第9話 謎が解けた

「陽都、おはようー! もう四つ入ってるからよろしくね」

「了解です」


 俺は店長に挨拶して控え室に入った。

 鏡を見ると口元がニヤニヤしていて、自分の顔を見て笑ってしまう。

 さっきまで学校で吉野さんと一緒に準備をしていた。吉野さんは廊下を走らない。

 丁寧にまっすぐに背中を伸ばして、会った先生に身体を折り曲げて挨拶するんだ。

 その時にたれる髪の毛の正しさとか、それが夕日にすける美しさとか、俺を見てふにゃりとした口元とか、さっきからずっと思い出している。

 でも……また変な奴に追われたと聞いて、正直心配している。

 一緒に帰る約束したから、タイミングが合う時は駅まで送りたいな……と思う。

 着替えて控え室のモニターを見ると、メールがきていた。


「店長ー。ダウンロードだけかけていいですかー?」

「おっけー!」


 了解を取り、ファイルのダウンロードだけかけることにした。

 俺は配達の隙間、時間があるとはこの周辺の風俗店のWEBサイトを更新したり、作ったりしている。

 元々PCに詳しかったわけではなく、父さんが趣味の登山で撮ってきた写真とかプリントするだけで、それほど使い込んでなかった。

 でも写真の加工とかは楽しいと思っていたので、ばあちゃんがくれた一生分のお年玉でPC一式と画像加工ソフトを購入した。

 そしてバイト先のメニューや、WEBサイトを作りはじめて、そこから仕事が増えていった。

 大々的に仕事して引き受けているワケじゃなくて、口コミ程度……ばあちゃんに頼まれたり、店長に頼まれたりして作業している。

 キャバクラの紹介動画とか、入ってきた女の子の写真追加とか、細々したことが多いんだけど、この作業全然嫌いじゃない。

 独学だけど色々勉強してWEBサイトや動画を作るのは楽しいし、自分が作った動画の再生数を確認してしまうほどには好きだ。

 さっきみたらずっと作業しているキャバクラから追加写真が来ていた。

 そんなに高い店じゃないので店長が雑に撮った写真を、俺が加工している。

 作業自体は地味だけど、女の子をきれいに変身させるのが楽しい。

 そう……俺はきれいに変身した女の子を見るのがきっと好きなんだ。お化粧する姿も、着飾ると別の人になる所も。

 ダウンロードかけて、控え室から出てパーカーを羽織る。


「これですか? 行ってきます」

「よろしくぅー」


 店長に見送られて俺は箱を持って裏口から出た。

 昔から地理が好きで、アプリのマップをよく見ていて、今まで道に迷ったことはないし、一度通った道は一度で覚える。

 唐揚げとポテトがたくさん入った箱を持って、俺はビルの踊り場をショートカットして表通りに出た。

 地下の店も多いんだけど、入り口は単純に表にない。隣のビルに入り口があって中で繋がっていたり、地下階段から二階に行けたりする。

 そもそもビルが四つくらいくっ付いていて、壁が無いことも多い。そんな時は違うビルの階段から、隣のビルにジャンプしたほうが早かったりする。

 どんどん魔改造されていくこの町がダンジョンみたいで、俺は嫌いじゃない。




「では失礼します」

「陽都、おつかれー!」

 

 配達を終えて箱を持った。

 ふと気がつくと、ここは吉野さんがバイトしている店の近くだと気がついた。


 ……帰り道だし? ついでだし? 少しだけ覗こうかな。


 俺は空箱を持ってビルの裏に入った。ここは完全にビルの裏側で道じゃないけど人は通れる。

 というか、裏側にしか店員がいない店が結構あるんだ。

 表から入りにくい特殊な風俗店とか、入っているところを写真に収められたくないラブホとか、秘密の裏口がある店は多い。

 表は華やかに見えてるカフェも、裏通りはドアが全開にしてあって、中が見えたりするもんだ。

 そしてその裏口は休憩所になってることが多いから……とカフェの裏に入ると、若い女の子たちがたばこを吸っているのがみえた。

 なるほど、女子高校生が吸ってるのか、年齢を偽ってるのか分からないけど、この街で年齢は服装の一部なのでスルー。

 吉野さんが見えないかな……とゆっくり歩いて、背を伸ばしてみたが、見えない。

 しかしカフェの制服のスカートはえげつないほど短い。もうお尻の上しか隠れないレベル。腰から生えているヒダだ。

 みんな見せパンを穿いてるけど、それも白いので、エッチすぎて直視できない。

 だから俺は吉野さんの店に正面きって、絶対に行けない。

 この服装でバイトしていると知っていて見に来るのは……さすがにちょっと出来ない。

 でもやっぱり見たい。

 だからここから見ている卑怯者。

 どこにいるんだろ……と思いながら、裏のビルの非常階段を上った。二階もカフェだった気がする。

 すると突然後ろから肩を叩かれた。


「おう陽都。配達か?」

「あ、おつかれさまです。そうです、この上の階に配達です」


 当然嘘だが。肩を叩いてきたのは、俺が登っていた非常階段の上にあるデートクラブのオーナーだった。

 何度か事務所に店長特製のカレーを届けたことがあるので、この嘘で問題なかったはずだ。

 俺はオーナーが非常階段を下りていくのをなんとなく見送りながら、用事もないけど誤魔化すために更に階段をあがった。

 するとデートクラブのオーナーが吉野さんが働いているカフェに挨拶しながら入っていった。

 従業員たちが「おつかれさんです!!」「こんばんはッス!!」「こちらへどうぞ」と頭を下げている。

 ……ん?

 あの挨拶方法は店の偉い人に対する挨拶だ。

 デートクラブのオーナーと喫茶店のオーナーって同じ人なのか。

 いや、そんなこと……あるかも知れないな。

 俺はピンときて、のぼっていた非常階段を駆け下りて急いで店に戻った。

 直感が叫んでいる。

 よく聞く話だ。

 というか、オーナーが同じ店ならやりかねない。むしろ常套手段と言える。

 そしてすぐにPCを立ち上げてデートクラブのサイトを確認すると、


「……やっぱりだーー」


 俺は椅子にひっくり返った。そこには吉野さんの写真がそのまま掲載されていた。

 ベージュのふわふわヘアーにゴールドのアイシャドー。これはまさに、絡まれていた時の吉野さんだ。

 他にも何十枚も『在籍者』の写真がアップされてるけど、これは女子高校生カフェで働いてる子の写真を、デートクラブに無断転載してるんだ。

 居ない子の写真を、客寄せに使う……空籍(サクラ)ってやつだ。

 この写真を見たデートクラブの客が、吉野さんを詐欺だって叫んでたんだ。

 たぶんこの店で吉野さんの写真を見て指名すると、吉野さんと同じベージュの髪型をした別人が出てくるんだ。

 その子がぼったくりに連れて行っている。



 俺はバイトを終えて吉野さんのカフェに向かった。

 店の外……少し離れたコンビニ前に吉野さんが立っていた。

 今日はピンク色でミディアムヘアのウイッグをかぶり、真っ黒のワンピースを着ていて、ハイヒールを履いている。

 すごく可愛いけど、その前に。

 俺は挨拶もそこそこにすぐにスマホを取り出した。


「吉野さん。これ、吉野さんだよね」

「え? なになに? え、うん。これどこに載ってる写真? そうだよ、私」

「これさ、デートクラブのサイトなんだ。オーナーが同じ人で面接の時の写真をそのまま転用してるみたいだ」

「えっ?!?! なにそれ、えっ?!」


 吉野さんは俺のスマホを持って、写真を拡大して見ている。

 俺は続ける。


「たぶんデートクラブでもなくて、ぼったくりに連れて行ってる。だから吉野さんが絡まられたんだよ」

「えーーっ?!」

「他の子もカフェの子?」

「そう、この子も、この子もそうだよ」

「連絡取れる? 店に一回戻ったほうがいい」

「えーーっ、ちょっとまってね、やだ、そういうことだったの?!」


 吉野さんは慌てて電話をかけて、何人かに声をかけた。そして急いで店に戻った。

 店まで徒歩数分、みんなまだ帰る途中だったのか、話の内容を聞いてすぐに女の子たちが閉店処理をしている店に戻ってきた。

 そしてスマホの画面を見て口々に叫ぶ。


「ちょっと! 私の写真こんなところで使わないでよ!!」

「デートクラブって何?!」

「聞いてないんだけど!!」


 店の中で叫んでいると奥からオーナーが出てきた。

 でも全く悪びれない顔で、


「いやいや、そっくりさんなだけだよ。ほら、ミホちゃんの顔のホクロがないでしょ?」

「そんなの加工で取っただけじゃん。こんなの私だってすぐに分かるからやめて! ていうか親バレするから写真アップしないでって言ってたのに」

「そんなこと契約書に書いてなかったよ。ちゃんと読んだかな?」

「ちょっとマジでムカつくんだけど!!」

「だったら辞めてもらっても構わないよ?」

「どういうこと?!」


 女の子たちがみんな叫んでいるが、オーナーは話を全く聞かない。むしろ立場を逆手にとって上から目線だ。

 正直これは想定内だ。女の子たちがキャンキャン言っても百戦錬磨のオーナーは動じない。

 俺は店の外でそれを見守った。

 数分後……オーナーのスマホが鳴り、それに出たオーナーの顔色が変わった。

 そしてバツが悪そうに頭をかいて、電話を切った。


「分かった分かった、ちょっと手違いがあったみたいだなあ~~。おい!」

 

 オーナーが指示を入れると、数分後に女の子の写真が削除された。

 女の子たちはそれを何度も確認して、店長の背中をバシバシと殴った。

 実はここの店のオーナーは、俺がバイトしてる店の店長の知り合いなのだ。

 昔バカをやったときに店長が助けてて、一生頭が上がらないと知っていた。

 だからさっきバイト先で「俺が出たらデートクラブのオーナーに電話してほしい。知り合いが勝手に写真使われて困ってるんです」と店長にお願いしておいたのだ。

 たぶん女の子たちがいる目の前で、同時に叩かないと逃げ切られる……そう思った。

 結局オーナーはその場で掲載料として一万円を高校生たちに払った。




「すごいすごい、辻尾くん、すごい! 本当に助かった、知らなかったよーー、危なかったーー」

「これで帰り道に絡まれないと思う。良かった」

 

 解決して良かった。

 同じような服装の子は多いし、一回偶然絡まれるならよくある話だけど、何度も絡まれるのはさすがに違うだろう……と思ってた。

 吉野さんはむううと口を膨らませて、

 

「写真が掲載されてるなんて知らなかったよー。だからあんな風に言われてたのかあー!! もおおおお」


 と怒りながら、俺の横でぴょんぴょん跳ねて怒った。

 その笑顔がすごく可愛くて、もっと一緒にいたい、話したいと思うけど、もう22時すぎている。

 女の子たちもオーナーも、うちの店長もいるこのタイミングしかないと思って動いたけど、時間がかかりすぎた。

 明日も普通に学校だし、ヤバすぎる。

 母さんからも鬼のように電話がかかってきてて、LINEで簡単に事情説明したけどさっきからガチ切れしてて通知がエグい。

 とにかく早く帰ろう。


「ありがとう、助かりました!」


 振り向くとカフェで働いてる女の子が俺の背中をトンと叩いて歩いて行った。そして吉野さんに手を振る。

「お兄さん、ありがとね、助かったよーー! 気がつくなんてすごい!」

 そう言ってもう片方の肩も女の子が触れていった。

 すごいすごいと囲まれて照れてしまうけど、これは完全に経験値の話だと思う。

 デートクラブのオーナーがカフェに入っていくのを見なかったら永遠に分からなかった。

 この辺りは新規出店が難しいので、ひとりのオーナーが別の店長を雇って店をやってることが多い。

 新参者が簡単に店を出せる地域じゃないんだ。


「なんで? なんで気がついたの? すごいね、辻尾くん!」


 さっきから吉野さんはすごいと褒めてくれてるけど、なんでそれに気がついたかと言うとミニスカで仕事してる姿をのぞき見したかったからで……それは絶対に言えない。

 嵐がさって一息つくと、横に吉野さんが立っていた。

 俺の服の袖をツンと引っ張って目を細めて、


「えへへ。追加でお金もらっちゃった、一万円」

「いやいや、迷惑料として安すぎるだろう。あのままだったらもっと絡まれてた可能性が高いよ。勝手に写真使われて、二回も追いかけられてさ」

「こんな目にあってなんだけど、この店、時給1800円で本当に高いから、続けたいの。これで充分。帰ろう! 駅までだけどたくさん話したい!」


 そう言って吉野さんは軽くスキップしてくるりと回転して俺の前に着地した。

 ピンクのミディアムヘアがふわりと広がって細い首が見えた。

 ……あの店でバイト続けるんだ。他のもう少しまともな店に……うちとか……と思ったけど、うちの時給は1100円で1800円も絶対出せないから誘えない。

 それに俺がしてるのは地獄の体力勝負で、食事はすべて調理師免許を持ってる店長と品川さんが作っている。

 店長にどこか店を紹介してもらえないかな、そこまで俺がするのは出過ぎてる?

 でも俺は吉野さんの「秘密の親友」だし? この街は俺のほうが詳しい。店長にそれとなく聞いてみようと思った。

 楽しそうに少しスキップした状態で目の前を歩く吉野さんを見ながら思う。


 吉野さんは俺に「秘密の親友」になってほしいと言った。

 でもきっと俺は、吉野さんを女の子として好きだと思う。

 すごくすごく、吉野さんを可愛いと思っている。

 でも吉野さんは、彼氏なんて求めてない。

 もっと根っこの……安らぎみたいな……安心して素の自分で話せる人……素直に甘えられる人を求めているように見える。

 俺は吉野さんに何かあったとき役に立ちたい、助けたいし、困った時に、隣にいたい。

 そんな人になりたいし、世界はそれを親友って言うのかもしれない。

 だったら俺はそうなりたい。

 ほんの10分。でも俺にとってはなにより大切な10分を味わうために吉野さんと歩き始めた。

 

 

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