿はなかった。
数回瞬きをする。目を擦って、自分が変になっているわけではないことを確かめた。それからベッドに手を伸ばしてさすった。まだ少し暖かい。彼女が出ていってからそう時間はたっていないはずだ――こんな真夜中に?
メアリーは自分のベッドに戻って腰かけ、また立ち上がって、もう一度シーツをめくった。いない、どこにも。うろうろと部屋の中を歩き回って意味のないことを繰り返す。
これはたぶん胸騒ぎだった。
良くないことが起きているような気がしたのだ。
メアリーは上着を羽織って部屋を抜け出した。ろうそくも持たないで息を潜めるように廊下を早足で進む。もうみんな寝静まっている時間で屋敷はひどく静かだった。窓のそばにいると夜の冷気が入りこんできてメアリーはぶるっと身震いした。
屋敷中を歩き回って、それでもクロエの姿は見当たらない。もしかしたらもう戻っているのかもしれない、と今さらになって気が付いてメアリーはふっと息をついた。
そうなら早く戻った方がいい。こんな時間に出歩いているところを見られでもしたら、盗みの疑いをかけられたっておかしくない。
引き返そうとしたとき、遠くの部屋の扉がわずかに開いているのが目に入った。廊下へのびる細い灯りは、中で誰かが起きているのだと教えてくれた。
それから思い出す。あそこが誰の部屋だったかを。
「若旦那様の、寝室」
そろり、と足を踏み出していた。半歩、そして一歩。音を立てないように近づいていく。
あの寝室で何が起きているのか、年頃のメアリーにはなんとなく想像がついていたのだ。そうであってほしくないような想像が。
光の筋の向こうから聞き覚えのある男の声がした。
彼は「クロエ、こちらを向いて」と優しく言った。そのあとしばらく沈黙が続いて、若旦那の声は低くなる。
「こちらを向きなさい、早く」
はい、と答える彼女の声は力なかった。
詰まった息が喉から漏れた。ゆっくりと顔を覆って目を背ける。
どうしてこんなことを、と思った。あのクロエがどうしてこんなことを。けれどすぐに理解した。強要されては立場上断れないのだ。
メアリーにはその扉を押し開けてずかずかと入りこんでいけるだけの権利はなかったし、クロエがそれを願っていないことも分かっていた。
だからその場で棒立ちになっていることしかできなくて、彼女のくぐもった声が聞こえ始めたころには逃げるように立ち去った。
クロエが部屋を抜け出すのは五日に一度ほど。きまって来客のあった日だった。
その日の昼下がりにも人がやってきた。若旦那の古い友人だという男がしばらく談笑していったのだ。クロエは給仕に呼ばれて、いつもと同じようにアフタヌーンティーの準備をする。
それを盗み見ていたメアリーはようやく気が付いた――彼がスコーンにクリームをつけるように言いつけるのが合図なのだと。
「クロエ」
「はい」
「クリームを」
無意識のうちに唇を力ませていて、ほのかに血の味がにじんだ。寒さで唇のはしが切れていたのだ。メアリーはドクドクと嫌な音をたてる心臓を落ち着けるように息を吸った。そしてエプロンに皺がつくまでぎゅっと握った。
ふーっと深く息を吐きだす。
たぶん悲しみではなくて、怒りだった。
むかつく、むかつく、むかつく。あの可愛らしくて優しい女の子をいいようにしているあの男がむかつく。
今すぐあのシャツをむしり取って、撫でつけた髪をぐちゃぐちゃにして、そばのステッキを真っ二つにへし折って、すべて思い通りだとでも言いたげな顔を殴りつけてやりたい。そして二度とあの薄っぺらい笑みを浮かべたりできなくしてやるのだ。
そうできたならどれだけ良かっただろう。けれど、できない。はらわたは煮えくり返っているが、頭のどこかではきちんと理解していたのだ。
メアリーにはなんの後ろ盾もなくて、小さな失敗一つで簡単に路頭に迷ってしまう。
ただし、メアリーが黙ってめそめそしているような少女でないこともまた事実だった。
他の誰が諦めたように肩をすくめたって、メアリーだけは何かを変えられるのだと信じていた。
夜、明かりを消してシーツをかぶる。眠ったふりをしたまま一時間。衣擦れの音がして、クロエが起き上がったのが分かった。しばらくすると扉の金具が軋むような音がして、彼女が出ていった。行き先はもう知っていた。
メアリーは跳び起きるとあわてて靴を履いた。燭台を手に取って部屋を出る。彼女が歩いて行ったのとは逆方向へ。長い廊下を走った。夜の冷たい空気が喉に刺さるようだった。
若旦那の寝室前に人影はない。ぜえぜえと荒い息を整えるように何度か呼吸して、ドレスの首元を正した。ろうそくに火を灯してから扉をノックする。一回、二回、三回。
「クロエ、待っていたよ」
ガチャッと開いた扉の向こうにはあの男が立っていた。できることなら頬を張り倒してやりたいと思っている男が、にこりと笑みを張り付けて。
彼は一瞬眉を動かした。扉を開けたら黒髪の美少女が立っていると思っていたのに、そこにいたのは縮れた金髪のさえない女がいたのだから当然だろう。彼は三秒ほど口をつぐんでいたが、やがて察したのか、薄い笑みを作り直した。
彼は「君じゃないよ」と優しくたしなめるように言った。
「君じゃない」
メアリーは心底気持ち悪いと思った。
吐き気がする。その顔で、その声で、クロエに触れているのだとすればなに一つ許せそうになかった。殴ってやればよかったのだ、本当に。
燃えるような憤りを必死に抑えこんで、わずかに震える声でメアリーは言う。
「クロエは裏庭の肥溜めに落ちました」
「…………は?」
「ですからクロエは足を滑らせて、裏庭の肥溜めに落ちました」
真顔で繰り返した。若旦那は理解が追いつかなかったのか、素っ頓狂な声をあげた。
「肥……肥溜め? 肥溜めに?」
「一時間ほど前のことだったでしょうか。明かりがなかったものですから、顔までべったりと。それはもう豪快に。今は身体を清めているところですので私がお伝えに参りました。すぐにでも彼女を呼びましょうか?」
そしてメアリーは思い出したように目をひそめた。
「まだ少々におうかもしれませんが」
彼は「いい、もういい」と足を引いた。興が削がれたのだろう。メアリーではとても代わりになりそうにないし、気分も萎えたに違いない。
嫌悪感を隠せずにいる表情で、「早く戻りなさい。ハウスキーパーや家の者にはくれぐれも見つからないように」と念押しして、彼はさっさと扉を閉める。
気づけば鼻で笑っていた。
なによ、におうだけじゃない、と小声で吐き捨てる。これだから上品ぶっているお貴族様は嫌いだ。肥溜めに落ちたくらいで下がる女の価値なんてありはしないのに。
くるりと振り向くと、廊下の向こうには燭台を片手に呆然としているクロエがいた。
遅れてやってきた彼女はぽかんと口を開けたまま、今起こったことを見ていたのだ。
彼女は何か言おうと唇をぱくぱくとさせている。メアリーは口元に指を当てて、「しーっ」と呟いた。何も言わなくたっていいのだ。彼女のもとまで歩いて行くと、その細い手首を掴んで優しく引いた。彼女は小さな子どものようについてきた。
屋敷を抜け出して裏庭へ。
誰もいない庭園で、二人は思わず座りこんでしまった。お互い黙ったままで顔を見合わせて数秒。
「メアリー」
「――ああ、上手くいった!」
メアリーは笑って両手を突き上げた。そして興奮したままクロエの手を握った。
「クロエ、あいつの顔見た⁉ 鳩の糞でも落ちてきたみたいな顔しちゃって! ばっかみたい!」
「メアリー」
「あんな猫なで声だったくせに、肥溜めに落ちたって聞いた瞬間にころっと態度変えちゃうんだから。しばらくはあなたのこと呼ばないわよ、あれは」
「ねえメアリー」
彼女が袖を引く。メアリーが首をかしげると、彼女は目元をぎゅっと力ませた。
「どうして?」
その一言にはたくさんの言葉が含まれていた。どうして知っていたの、どうして危険な橋を渡ったの、どうしてかばってくれたの――クロエが泣きだしそうだったから、メアリーは両手に力をこめた。
「どうしてもこうしてもないわよ。あいつは私の大事なものを踏みにじったの」
カサカサに乾燥した手で彼女の手を握り続ける。ささくれが刺さって痛かったかもしれないけれど、離したりはしない。
「むかつく、それ以外の理由がいる?」
口角を上げる。
クロエは声にならない声を漏らして、それからメアリーに飛びついてきた。「わっ⁉」と悲鳴を上げたけれど勢いのまま押し倒されてしまう。彼女は華奢だが、それでも人一人分の体重は重い。ずっしりとした身体は熱っぽかった。
彼女の名前を呼ぶ。
ぎゅっと抱きしめられて痛いくらいだ。
「メアリー、大好き」
呼吸が止まる。
「大好き。世界で一番大好き!」
あは、と声が零れる。メアリーは笑った。それはもう大口を開けてげらげらと。彼女がそんな風に言ってくれるなら、他の何もかもがどうでもよくなってしまったのだ。
ぎゅーっと抱きしめ返せばクロエもつられるように笑い始めて、二人できゃあきゃあと声をあげていた。目のはしには涙も滲んでいた。
しばらく芝生に寝ころんだまま夜空を見上げていた。月明りで庭園の木々が照らされていた。真っ赤に色づいたそれは時々風に散る。
彼女は唐突に、ぽつりと呟いた。
「アイシャっていうの」
え、と訊き返す。彼女はふふっと微笑んだ。
「わたしの本当の名前」
そして彼女は少しずつ話し始めた。自分の過去を。
海の向こうの異国で生まれたこと。母親はダンサーで、きらびやかな衣装をまとって踊っていたこと。見よう見まねで踊ってみたら褒められたこと。一座でこの国へ渡ってきたこと。
けれど流行病で次々に人死にがあって、一座は金を稼ぐのにも苦労し始めたこと。母親が亡くなって身寄りのない子どもになった彼女は、気付けばこの国の孤児院へ入れられていたこと――。
私にはもう帰る場所がないの、と彼女は言った。メアリーは繋いだ手を握る。
「だったら私といればいいよ、ずっと」
この先もずっと。
どんなことがあったとしてもメアリーが守ってあげようと思った。自分を大好きだと言ってくれる宝物を。
メアリーにだって帰る場所なんてろくにないけれど、それでも彼女がいればそれでいいような気がしていた。
彼女は少し泣いて、それからこくりと頷いた。
クロエが給仕に呼び出されることは少なくなった。もちろん女主人はよく呼びつけたし、ちょっとした随伴ならあったけれど、若旦那がアクセサリーのように見せびらかさくなったからだ。あの嘘がよっぽど効いたらしい。
「毎日肥溜めに落ちればいいのよ。私が押してあげる」
「やだあ」
灯りを消さないままでベッドに横たわる。埃っぽい部屋にろうそくの明かりがゆらゆらと揺れていた。クロエはくすくす笑って、「そのときはメアリーのことも引っ張るよ」と言った。
「ドレス汚しちゃったらランドリーメイドたちが嫌な顔するね」
「睨まれたらどうする? 洗ってもらえないかも」
「ええー、でも私よく嫌味言われてるよ?」
メアリーは驚いて体を起こした。「嘘!」と声をあげると、彼女はきょとんとした顔で指折り数え始めた。
「楽して稼いでるとか、見た目で得してるとか、鼻が高すぎるとか、色白じゃないと駄目とか……いろいろ? 忙しいからあんまり覚えてないけど」
「どこのどいつ? 私が言っておいてあげる。どうせ新人でしょ、ランドリーメイドのくせに生意気ばかり言うんだから」
「喧嘩しちゃだめだよ、メアリー」
たしなめられてしまったから、むっとしたままベッドに倒れこんだ。
つらい体力仕事だから悪口ばかりはびこりがちで、メアリーだっていつも盛り上がっている。それでもクロエのことを悪く言うのなら許さない。
けれどそんな日々が続いたのはたった二ヵ月だった。
朝、廊下の窓の拭き掃除をしていたら、今すぐ若旦那の部屋へ出向くように言われたのだ。
「私が? 相手を間違えているんじゃなくて?」
自分を指さして何度か聞き返したけれど、やはりメアリーが呼ばれているらしい。
彼はメアリーのことなんて名前も覚えていないはずだ。屋敷には何人ものハウスメイドがいて、ほとんどが取るに取らない存在なのだから。名指しで呼び出されるなんておかしなことは初めてだった。
メアリーは怪訝な顔で向かう。掃除用の午前のドレスを着たままだったけれど、急ぐように言われたから着替える時間もなかった。
部屋の前でキャップをかぶりなおした。落ちそうになっていた髪を押しこんで、それからノックをする。コンコンコンと軽く。扉が開いて、あの男が立っていた。相も変わらず見た目だけは紳士的な優男だ。
かすかな苛立ちを隠すようにメアリーは背筋を伸ばして、身体の前で手をそろえた。
「あの、ご用というのは」
何もわからないのだから訊くしかない。彼はため息交じりに扉にもたれかかった。
「察しもついていないのかな」
彼は哀れむような目で言った。なにかかわいそうなものでも見るような目つきだ。思わずメアリーの眉がぴくりと動いてしまったが、ぐっと堪えて答える。
「申し訳ございませんが、言いつけていただけますか」
「手間ばかり増やす子だね、君は」
「…………はあ、申し訳ございません」
まるで申し訳ないと思っていない顔で謝罪だけ口にすると、彼は「どうでもいいね」と手をひらひら振った。時間の無駄だと言わんばかりに軽い口調で続ける。
「君はもういらないよ」
メアリーは意味が分からなかったので適当に頷こうとした。頷こうとして、けれどそれがとても都合の悪いことだと気づいたのは次の瞬間だった。
背筋がぞくりと粟立つ。おそるおそる口を開いて、その言葉の意味を尋ねる。
「い――いらないとは?」
「今日中に荷物をまとめて出ていきなさい」
な、と声が出ていた。喉がつまって声も言葉も上手く出てこない。無意識に後ずさっていて靴のかかとがカツンと音を立てた。
「そんな。どうしてそんな、急に」
「主人を騙すような使用人が必要だとでも?」
彼の視線はひどく冷たい。道端のゴミでも見下ろすようなときの目だ。
「あの夜、クロエが肥溜めに落ちたなんてくだらない嘘を言ったのは君だろ。まったく、似たような顔ばかりで探すのには苦労したよ。どこで僕たちの関係を知ったのかはしらないが、邪魔をしないでもらえるかな。僕が使用人と何をしていたって勝手だと思わなかったかい?」
喉の奥が引きつていった。一体どこから嘘がバレたのかなんてどうだっていい。そんなことより。
「だって、クロエが嫌がって」
「どうしようもない勘違いだね。クロエは一度だって拒否したことはないよ」
「そんなの」
メアリーは声を荒げる。
そんなの、あたりまえじゃない。ただの使用人が嫌だなんて言えるわけがない。
私たちの間には明確な力関係があって、いつだって支配するのはあなたたちの方なんだから!
気づけば掴みかかっていた。シャツの胸倉を掴んで勢いよく詰め寄る。
わずかに顔を歪めた彼は「離しなさい」と言った。メアリーは興奮で荒く息をしていた。どうせクビなら最後に何をしたって構わない。
「言葉で言ってあげているうちに離しなさい。僕は右手に握っているステッキで君を打ちのめしてもいいんだよ」
「だったらやってみればいいじゃない。私は絶対、あんたを殴らなきゃ気が済まない」
「驚いた。本当に愚かだね」
彼はぱちぱちと瞬きをした。何がおかしいって言うのよ、とメアリーは嚙みついた。
右手を固く握って振りかざす。今度こそ本当に殴ってやるつもりだった。けれどそのとき遠くから名前が呼ばれた気がして、上がりきった熱が一瞬冷える。
「メアリー、何をしてるの」
絞り出すような声で叫んだのはクロエだった。きっと彼女も呼びつけられていたのだろう。
メアリーが呆気にとられたように固まったのを見て、彼は胸倉を掴む手を振り払った。「クロエ、君の同僚にこんな乱暴者がいたなんてね」と呆れたようにシャツの襟を正していた。
「ああ、言っておくけれど紹介状なんて書かないから。仲介人は自分で探すことだね」
「結構! こっちから願い下げよ!」
くるりと背を向けて大股で歩き出す。おろおろとしているクロエの手首を握って、引きずるように二人で戻った。
早足で歩く。クロエが「何があったのか言って」と言うから、メアリーはまくしたてるようにしてすべてを話した。まだ興奮していたから時系列はめちゃくちゃだったけれど、いたって冷静なふりをして。
「私、明日から住む場所もないみたい」
「そんな、朝晩はすごく冷えるのに。メアリーが死んじゃう」
「平気よ。神様は身体だけは丈夫に作ってくれたから」
クロエは「わたしも」と呟いた。
「わたしも出ていく。メアリーが出ていくなら、わたしも一緒に」
「さっき死んじゃうって言ったのは誰よ」
彼女は待遇のいいパーラーメイドだ。ここに残るか、せめて紹介状を書いてもらって別の仕事先を探した方がいい。路頭に迷ったらそれこそ凍死しかねない。
メアリーは彼女を抱き寄せた。
「ごめんね、クロエを自由にしてあげたかったのに」
彼女の細い肩に額をうずめた。
いつだってこの子を守りたかった。
けれどメアリーには金も地位も権力もない。守ってやるつもりが、結局ひっかきまわしただけだ。その結果メアリーはいろんなものを失って、クロエはもとの生活に逆戻り。
すんと鼻を鳴らしたけれど意地でも泣きたくなかった。
ここで待っていても夜には追い出されてしまう。荷物をまとめるために立ちあがろうとすれば、クロエに引っ張られた。「え」という声はかすれていた。強く抱きしめ返されて動けない。
彼女の身体は細くてどこか骨ばっていて、けれど柔らかくて温かい。何度だってこうやってじゃれあってきたのに、引き留めるようなそのしぐさに気付けば目の奥が熱くなっていた。
本当は怖くて仕方がなかったから。全部ただの強がりだ。クロエに触れられたら途端に弱い自分に戻ってしまうのはどうしてだろう。
ずっと黙ったままの彼女が「大丈夫だよ」と言った。
「わたしがメアリーを守るから」
甘い声には覚悟があった。
彼女はそう言って立ちあがり、「行こう」とメアリーの手を強く引いた。
思わず腰を上げてそのまま引きずられるようについていく。もと来た道を戻っているのだと気が付いたのは、使用人のいない廊下を進んでいたからだ。
思わず手を引っ張り返した。止まって、というつもりだったのに彼女の力は存外強い。
ついさっきまでいたはずの部屋の扉をノックする。「ちょっと、クロエ」と彼女の肩を掴む。彼女はかたくなに振り向かなかった。
「……なんだ、また君たちか」
扉を開けた彼はくだらなさそうにクロエを見た。次の嫌味を言おうと口を開いて、けれど言葉が続くことはなかった。
「あの晩の続きをいたしましょう」
クロエはスカートの裾をつまんで優雅に礼をした。そして何を思ったのか、エプロンのひもを引っ張って解いてしまった。
若主人もメアリーもぽかんとした顔で見ていると、今度は給仕服のボタンに指をかけて、あろうことか服を脱ぎ始めたのだ。
「ク……クロエ⁉」
彼女は止まらない。ボタンをすべて外し終わると袖から腕を抜いた。絹のドレスはすとんと足元に落ちて、あっという間に下着姿だ。
真っ青になっているメアリーと、石のように固まっている若主人と、おかしくなってしまったクロエの三人しかいない廊下には穏やかな昼の日差しが差しこんでいた。
「どうされましたか。いつものように命じてください。あれを脱げとかこれを脱ぐなとか」
「何を、こんな場所で」
「誰かに見つかるかもしれないのがよいのだ、とおっしゃったのはあなたでは?」
クロエは挑発的に笑う。その顔も、その口調も、すべてメアリーのものだった。
「あなたはわたしを人形か何かだとお思いでしょう。ええ、そうでしょうね。行くあてもない哀れな女です、どうぞお好きになさればいい」
「…………」
「けれどわたしだって噛みつくこともあるのです。どうせ失って困るものなどないのだから」
薄い下着だけをまとっている彼女は、それでも美しい。地黒の肌は艶やかに照らされている。
柔らかな黒髪をかきあげて後ろに流すと、彼に一歩詰めよって軽いキスをした。ちょんと触れるだけのキスを。
ためらいのなさは、きっと何度もそうしてきたからだろう。
メアリーの知らない夜を彼女は過ごしてきたのだ。
「もしメアリーを追い出すようなら、次のお客様の前でも同じことをします」
彼女は思い出したように「今夜はお祝いのパーティでしたね。爵位もお持ちのあなたが低俗なメイドに手を出すなど、奥様もさぞお嘆きになられるでしょう」と品よく笑った。
あたりは不自然なほどにしんと静まり返っていた。衣擦れの音さえ響くような廊下で、彼は唖然とした顔で固まっていた。やがて目を伏せると何かを計算するように黙りこんだ。
やがて彼はゆるく両手を上げる。あかぎれ一つない恨めしいほど白い手だ。
「捨て身だね」
肩をすくめる。彼女は間髪入れずに言い返した。
「捨て身で結構」
「僕はともかく、君は確実に処分を受けるだろう」
静かな脅しだった。だがクロエは「お好きにどうぞ」と涼しい顔だ。
「まったく、失うものがないって怖いものだね。何をしでかすか分かったものじゃない。僕は自分の外聞を天秤にかけるほど差し迫ってはいないし――あまりいい気分ではないけど」
「今までどおりの生活に戻るだけでしょう。旦那様は損などされていませんよ」
「はた迷惑な話だ」
「わたしがそう言いたいくらいです」
「……君、そんなに喋る子だった?」
メアリーは遅れて気が付いた――二人の間で落としどころがついたことに。
ピリピリとした緊張感は消えていないのにどこか和やかですらある。きょろきょろと視線だけで惑う。どうしてこんな雰囲気になるのか、メアリーにはさっぱりわからなかった。
彼は「服くらい着てもらえるかな。話はまとまっただろう」と床に落ちたエプロンをステッキでさし示した。拾い上げようとしたクロエは、何かに気が付いたように体を起こしてもう一度囁く。
「でしたら迷惑ついでに夜食にパンをつけていただいても?」
夕食が少ないからお腹がすくんです、と付け加えた。
「もちろん二人分」
「だから先に服を着なさい、服を。君には恥って概念がなかったりするの?」
彼は呆れたようにため息をついた。
夜には豪勢なパーティーが開かれた。
新事業を祝うためだと聞いたような気がするけれど、詳しいことは何も知らない。誰に聞かされていたわけでもないし、そもそもメアリーにとっては心底どうでもよいことだった。
事業とやらが成功しようが失敗しようが、メアリーの懐には一ポンドも入ってこないのだ。とはいえ本当に会社が潰れて解雇されても困るのであまり大口は叩けない。
午後からはひたすらテーブルクロスをかけて回って、銀食器を磨いて、最後の掃除をして――と散々な忙しさだった。客の出迎えに追われていたクロエとは一言も話せないまま、時間だけが淡々と過ぎていく。
メアリーがやっと一息つけたのは日の沈み始めた午後六時ごろだった。
「疲れた」
メイドは客前に姿を見せるものではないので屋敷の隅に追いやられる。クロエは屋敷を抜け出して裏庭に来ていた。
春にはバラが咲き誇る庭園だが、今は木々が赤く色づいている。どれだけ掃き掃除をしても落ち葉はなくならなくて、あたりは赤い絨毯が広がっているようだ。
「疲れた……」
土に座りこんだメアリーはうつむいた。本当に疲れていたのだ、何もかもに。
今日と言う日はあまりにも目まぐるしくて、メアリーにはとてもついていけそうになかった。
自分が解雇されそうになったこと、それをクロエが助けてくれたこと、そのクロエがあんな行動に出たこと――全部自分の幻覚だといってくれた方がまだマシだ。
もう何度目かもわからないため息をつくと、上から影が降ってきた。ふと顔をあげるとそこには見慣れた顔があった。
「……クロエ」
「服を汚したらランドリーメイドに叱られちゃうよ」
「叱られたっていいわよ。何も怖くないもの」
クロエが手を差し出してきた。立ちあがる気にもなれなくてぼうっと見つめていたら、彼女は手を引っこめて、代わりに隣へ座りこんできた。
「服、汚れるわよ」
「わたしだって怖くないもの」
クロエが悪戯っぽい笑みを浮かべて言うから少しだけ笑ってしまった。彼女はずっと嫌味や陰口を言われ続けてきたのだから、そのくらい平気だというのは本当だろう。
しばらく日が沈んでいくのを二人で見つめていた。けれど延々と黙っていたいわけではなかったから、メアリーは「どうだった?」と呟いた。
「今日。忙しかったの?」
「すごく。来客が多くて困っちゃった。次から次へと来るんだから、あっちに行ったりこっちに行ったり。メアリーは?」
「いい加減うんざりしたわね」
ふっと苦笑いを浮かべる。
「ああ、でもそれは毎日か」
たてた膝に頬杖をついた。吹き付ける冷たい風がエプロンの紐を舞い上がらせた。
「ごめんね」
「どうして?」
「私、あなたのために何かできるって思いこんでた」
思い上がりだった、と自嘲する。
「クロエにあんなことまでさせて。馬鹿なことしちゃったって、本当に後悔してる」
今日ほど自分を愚かだと思った日はない。メアリーはよく考えて、冷めた目で、あくまで現実的に生きているつもりだったのだ。そりゃあ子どもっぽくて夢見がちな考えがなかったかといえば嘘になるけれど、それでもわきまえているつもりだった。
全部、つもりだ。
足元に落ちていた真っ赤な落ち葉を拾って、指先でくるくると遊ぶ。きっと明日の朝には掃いて捨てられてしまうそれを。
メアリーがもう一度「ごめん」と呟けば、彼女はかぶりを振った。
「助けてって最初に言ったのはわたしだったよ」
「言ってないじゃん」
「言ったの。目で、言った」
クロエは柔らかく微笑んだ。
「だからあのときメアリーが助けてくれて嬉しかった。人生で一番嬉しかったの。あのときのことはきっと一生、何があっても忘れない。メアリーが忘れたってわたしは忘れない。ずっと言いなりだったわたしに、やり方を教えてくれたのはあなただよ」
メアリーはとっさに何か言い返そうとした。どうせ後でバレるような間抜けなやり方よ、だとか、結局何もうまくいってないじゃない、だとか。
でも言葉にはならなかった。唇が少し震えただけだったのだ。
クロエは待つようにこてんと首を傾げた。キャップの隙間からのぞいた黒髪が揺れる。メアリーはようやくかすれる声で言った。
「ただ」
「ただ?」
「自由になりたいだけだったのよ」
彼女は静かに「そうだね」とうなずいた。
「わたしだって自由になりたかった」
「私とクロエを縛り付けてるものが気に食わなかったの。全部全部、むかついてた。それをどうにかできるんだって思ってた。でもそんなことは無理だった。私はクロエのこと助けてあげられない」
「それでもメアリーはわたしを助けてくれたよ」
クロエはメアリーの手のひらを握った。「立って」と引っ張られたからつられて腰をあげた。靴のヒールが土と落ち葉に食いこむ。
その場でくるりと回った彼女はあはっと笑う。
「踊ろう」
屋敷からはピアノが聞こえていた。ぶ厚いカーテンの隙間からは優雅なワルツを踊る人々が見えていた。
裾がたっぷり広がった流行のドレスに身を包んだ女たちは、朝の水の冷たさも、暖炉のすすが喉にはりつく気持ち悪さも知らないのだ。この先、一生。
「ね、踊ろうよ」
響くのはゆったりとした高尚なメロディライン。メアリーは慌てて止めた。
「ちょっと待ってよ、あんなの踊れない」
「わたしだって知らない」
拍子もステップも無視して二人はくるくると回った。手を繋いだままでその場で何度も回った。気づけばキャップが飛んでいて、痛んだ金髪が宙を泳いでいた。
落ち葉がぬるついて転びそうになってしまう。きゃっと声をあげれば引っ張り上げられて、クロエが転びそうなら今度はメアリーが支える。
なんだかすべてが馬鹿馬鹿しくなってきてメアリーは笑った。小さい子どもみたいにけらけら笑っていたら、クロエも大口を開けていた。
もう何が面白いのかわかったものではない。ただ最高に心地よかった。今だけは嫌なことを全部忘れていられたのだ。
ずっとこうしていられればよかった。
こんな夜が永遠に続けばよかった。
でもそんな戯言は通用しないことを知ってしまった。
眠れば明日がきて、メアリーは屋敷中の埃にまみれ、クロエはあの部屋へ行って身体を重ねて、うんざりするような日々が延々と続いていくのだろう。
それでも目を覚ましたら隣のベッドのクロエがいてくれるのなら、メアリーは明日も明後日も生きていこうと思えた。どれだけつまらなくたって。
「ずっと一緒にいて。お願い」
「じゃあわたしの名前を呼んで。今だけ、本当の名前で呼ばれたい」
メアリーは呼んだ。彼女が飽きてしまうまで何度も繰り返した。
心臓がバクバクと高鳴っていた。息が上がって、全身が熱くなって、それでもけっして嫌じゃなかった。
散々踊って疲れ果てた二人は尻餅をつくように倒れこむ。ぜえぜえと息をしながらまた笑った。汗が首筋を伝っていた。
そのあとクロエは故郷の踊りを踊ってくれた。
わたしとあなただけの秘密だよ、と笑った彼女の黒髪は柔らかくて、踏んだステップは軽快で、なめらかに動く手足はすらりと伸びて、見せつけるような身体の線は艶やかで。
メアリーはこの夜が一秒でも長く続きますように、とただ願っていた。
裏庭の踊り子たち 月花 @yuzuki_flower
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