体育祭 後編 (雫)

「はぁっ...はぁっ....」


走っている間は必然と息が上がる。けど、今はそれ以上に心臓の高鳴りが止まらない。

胸あたりを右手で押さえ止まってほしいと懇願する。けど、さっきの階段での出来事や今まで雅といた時間を思い出すだけで、体が熱くなる。

雅のことが昔から好き.......好き....好き.....大好き。

それ以外の言葉が何も出てこなくなってしまった。

無我夢中に走っていたこともあり、いつの間にか自宅の目の前に辿りついていた。玄関の扉は開けず、雅が来るのを外で待つことにした。春から夏へと移り変わろうとしている時期。そして、夜にもなると、涼しいと感じるほどの気温になっていることもあり、火照った体を冷やすには丁度良い。冷静さを取り戻す為に深呼吸をする。


「恋花、誘えたかな....?」


星空を眺めながら、雅が来るのをひたすらに待つ。玄関で待つのも考えたけど、私の両親が共働きをしていてこの時間帯は室内には誰も居ない。仮に、玄関に入って待ったとしてもインターホンがなった瞬間に扉を開けれる自信はない。扉を開けず顔を見ないまま済ませるかもしれない。

この待ち時間は、スマホを弄ることもなく、雅をどのようにしてデートに誘うべきかひたすら考えることにした。雅がどうしたら喜んでくれるか、何が好きか、幼馴染である私が一番知ってる。だからこそ、ネットには頼らずに誘いたい...

雅の行きたい場所に誘うべき?それとも、体育祭の打ち上げだって言って理由を付けるべき....?

一旦、考えてることを全て整理しようとしたが、もう遅かった。

少し離れたところから荒っぽい足音がした。立ち上がりその方向へ目をやると人影が近づいてくる。

目と鼻の先に居る人物が誰なのか、気が付かないわけがない。息を切らしながら、私の元へ駆け寄ったのは雅だ。

運動なんてからっきしの雅が体育祭を含めて何度も走った。今にでも倒れそうだと感じた私は、バックの中に入って居るタオルと水を渡した。水の口に付けたと同時にあることを思いつく。


「そのグラス、私の口つけてるよ」


「げほっ.....げほっ........はっ?!」


咽せている彼を見て、思わず笑みを浮かべてしまう。


「笑うなよっ」


「雅の慌てる表情が可愛かったから思わず笑っちゃった」


本当に私は、雅を嘲笑っているわけじゃない。寧ろ、その表情が可愛くて愛おしく感じてしまう。

揶揄っている間は、冗談を言える自信があっても、デートに誘うとなると躊躇ってしまう。早くこんなしがらみから解放されたいのに言葉にできない。

正直、雅のことを好きになった理由なんて恋花と比べてしまったら、ちっぽけだと感じる。それにも、恋花に比べて私は劣っている部分が多い。




⚪︎




私が、中学に上がってばっかりの頃だった。

雅ともクラスが離れていて、今よりも話す機会が少なかった。それに、好意なんて一つも抱いて無く、寧ろ腐れ縁みたいに思ってた。

お互い別々のグループに居て行事や授業関係以外では話さないのが私たちの距離感だった。クラスが一度だけ同じになっても変化はいと思っていた。ある日の放課後に起きてしまったことが私たちの関係を変えた。

偶然、その日は私と雅の日直が被っていた。日直は放課後になると教室内をほうきで掃わいて綺麗にしてから帰らないといけなかった。正直、「雅と掃除するなんて嫌だな...」って当時は思いつつ夕日が差し込む教室内で掃除を始めた。お互いに一言も声を発さず黙々と作業をしている時に起きてしまった。


「危ないっ!!」


雅が私を勢いよく押し倒す。あまりにも突然のことで声が一切出なかった。幼馴染だとしても、この行為自体が私の逆鱗に触れ、絶交を切り出そうとした。...けど、その思いは一瞬にして変化した。

ガッシャーンと大きな音がすると同時に物凄いスピードでボールが教室内へ入る。


「えっ.......」


床に叩きつけられた衝撃は、予想以上に痛かった。けど、それ以上に衝撃だったのが、雅から目を離せなくなってしまったことだった。


「怪我とかしてないか?」


「う...うん。それよりも雅の方こそ大丈夫なの?」


「安心しろ...一つも怪我してないから.......」


そう言いながら立ちあがろうとしたが、体を動かすにつれ顔が険しくなっていた。背後に周り確認するとガラスの破片が一つ突き刺さっていた。


「これのどこが大丈夫なの.......?」


制服の上からでも分かるくらいに出血していて、大丈夫と言える状態ではないのは私でも分かった。

雅に保健室に行くべきだと促すと、すんなりと言うことを聞いてくれた。きっと心配かけたくなかったから見栄を張ったのかもしれない。何とか保健室まで送り、一緒に居てあげるつもりだった。けど応急処置の邪魔になったら、本当に顔を合わせられなくなると感じた私は帰路に着くことにした。

朱色に染まった空を眺めながら押し倒されたことを思い出す。保健室まで連れて行く間は、雅の容態を気にしてばっかで、お礼の一つもしてない。何かプレゼントでもするべきか色々考えているうちにその日を終え、翌日になっていた。

板書を写すことを放棄しノートも一面真っ白だった。


「く...ずく.......しずく?」


「えっ...あー、授業終わってたんだ」


同じ部活の友達である梨里杏りりあから話しかけられて、授業が終わっているのに気づいた。


「雫、大丈夫?ずっと呼んでたのに上の空だったし、何か悩み事でもある?」


「悩み事なんかじゃないから心配しなくて良いよ。それよりもどうしたの?」


「今から移動教室でしょ、だから一緒に行かない?」


「本当じゃん。少し待ってね教科書出すから」


教科書とノート、筆記用具を手に取り教室を出る。友達と雑談をしながら歩ていると雅がこちらに向かって歩いていた。せめてお礼だけでもと思い彼とすれ違いざまに声をかけようとした。


「あ.......あり........」


あれ...何で声が出ないの......

「ありがと...」と一言お礼するつもりだった。雅に話しかけることは出来ず、彼の後ろ姿を目で追うことしか出来なかった。いつもの私なら、話かけることなんて容易いのに...どうして...?

しかも、それだけじゃなくて、胸に手を当てると心臓の音もうるさい...


「めっちゃ顔赤いけど、大丈夫、保健室でも行っとく?」


「う、ううん、違うの。ちょっと熱いだけだから。ほら、それよりも早く行くよ」


梨里杏の背中を押しながら、次の授業への教室へと移動する。

私は、あの日のことがキッカケで雅のことを目で追ってしまうようになった。最初の方は、話しかけることも出来なくて、雅が私の方を向いた時は、明後日の方へと視線を移動させる。これが、恋だと気付くまでの間は、雅に話しかけれない自分自身にイラッとしていた。


.......そして、これが恋だと気付いたのが数週間後のことだった。


そこからの私は、梨里杏に相談しつつ少しずつ昔の関係に戻りつつあった。だとしても、戻そうとしても戻せない部分が一つだけあった。それは、雅とで話すことができなくなったことだ。揶揄ったり冗談言ったりしたけど、本音をぶつけることは無かった.......





こんな私が、雅に本音をぶつけようとしている。

雅をたまに揶揄うのも、雅自身が冗談だと理解してくれているからであって、本気で受け止めるなら揶揄ったりなんてしない。それに、もし私自身が強くなっていれば、とっくの前に告白している。


「あのさ.............」


今だけは恋花のことは考えない。今はファンとして彼女の気持ちを考えない。友達ライバルとして私は、雅を誘う。

今どんな顔してるの私...笑顔を向けているのか、恥じらっているのかすら分からなくなる。

大きく深呼吸し、胸に手を当て冷静になろうとする。車が走行する音や、誰かが歩いている足音が遮断されて、今聞こえているのは鼓動の音だけだった。


「.............雅とデートしたい...」


言えた......

やっと言えた..........

けど、これから先のことはノープランだった。私の言葉を本気で受け止めてくれた彼は、真面目に答えようとする。


「でも、僕...」


この瞬間理解した。恋花が、雅とのデートの約束をしていることに。けどこんな所で引き下がったりしたら、恋花に負けを認めてしまう。意気地なしな私になんてもう戻りたくない。


「知ってる。恋花ともデートの約束したんでしょ」


「だから...えっ、」


このままだと断られてしまう。そう感じ瞬時に雅の口を手で抑えた。


「言わないでっ!お願いだから今から言うことを黙って聞いて欲しいの。いつもみたいに揶揄う気持ちもない私の本心をっ!」


もう羞恥心なんてどうでもいい。私が今感じていることを言えば良いだけだっ!このまま勢いに任せ、「もう、どうにでもなれっ!」って胸の内で叫びつつ口を開いた。


「雅ともっと一緒に居たいっ!幼馴染だとしても互いに知らない一面だって絶対にあるしっ!それに一つ言うけど、雅と話しながら登校してるあの時間が一番好きなのっ!!」


雅の耳たぶが、赤く染まってる...

この時点で、私の恋心はバレたと思う。雅の口からそっと手を離し返答を待った。私のことなんて眼中に無いのかもしれない。だけど、一方通行の恋だとしても諦めて良い理由にはならない。


「分かった...」


返事をされた瞬間、思わず顔を上げた。すると、雅も顔を赤くし恥ずかしがっていた。

内心、その場でピョンピョンとジャンプしたくなってしまうくらいには舞い上がってる。


「返事ありがと...それじゃ、詳細は後で連絡するからね。また明日っ!!」


それだけを言い残し、自宅に勢いよく戻る。玄関の扉を閉め、胸元に手を当て心臓の高鳴りだけを確認した。心拍数が大会の緊張から出るものとは比較出来ないほどにまで上がっている。




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