体育祭 終幕 後編 (恋花)
窓から見える景色は、いつのまにか暗くなり街灯や部屋の灯りが点々と照らされていた。打ち上げも終わりを迎え、片付けを始めていた。この打ち上げが始まってから2時間くらいは経ったというのに、私も雫もデートの件に関してはまだ、切り出すことが出来ないでいた。
「もう外も暗いし、そろそろ帰るか」
バックを肩に担ぎ出した雅の姿を見てもう時間が無いことを実感させられ緊張感が高まっていた。それは私だけでなく雫も同じだった。そして、私が躊躇している間に雫が先に切りだした。
「あのさ、雅...」
「どうかした?」
「わ、ゎ、」
「わ?」
雅からだと、机の陰になっていて見えないのかもしれないけど、雫の右手が震えていた。左手で、その震えを抑えようとしたが治ることは無かった。笑顔を取り繕い緊張しているのがバレないようにしていた。
「ほんと今日は楽しかったよねー!!」
雫の空元気な姿を見て、私自身が惨めだと思った。こんなに緊張して苦しんでいるのに私は何も出来ていない。
胸が苦しい...私ってこんなに臆病だっけ....
今、頑張っているのは雫で、私は一歩を踏み出せないでいる。アイドルとして観客の前に立っている私はこんなに緊張したことが無いのに...どうして口は開いてくれないの...どうして口は動いてくれないの........
「また文化祭の終わりに打ち上げするか」
「私たちだけの打ち上げだし、楽しみっ!」
私と雫は雅くんと話すのも精一杯だった。タイミングが掴めないまま今日が終わろうとしている。nineで誘うことはできるけどそれは違う気がする。それだと、また臆病になって逃げることになる。
「それじゃ帰るか」
「そうだね」
教室の電気を消し扉を閉めてから廊下に出る。照明は消されていて、辺りは静寂に包まれていた。私達だけの歩く足音だけが響き、月光によって何とか視界は確保出来た。階段はスマホのライトで照らし階段を降りる。
「きゃっ!!」
その叫び声は雫からだった。隣を歩いていたはずの雫が足を踏み外してしまった。
急いで腕を掴もうとしたけど私の腕の長さだと間に合わなかった。けど私より先に反応していた雅が雫の腕を掴む。幸いにも階段から落ちることはなく怪我もせずに済んだ。
「大丈夫か雫!?」
「大丈夫!?」
「う...うん。助けてくれてありがと」
捻挫になっていないか確認するために雫の横に移動する。雅は雫の顔が見えない位置にいるため私にしか彼女の顔は見えてない。月光に照らされている雫の表情がはっきり見え、恋する乙女のような表情をしていた。頬や耳は紅潮していて、雅と顔を合わせるのは無理だと私ですら感じ取れた。
私じゃ勝てない....
その表情を見た瞬間、可愛いと感じるのと同時に私なんかがこの二人の間に割り込んで良いものなのか疑問に思ってしまう。正直、幼馴染でこんなに雅のことを思っている彼女に勝てるとは思えない......
「雅.......後で話があるから、家の前に来て。」
そう言い残した彼女は、腕を掴んでいた雅の手を離し先に行ってしまった。
「おい足大丈夫か!?」
雅の言葉に気づかないまま、雫は足早に行ってしまった。
雫が今どんな想いを抱えてるのか知っているからこそ、心配になる。けど今はそんなことを考えてる場合じゃない。私は私でやるべきことがあるの。
二人きりになった今なら誘えるかもしれないと思ったがそれでも緊張して踏み出せない。
二人で夜空の中歩いて帰路に着く。
ビル照明や、街灯車のヘッドライトによって明るく感じる住宅街。すれ違う人がいても会社終わりのサラリーマンが一人か二人くらい。手を繋ぎたい気持ちを必死に堪えながら歩く。
「雅くんは、体育祭楽しかった?」
このまま黙り込んでも何も始まらないと思い、話題を出す。
「今までで、一番楽しかったかもな。でももう来年からはずっと見学で良いな」
雅くんが、疲労を感じているのは、体育祭や打ち上げだけじゃない。私を迎えにきたことも含まれている。
「その疲れって私のせいだよね。走らせることになっちゃってごめんなさい。」
「いや僕が、勝手にしたことだし気にしなくていい。それに、さっきも言いったけど楽しかったことには変わりないからな」
雅くんは、私を気遣ってくれているのか、柔らかな口調で話す。
「私もだよ...今までで最高の体育祭だった。でも体育祭抜け出してまで私の元まで来るとは思わなかった」
「やり過ぎたとは思ってる。だけど、二人で楽しむより三人で楽しんだ方が絶対に良いって思い出せたんだ」
結果がどうあれ、雅くんや雫と一緒に体育祭が出来て良かった。連れ出してくれた雅くんの期待に答えられなかったことが悔しいけど雫の本音が聞けて嬉しかった。
.......あと数分もしない内に自宅までたどり着いてしまうって時に、踏切が降り私たちの足を止めた。一定のリズムを刻みながら警笛は鳴り続ける。
「大分前のことなんだけどな、僕と姉貴の二人で公園で遊んでる最中に、一人で寂しく散歩してた子がいたんだ。」
「............えっ?」
「最初は姉貴がその子を見つけて三人で遊ぼうってなった時には、寂しさなんて消えてた。寧ろ、遊んでいくうちに笑顔になってたんだ。その子とは、その日以来会ってないけど、一人で居るよりも皆んなで楽しんだ方が良いって思い出せたんだ。」
覚えててくれてたんだ....今、彼の顔を見てしまったら我慢していた涙が溢れてしまう。幼い頃から今まで何度も彼に救われた。体育祭で勝負することを約束した日から、私は雅くんのことを嫌いになろうとした。嫌いになれば、彼のことを簡単に拒絶できるし罪悪感なんて残らないって思った。雫のためだからって思いこんだ。けど、幼い頃の初恋の相手と、体育祭まで迎えに来てくれたのが雅くん。嫌いになる理由なんて思いつかない。それどころか、好きになる一方だった。
電車の通過した踏切は、上昇していく。それにつれ、彼も歩みを再開させる。
私の家までもう目と鼻の先、彼が振り向く前に言わないと...
雅くんの後ろに駆け寄り制服の裾を摘む。
「後ろを振り向かいないで聞いて」
雅くんは私の行動に驚いているのか、硬直したまま黙り込んでいた。
「私と二人で何処か遊びに行かない?」
言ってしまった...此処で拒絶されてしまったら彼と上手く話せるか分からない。それどころか、泣き崩れて迷惑をかけてしまうかもしれない。不安と緊張で心臓が高鳴っているのを感じつつ彼の返答を待つ。
「.......僕なんかで良いのか?」
「へっ?」
「はい」か、「いいえ」のどちらかの回答が返ってくると思っていたけど、質問で返され思わず腑抜けた声を出してしまった。
「僕みたいな、何も取り柄のない人間だけど良いのか?」
「良いよ...そんな雅くんと遊びたいの。」
雅くんの耳が、紅潮してる。そんな彼を見ていると笑みが浮かび上がる。
「それじゃぁ、遊べる日はnineで知らせるね」
「分かった。」
何とか誘うことができたが、「デート」って言えなかった自分に腹が立つ。だけど、それ以上の達成感がこみ上げてついニヤけてしまう。これで、私の体育祭が終わった。だけど、まだ全部が終わった訳じゃない。
「雅くん。今から行かないと行けない場所があるでしょ?」
「あるけど、恋花は良いのか?どうせなら、送っていくぞ」
本音は、彼と一緒に帰宅したい。だけど、保健室で私は雫を応援するって決めた。
「ううん、気にしないで。ほらっ早く行かないと怒られちゃうよ」
雅くんの背中を押し、振り向く彼に手を振って見送った。後々、この行動自体を悔いる結果になったとしても、私は受け入れる。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
彼を見送り、姿が見えなくなるまで目を離すことはなかった。
「次は雫だよ。頑張ってね........」
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