第3話 吉野さんとカフェで会う

「おはようございます」

「あら陽都くん、今日は早いのね」

「バイト前に近くの店で人と会うので」


 学校が終わり次第、鬼のような速度で家に帰り服を掴んでバイト先に駆けつけた。

 基本的に俺は平日の18時から21時までバイトしている。本当は22時までやりたいけど、家に着くのが23時になると勉強がかなりきつい。

 バイトしながら軽く食べて、家に帰ったら母さんが作ってくれた夕飯を部屋に持ち込んで食べながら勉強してる。

 成績が落ちるとバイトをやめさせられるのは目に見えているから、落とせない。 

 うちの私立は指定校推薦があり、その枠は結構良い。

 だから俺はそれを狙うつもりなんだけど……正直大学行ってまで学びたいことがない。

 父さんは「社会人になるまでの猶予期間だ。好きにバイトしたりすればいいだろ。時間をかけることで見つかる道もある」って言ってくれて、ああその考え方ならありだと思った。

 大学生になったら21時といわず遅くまでここで働ける。

 将来なんてなにひとつ分からないけど、たったひとつ分かってるのは「良い大学出ても幸せ直結ではない」事だけだ。


「うし。こんな感じでいいだろ」


 制服をハンガーにかけて、控え室にある鏡で全身をチェックする。

 いつもはここに置きっぱなしの黒のパーカーに黒いパンツだ。家で着古した服を適当に着ている。

 制服がないのでセルフ制服なんだけど、店内はずっと揚げ物をしてるので、服がものすごく油臭くなる。

 そんな服で吉野さんに会いたくない。だって昨日の吉野さんはすごく可愛かったから。

 でも昨日の服をもう見られてるから、ここで頑張りすぎるのも変か?

 いや、昨日はバタバタしてて服装までちゃんと見られてないはず。俺は吉野さんの服装を上から下までがっつり見たけど。

 白Vネックとミニスカ可愛すぎた。Vネックの隙間から見えてたキャミが黒なのがまた良かった。長い足がスラリと、もう最高だった。

 少し高めのシャツにカーディガンを羽織った自分を見て、やっぱカーディガンはないのでは? といつものパーカーを羽織ったが、臭い。

 やっぱこれじゃない。今日はカーディガンで行く。穴だらけのGパンじゃなくて普通のスラックス。バイト前に着替えよっと。

 その服装で控え室から出ると、パートの品川さんが目を細めた。


「あら。陽都くんカッコイイじゃない。頭良さそうに見えるわよ」

「頭良くないです、何個かどーしても解けなくて困ってるんです。週末バイト前に勉強見てもらっていいですか?」

「いいわよ。数学?」

「そうです、引っかかってそこから動けなくて」

「じゃあ土曜日の交代前で良い?」

「よろしくお願いします」


 俺が頭を下げると品川さんは唐揚げを並べながら、


れいと遊んでくれるの助かるし、全然いいのよ」

「礼くん、足めちゃくちゃ速いですね。もう勝てないです」

「バスケが好きみたいなのよねー」


 品川さんはこの店で長くパートとして働いている人だ。

 昔有名塾で講師として働いてたんだけど、生徒の子どもを妊娠。

 妊娠させた生徒の親と塾は、品川さんだけを責めて、そのまま無かったことにして追放した。

 そして品川さんは保育所があるうちのキャバクラに入店してきた。

 でも勉強ができることを知ったばあちゃんが自分が持ってる塾に講師として採用。

 品川さんはそれから塾講師&ここでパートとして働いていて、俺はたまに息子の礼くんと公園でバスケをしている。

 前は俺のが上手くて足も速かったけど、この前1ON1したら普通に負けた。小6に負ける俺、大丈夫か?

 俺は塾も通ってたけど、正直品川さんのほうが教えるのがうまい。

 ただ答えに導くだけじゃない、次も必ず解けるように指導してくれるんだ。

 こんなに頭がいい&有名大学出てるのに、ひとりで子育てするのは経済的に大変だと思う。

 妊娠させた男はほんとクソだと思うが品川さんは「私が好きで産んだの」という。

 勉強って何だろ……と言いたいけど、クソ男に引っかかっても勉強してたから、こうやって講師の仕事もできるわけで。

 勉強って何でしてるのか全然分からなかったけど、なんか人生の靴みたいなものなんだなーって思ったから学校に戻ったんだ。

 だから品川さんみたいな人を俺はすごく尊敬してるし、信用してる。

 俺は背筋を伸ばした。


「……変じゃないですかね。こう、頑張りすぎてもないですかね?」

「ちょっと~~。綾子あやこさんには絶対秘密にするから教えて? デート?」

「ぜったいばーちゃんに言いますよね?! 違います、全然そうじゃないんですけど、とにかく……めっちゃ可愛い子とお茶飲んできます」

「やだーー。妊娠させないでね?」

「……品川さんがいうと重みハンパないッス」

「ゴム持った?」

「お茶です!!!!」

「かっこいいわよ、大丈夫。自信持って」

「……はい」

 

 俺は品川さんに手を振って店を出た。

 この店は地下鉄の駅から徒歩5分程度、JRの駅からは地味に遠くて10分くらいかかる。

 JRは駅自体が大きいから無駄に時間がかかるので、俺は地下鉄から歩いてきている。

 夕方のこの時間帯は仕事を終えたサラリーマンたちが飲み屋に消えていく。

 居酒屋に呼び込む声、そばの出汁の匂い、俺はこの繁華街が好きだ。

 うちの店から少し離れた所にある、小綺麗な喫茶店で吉野さんと待ち合わせにした。

 正直ここら辺で三年バイトしてると顔見知りの店が多くて、女の子と会っててネタにされない店を探すのも苦労した。

 品川さんや昨日あったミナミさんのように、みんな俺をイジって遊ぶんだ。やめて欲しい……けど……色々相談には乗ってほしい。

 自信がないが、スタート時点でかっこつけたから、このまま大人っぽい町で働くキャラで行きたいんだ!!

 一階の店の窓ガラスで髪の毛と服装を確認して店に入ると、窓側の席にもう吉野さんが座っていた。

 今日は髪型は昨日とまた違う……黒髪ロングは背中まである……それにピンクのハイネックセーターにスリットが入ったロングスカートに黒くてごついブーツ。

 んーーー、可愛い。昨日のVネック&ミニも良かったけど、スリットもすごくいい、ものすごくいい。


「……待たせた?」


 俺がそう言って近づくと、長い黒髪をくるりと回してパアアと笑顔を見せて、


「辻尾くん! 私が早く来ちゃったの。だからここで待ってたの。今日も私が一目で分かった?」


 と目を細めた。その目の上は学校とは違いキラキラとしたアイシャドーがのせてあり、口紅は控えめなピンク色だ。

 ……可愛い。俺はドキドキしたが冷静な表情で答える。こんなことでキョドると思われたくない、知識だけはある。


「ああ。俺女の人の変身よく見てるから、わりと分かる。今日は黒髪ロング……ウイッグなんだ」

「そう! 見て見て! こうね、上の部分は自分の毛なんだよ。その下にぐるーーっと回すみたいに紐があって、それで地肌にくっつけてるの」

「トップの部分が地毛だから自然に見えるんだな、なるほど」

「やっぱり辻尾くん、大人っぽい所で働いてるだけあって、冷静だし何でも知ってるんだね」


 ……冷静キャラ、どうやら成功してるみたいだ。

 俺は椅子に座って店員さんに手を上げた。


「とりあえずゆっくり話そうか。あ、すいません。コーヒーください」


 実の所コーヒーは苦手だが、大人っぽい俺ゆえ、とりあえず飲む。

 ギリ飲めるけど、美味しいとは思わない、すっぺーもん。

 俺は注文して吉野さんの横に座った。

 吉野さんはコーラを注文していたようで、それを引き寄せてクイと飲み、


「私がバイトしてるの、あのカフェなの。店員が全員現役JKが売りなんだけど、あんな短いスカートのJK今時いないよね。あ、見せパン穿いてるから気にしてないんだけどね」

 

 そう言って吉野さんが指さしたのは、大通りに面しているカフェだった。

 たしかにあの店は可愛い子が超ミニスカでコーヒー持って来てくれることで有名だ。

 吉野さんはカラカラと氷を回して、


「一年くらい前に高校生専門の派遣会社登録して色々してきててね、ここには一週間くらい前にきたばかり。時給が良いところメインで選んでるから制服がきわどい所が多くてね。知り合いに絶対バレたくないから始めたガチ変装なんだけど楽しくてハマちゃって。ウイッグ20個くらいあるの。見て!」


 そう言ってスマホロックを解除して写真を見せてくれた。

 そこには色んな色のウイッグ……ピンクからベージュ、長さもロングからショートまでたくさんあった。

 それを着用して自撮りしている笑顔は、どれも学校と全然違う濃いメイクだ。


「一年の時に町でジュース配る仕事してたの。その時うちの学校の子たちが通りかかったんだけど、全然気がつかなかったよ。だから辻尾くんすごいね」

「昨日会った……えっと、ほら、女の人、ミナミさん」

「おっぱいさん!」


 おっぱいさんと吉野さんが言ったので、横の席に座っていた……たぶん同伴のカップルがこっちをチラリと見た。

 それに気がついて吉野さんは俺の方に椅子ごとズルルと寄ってきて、


「(……大きな声で言っちゃった。だってすごかったんだもん)」

「……まあ、うん、ミナミさんは巨乳カフェにいるからな」

「巨乳カフェ?!っ……あわわ」


 また大声になってしまったことを気にしたのか、吉野さんは手で口を押さえて、俺にもっと近づいてきた。

 そのたびにふわりと甘い香りがして、左腕はもう完全に吉野さんに密着している。

 ……Dカップかな……俺は乳首が透けたおっぱいをよく見ている紳士だから分かる……。

 意識を遠ざけることで俺はなんとか冷静な表情を保ち、クソ苦いコーヒーをブラックで飲んだ。

 スマホをチラリと確認するとまだ時間はある。

 もっともっと話したい、吉野さんに俺は少しだけ近づいた。



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