第6話 カメと忍者と
「うわっ急ににぎやかだな……。おっとRP、RPしなきゃ。んんっ、よしっワシの冒険はここからじゃ!」
雑な、のじゃ系老人口調で満足げにうなずくルーリー。
彼女がいるのは巨大水晶の神殿から街へと降りる階段の頂上。
薄暗い常夜の街には他プレイヤーたちが忙しそうに走り回っている。
竜人にトカゲやワニ、下半身が蛇のキャラ、やたらと大きな陸ガメ等。
プレイヤーたちは見える範囲で数百人程度。今回のテストプレイの参加者は5万人。各種族均等に分かれたとしても少ない。
ぺんたすオンラインでは街や戦闘フィールドでプレイヤーの表示上限が定められており、それはルームと呼ばれている。
ルームの上限は街で500人、戦闘エリアでは100人。
任意のプレイヤーと遊びたい場合は空いているルームに移動して待ち合わせる必要があった。
「ネトゲはただ街にいるだけでも楽しいのう」
初期装備の時点で既に個性豊かなプレイヤーたちを眺め、ルーリーは呟いた。
彼女は階段を駆け下りたり、屋根の上を飛び跳ねたいという衝動に駆られた。だがRPを思い出し、ゆっくりと一歩一歩階段を下りていく。
『一緒に狩りいきませんか? 初見募集!』『情報収集班募集中!』『腕自慢募集! 行けるとこまで突っ走ってみませんか?』
『女の子募集!』『対人戦希望者募集!』『セントラルの門突破狙い募集!』
プレイヤー募集の全ワールド共通チャットがひっきりなしに流れてくる。
チャットは画面の上の方に右から左に表示される。目線でいうと眉の上辺りに何かがチラつくという位置。
無視しようと思えば簡単で、チャットを見ようと目線を上げれば強調表示されるというシステムだ。
ただ上の方を見ようと顔を上げた場合、チャット画面は一緒に上へあがるので気にならない。
「ふぅ……ようやくついたのじゃ。長い階段じゃった」
いよいよゲームが始まる。何をやっても初めてで新鮮な体験を得られるという万能感に浸りながらルーリーは街の中を歩いていた。
商店を覗いても大したものは売っていない。今はまだテストバージョンで、プレイ状況はゲーム開始時点なのだから当然だ。
それでも見知らぬアイテムを手に取ってみるのは楽しい。
ウィンドウショッピングを楽しみ、NPCと少し会話をしながら探索を続ける。
時間制限のあるテストプレイ。参加プレイヤーの大半は時間が惜しいと戦闘用フィールドへ走って向かっている。
街中を探索している者もそれなりにいるがNPCの方が多いほど。
なので歩いているととにかく声をかけられる。
「おっそこのお姉さん! 新鮮な魚見てかないか? 沼で取れたてだよ」
「活きは良さそうじゃがワシは料理が出来ん! すまんな」
「そうかぁ。隣の飯屋はうちで魚卸してるから旨いぜ!」
「うむ。覚えておくのじゃ」
ヌルヌルと光沢を輝かせる巨大魚を扱う店。
「お嬢ちゃん! うちの菓子は美味しいよ! 食べてきな!」
「おお! これはうまそうじゃな! いくらじゃ?」
「一つ100Gだよ」
「二つもらおう」
中華まんのような菓子を出す店。
どこにRPアーツが影響しているか分からないのでルーリーは声をかけられる度相手をする。
結果、通り一つ抜けるだけで、彼女が最初から所持していた分の金はほぼ無くなってしまった。
「さて、路銀を得る手段を探すかの。雑魚狩りか何か街中でお使いでもするか。……依頼を見てからじゃな」
彼女の目の前には今、薄暗い街を煌々と照らす中華風の城のような建物がある。
そこの一階が仕事などを斡旋してくれる施設で、同時に外へと移動するゲートも兼ねていた。
足早に駆けていくプレイヤーたちの目的地もその建物だ。
「たのもーう!」
建物の内部には役場のようなカウンターに受付のお姉さんたち。
それと空間が余っているからか、クエスト用紙が貼られた大きなボードが何枚か仕切りパネルのように立っている。
クエストボードはどれか一つをチェックすると全ての内容が読める仕様だった。
「お使い系を積極的にやるのは人助けか? いやなんか違くないか……もっと悪代官的なのに挑む系の人助けでしょ」
顎に手を当てクエストの内容を吟味する。RPを崩した小さな独り言が彼女の口から洩れる。
クエストボードにあったお使い系のクエストは【花の水やり】や【庭の掃除】【子供と留守番】等の内容。
そこから物語が発展していく可能性も無くはない。だがその後を期待して雑用をすることは正義なのか?
そもそもプレイ開始一時間も経っていない段階でそのような悩みを持つことが余計な考えか?
考え込むルーリーに背後から明るい口調で声がかかった。
「ねーおねーさん! ドラゴノイドの! 今ひまー?」
「ん……あたし? おっと──わしに何か?」
「ウェーイ! それRP? 気合はいってんねー」
「そういうのは指摘せんのがマナーじゃぞ。カメの娘よ」
振り返ったルーリーが見たのはド派手なショッキングピンク皮膚をしたリクガメだった。
人の胴体よりも太い首や四肢。それに支えられた大きな胴体。
アニメ調にデフォルメされた顔。雲のように柔らかそうな甲羅。
「わたしはカメ娘じゃないでーす。クラウドシェルのキュータルちゃんねー?」
「(あっそう)……うむ。で?そのきゅーたるちゃんが何の用じゃ」
「イェイ! おねーさんヒマ? わたし達と一緒に外いかなーい?」
ノリが軽いカメの女の子がルーリーを誘う。
ピコンッと電子音が鳴り、彼女の視界にパーティー招待の通知。
「わたし達とは? おぬしと誰じゃ」
招待を保留し尋ねる。
「わたしとこの子の二人だね! って居ないんですけど!?」
首を伸ばし背後を見たキュータルと名乗ったカメの少女。しかし彼女の背後にはプレイヤーはいない。
焦ったように、上下左右に首を伸ばし誰かを探すカメ。
その様子を正面から見ていたルーリーはカメのお腹の下、正確にはその影の部分で何かが動いていることに気づいた。
「なあ、おぬしの下にいるのがそうではないか?」
「うぇ!? 下??? あっ!何かいる!? こわっ!」
「……バレたか。フフフッよく気づいたな」
お腹の下を覗き込んだキュータル。
その大きな体の下から人の体が浮き上がってきた。
それは黒いラバースーツのような物を着た小柄なトカゲ系少女。
「カノっち!? なにそれアーツ!? 先に言っといてよ!」
「……騙すなら先ずは味方から。これシノビの鉄則。あとどいて」
「ん? んー」
影から完全に表れた少女がカメの下から這い出ようともがく。
いたずらっぽい笑い声を発し、カメが足を折ってその少女を押しつぶした。
「重いっ! どいてっ! キューちゃん! デブ!」
「しりませーん。あっそれで! おねーさんどう? 一緒に行ってくれる?」
「ま、まあ良いが。なぜワシなのじゃ? 他にもプレイヤーは多いぞ」
クエストボードの前に居る彼女らの周囲にはそれなりの数のプレイヤーがいた。
その中には女性、もしくはメスに見えるプレイヤーも多い。
あえてそこからルーリーを選ぶ理由は見当たらない。
「んー? フィーリングかなー? わたしらフルダイブ初めてでさー。慣れてる人いないかなーって思ってたんだ」
「んん? なぜワシが慣れてると思ったんじゃ」
「だからフィーリングだってば! カノっちは分かる系だよね」
「んーーーーー! っぷはっ! やっと抜けれた……えっ? なに?」
「だーかーらー! なんかおねーさんなら助けてくれそうな感じするよねーって」
「……確かに。オーラがある! お見通し」
(プレイ履歴を参照したRPアーツの効果? なら協力した方がメリットが? いや……ダメだな、さっきもだけどこういう打算的なことを思うってのが一番アウトなはず。もっと素直に自分はどうしたいか)
「まあ良かろう。初日に深く考えても無駄じゃろうて。付き合ってやるのじゃ」
テストプレイ初日。プレイ時間1時間。初めてのパーティープレイ。
二人とカメ一匹はレプティリアンホームから繋がる最初の狩場【赤底の沼】へと旅立った。
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