第11話 楽しみな朝に
「目覚ましより前に起きたのは久しぶりだ……」
俺はスマホの画面を見て呟いた。
あまり見たことがないベッドマークが付いている画面。
時間を確認すると7時半。目覚ましをかけたのは8時なので30分も早い。
学校に行くときは6時台に目覚ましをかけているけど、ほとんど起きられない。
今も母さんに起こしてもらう確率のが高いのに、今日はすっきりと目が覚めた。
いや……違う。楽しみではやく起きてしまった。
小学生かよ……とベッドに転がったまま思う。
何年生の時だったか覚えてないけど、500円持って浅草に行くという社会科見学みたいなのがあって、それが楽しみで夜は眠れないし、朝は6時に起きたことがある。
あの頃は自分でお金を持って出歩いたこともなくて、それに友達と買い物、しかも浅草……! はじめて行く!!
何を買おうか、食べ物に使ってもいいらしいぜ? 当時の友達と色々調べたけど、結局何に使ったのか思い出せない辺りが小学生だ。
うとうと二度寝をしていると目覚ましがなり、布団から出た。
今日は吉野さんと図書館で待ち合わせして、食事をする日だ。
今までバイト先に一緒に行ったり、バイト前に話したり、学校でも話したりしてるけど、外で待ち合わせをして朝から会うのははじめてで楽しみで仕方が無い。
約束したのが木曜日だったので、それまでに髪の毛を切りに行こうかと思ったけど、さすがにそこまで気合いを入れていると思われるのは恥ずかしい。
小学校からの習慣で、いつも駅前にある床屋にいるおばちゃんに切ってもらってるけど、もっとオシャレな美容院に……行けないな。
そもそも無限にある店の中から、どうやって選べばいいのか分からない。
バイト先の誰か知り合いに聞こうかな。
ミナミさんは……すっごい所に行ってそうだ。
店長は1000円カットに入っていくのを見たから却下。品川さんは……そうだ品川さんに今度バイト先周辺でおすすめの美容院を聞いてみよう。
良い感じの所を知ってそうだ。
上着は前に会った時に着ていた服(《》(ここはあえて)。パンツだけ新品を出して、靴も新品を箱から出した。
どっちもZOZOで目を付けてカートに入れてたけど、約束した日の帰りの電車では買ってしまった。
今月はもう何も買えない。でも楽しい。
吉野さんは朝8時に家を出て、喫茶店で図書館が開くまで勉強して、そこから移動するのだと言っていた。
休日の朝8時に家を出るって……そんなに家にいたくないのか。
俺もそこから付き合おうかと聞いたら「さすがに早すぎて付き合わせるの悪いよ」と気を遣われた。
そんな早すぎる時間に家を出ている状態が気になるけど……待ち合わせは10時半にバイト先から一駅だけ離れた所にある図書館だ。
公園は品川さんの息子、礼くんと遊んだことがあるので知っていたけど、その近くに図書館があることは知らなかった。
もう中間テストが近いし、点数落としたらすぐにバイトを辞めさせられるのは分かってる。
母さんは、とにかくバイトを辞めさせたいんだ。でも俺は何があっても辞めたくない。だから吉野さんと会うけど、勉強はガチだ。
参考書やプリントを鞄に入れて、一階へ下りた。
休日は昼まで寝ている俺が朝起きてきたので母さんは驚いてたけど、勉強にいくと言ったら安心して少し高いヨーグルトも出してくれた。
本当に勉強もするから、ぜんぜん嘘じゃない。
バイト先は電車で20分かかる。学校はこの駅で乗り換えて、さらに20分。
わりと遠いけどそんなに混んでる電車じゃないからスマホ見てたら着く。
図書館の最寄り駅で降りると公園が近くに見えた。いつも礼くんと遊んでいるときは夜で、景色をちゃんと見たことがなかったけど、新緑がきれいで良い所だな。
天気も良いし散歩とか……いやいや勉強!
俺は無駄にドキドキしてきた心臓に酸素を送るように胸を張って歩いた……けどやっぱり背中を丸めて全く乱れてない前髪を直した。
昼間会うだけなのに、緊張して落ち着かない。
図書館は公園に隣接するように立っていた。
緑の一部みたいで、こんな良い場所があったのか。外にベンチと机も多く、そこで本を読んでいる人も多い。
吉野さんにさっきLINEしたら、もう中にいるって話だったけど……入っていくと中はすごく広くて、でも木の匂いがして気持ちが良い空間だった。
本が円状に広がった状態で置いてあってフラット、少し暗い空間が広がっていた。
自習ゾーンは二階らしく、上がっていくと公園の光が入ってきて明るい。奥のほうに歩いて行くと、ピョコピョコと動く緑色のインナーカラーが入った髪の毛が見えた。あれはひょっとして。
近付くと吉野さんだった。
「吉野さん」
「辻尾くん! おはよう。席取っておいたよ」
俺を見つけた吉野さんはパアアと笑顔になって机をタンタンと両手で叩いた。
今日の吉野さんの髪型は、真っ黒で緑色のインナーカラーが入っているウイッグをかぶっていて、これもすごく可愛い。
Vネックの白いセーターははじめて会った時と同じものだけど、中に着ている見せキャミはピンクでレースがキレイだ。
それにショートパンツを穿いていて、さらりと長い足がまたすごい。ごついブーツとすごく合う。
可愛い、すごく可愛い。
吉野さんが俺に手をふったとき、周りにいた男たちが「チッ」という顔をしたのが少し気持ちが良い。
取ってくれた席は窓際だけど柱のすぐ横で、景色がいいのに文字は読みやすい……最高の席だった。
窓からは新緑が美しく見える。吉野さんは俺の顔をのぞき込んで、
「待ち合わせ早すぎた? すごく眠そう」
「いや、そんなことないよ。昨日はわりと勉強エンジンかかるの遅くてさ」
「あー、わかる。時間あるときにやる気にならないのに、寝なきゃいけない時にエンジンかかっちゃうやつ」
「それそれ」
そう笑いながら、興奮して眠れない&無駄に早起きしたなんて絶対言えないな……と思った。さすがに恥ずかしすぎる。
吉野さんは机の上に広げていた参考書を俺に見せて、
「よっし、じゃあ頑張ろっか。点数落としたらバイトやめさせられる!」
「俺も」
俺たちは雑談もそこそこに課題に取りかかった。
俺も吉野さんも成績上位のほうだけど、俺は数学が好きで、吉野さんは英語が好きだとはじめてしった。
だから吉野さんが苦手な数学を俺が教えて、俺が苦手な英語を教えてもらった。
20分も集中力が持てば良い方だけど、吉野さんが太陽の光を浴びて背筋を伸ばして、本当にピンとして勉強している姿を見ると、俺も頑張れた。
いつもより問題集の進みが早くて、吉野さんと勉強なんてドキドキして無理なんじゃないかと思ったけど、ちゃんと勉強する相手が一緒なら効率は上がるのだと知った。
まあ今までちゃんと勉強する友達がいなかったけど。
中園なんて今日は昼まで寝て、そのあと配信して寝るって言ってた。本当にあいつは……。
12時までしっかり勉強して、お互いに交換テストもして覚えたことを復習した。
俺はいつもは覚えられない英文がかなり入ってるのを確認して震えた。
「……吉野さんと勉強したほうが頭に入る」
俺がそういうと吉野さんはシャーペンをギュッと握って身体を前に出して、
「私もっ。辻尾くんが数学得意で助かった。私塾行ってないから、分からないところ困ってたの」
「俺で良かったらいつでも。こんなに集中できると思わなかった。あの良かったら来週も……」
ここまで言って毎週会いたいみたいなこと言って大丈夫か?! と慌てたが、吉野さんは机に上に頬杖をついて、
「私も毎週一緒に勉強したいっ! 実はいつもこの図書館でひとりで勉強してたの。……でもね、えっと、わりと無理に相席してくる人が多くて。でも混んでる図書館だから仕方がないだけど」
「俺が来るよ、絶対くる、いつも来る。そんな、だって……」
めちゃくちゃ可愛い女の子が二人がけの席でひとりで勉強してたらワンチャン狙って来る男なんてたくさんいるだろう。
吉野さんはパアアと笑顔になって、俺の人差し指にツンと触れた。
「……ご飯食べに行こうか。少し歩いたところにマックあるよ」
触れられた指先にすべての神経が集まっているのが分かる。
ドキドキして掌がじんわりと汗をかいたのが分かった。なんとか息を整えて、
「公園、すごくキレイだったから、スマホで買って外で食べない? 天気もいいし」
「いいね! よーし、じゃあ何にする?」
吉野さんが椅子を動かして俺のほうに近づいてきて、腕にぎゅっとしがみついてスマホを開いた。
俺の左腕にぴたりとくっ付いている吉野さん……くううう……柔らかい、可愛い、良い匂い、そして俺にしがみついてきているからつむじが見えて……可愛い。
そしてアプリを指でツイツイと動かして俺のほうを見た。
「じゃあこのセットとー。あっ、ポテト大盛りにしてわけっこしない?」
「……なんでもいいですハイ」
「帰り道にコンビニでお菓子も買いたいっ! ここで勉強にして正解だったね、ギリギリまで一緒にいてバイトにいけるもん。うれしい」
「……ハイ」
俺は俺のうでにくっ付いている吉野さんが可愛くて嬉しくて、仕方がない。
吉野さんは俺の視線にきがついて、少しだけ距離を開けて、
「えへへ、甘えすぎかな。……今までね、男の子……というか、女の子も、両親も、友達も全部含めてなんだけど……私の話をちゃんと聞いてくれる人と一緒に勉強したり、お話したりしてなかったの。もうただしっかりすることだけ考えてきたんだけど、辻尾くんはこんな服装で好きにしてる私も、学校で真面目してる私も知ってて一緒にいてくれるから、すごく嬉しいの。どんな私でも大丈夫かなって、好きに動いていいのかなって、少しだけ思える」
「全然甘えすぎじゃない、全然いいよ、どんな吉野さんも、全部見たい」
「!! ……なんだかエッチだな」
「いやいやいやいや、そうじゃなくて。もちろんそうじゃなくて!!」
「分かってるよお。いこっか」
吉野さんは口を大きく開いて笑って立ち上がった。
俺はどんな吉野さんも好きだけど、吉野さんはまだ本当の自分を出していくことに戸惑いがあるみたいだ。
それほど優等生生活をしてきてるんだろう。俺なんかが一緒にいて、それで嬉しいと思ってもらえるなら。
俺は吉野さんの後ろを追って図書館を出た。
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