第452話 復活の女帝

【宇宙空間 スターリンク衛星内コンピュータワールド】


強烈な打撃が、星空を揺るがした。

コンピュータワールド内の戦闘はもはや大災害と言える水準に達しようとしている。何万トンの質量が十を超える数で勝手に動き回り、ぶつかり合い、宙を舞っていたからである。圧倒的多勢を相手に、三つ首の竜とそれを操る真理はまだやられてはいなかった。

跳躍する。データの河の流れに乗る。次の衛星に流れて行く激流に身を任せる。まるで天の河に押し流されるように。追いかけてくる敵勢が肉薄する。そいつらをいなす。まともに相手をすれば圧し潰されていただろう。数が違い過ぎた。逃げ続けることはできない。いずれ限界が来る。

円卓は、神戸コミュニティを完膚なきまでに潰す気なのだ。

真理はアサルトライフルを撃ちまくる。竜を操る。敵の怪獣を吹っ飛ばす。一秒でも生きながらえるために。決死の抵抗は超絶的な破壊力を発揮し、物質世界のビル街であれば丸ごと更地になるほどの被害をコンピュータワールドに出してなお止まらない。ここで死ぬわけにはいかない。危機を知らせねばならない。自分が死んだら母は悲しむだろう。自分の内に居候している法子も死んでしまう。もどかしい。かつての力があれば、こいつらをやっつけるなど造作もないのに。

真理の内に眠るもう一人の自分は、目を覚ます様子はない。学校の時は力を貸してくれたというのに。

―――なになに?泣き言?

自分の内側から、もう一人の真理の声が。

「あ―――あんた、起きてたの!?」

―――時々はね。面白かったよ?あなたが右往左往してるところ

「あんたねえ!?」

会話に夢中になったせいか防御がおろそかになった。巨大な植物型怪獣の伸ばす蔦が、竜に絡みつく。動きが封じられたところへブリキのロボットが殴り掛かる。強烈なパンチが竜の頭を。ショックで投げ出される真理。咄嗟にエフェクトを出して落下の衝撃を和らげる。天の河へと着地すると、鳥人型怪獣が跳躍しているのが見えた。まずい。


―――KUUUUEEEEEEEEEEE!!


咄嗟に何百メートルも跳躍し、間一髪で躱す。竜は敵に絡め取られて動けない。まずい。他の怪獣もこちらを追いかけ始めた。怪獣なしで奴らから逃れるのは難しい。怪獣の歩幅は広い。このままでは追いつかれる!!

どうすれば!?

そう思った矢先、敵の一体が口から火焔を吐いた。前方のに命中したそれは派手に爆発を起こすと、衝撃波が真理をも打ち据える。

何とか起き上がった時、もはや逃げ場がないことを知った。恐竜型の怪獣が100メートルの巨体で、足を振り上げていたから。

「あ―――」

死ぬ。何をするにも間に合わない。法子も巻き込んでしまう。

―――助けてあげよっか?あたしに全部、差し出してくれるならだけど。体も。魂も。お母さんの愛情も。友達や、学校や、生活、これからの未来も全部ちょうだい

が、とんでもないことを言ってきた。とんでもなかったが、他に選択肢はない。

だから真理は、頷いた。

「いいよ。その代わり大事にして」

―――なんだ。つまんないの。嫌がるかと思ったのに。ま、いっか。行くよ。

真理の内側から、途方もなく巨大な力が膨れ上がった。


  ◇


―――勝った!!

円卓に属する電子妖怪のひとりは内心で歓声を上げた。標的の女妖怪は遥か下方、自らの怪獣の足の下敷きとなったからである。十四人がかりだというのにえらい苦労したが、これで大手柄だ。安心して人間どもに災厄を振りまける!

そう思った矢先だった。足元が震えたのは。

「?」

コンピュータワールドには地震はない。データが流れて行く天の川は浅瀬のようなもので、これも揺れの原因にはならない。ならばこれは一体?

を見た彼は、ポカン。とした。目をこする。見間違いではない。なんだ。これは一体なんだ!?

川の水がつつあった。無数のポリゴンが組み合わさり、組成が変化し、組織化し、そして一つの構造体が完成していく―――

そうして伸びた細腕は、何十メートルという長さがあった。

「あっ―――」

。何万トンという質量が。

押しのけられて行く電子怪獣の頭上で彼は、呆然と起きることを見るしかできなかった。

両腕が二の腕まで露わとなった。仮面に覆われた頭が出現する。膨らみのある胸部。くびれた腹部。腰に至るまでがプロテクターで守られ、そしてブーツを履いた足が出来上がる。そのすべてが宇宙を流れる天の川のキューブから構成されているのだ。

そうやって出現したのは、巨人であった。身長100メートル近い、全身にプログラムコードが浮かんだ人型の影。仮面とプロテクターで身を守ったそいつは、虚空へ手を伸ばすとそこにも無数キューブが集まって来る。

そうやって完成したマントを羽織ったは、

ほんの一瞬でトップスピードに達したパンチは音速を越え、電子怪獣の中心へと直撃する。

それでおしまいだった。怪獣の内側に浸透した衝撃波は、その主人たる電子妖怪にまで伝搬したから。

何が起きたか理解する暇さえなく、電子妖怪は粉々に吹き飛んだ。


  ◇


突如屹立したマントの巨人に、円卓の電子妖怪たちは気圧された。なんだこいつは。電子怪獣か?それにしては様子がおかしい。そもそもこいつを操っている電子妖怪はどこへ!?

彼らの混乱は、背後でさらに加速されることとなった。


―――GGGGGUUUUUWWWWWOOOOOOOOOOOONN!?


凄まじい絶叫に、妖怪たちが振り返り、そして絶句した。なぜならば彼らの仲間はからである。突如として巨大化していく、三つ首の鋼の竜によって。

引き千切られた怪獣の破片が飛んでくる。一つ一つがバスほどもあるそれを喰らえば無事では済まない。電子妖怪たちは自分の怪獣を操り、辛うじて身を守る。もちろんやられた怪獣の主人は生きてはいまい。

そうする間にも、キューブの水面が竜に。それに比例して竜が巨大になっていく。まるで水を注入された水風船のように。たちまちのうちに首一つの長さが六百メートルという、山地と言っていい水準となったのだ。

それで終わらない。首の成長は終わっても水はどんどん吸い込まれていき、今度は新たな首が伸び始めたから。

そして、首の総数が九本になったところで成長はようやく止まったのである。

「あ……ああ……!?」

その圧倒的な威容に、電子妖怪たちは気圧された。こんな巨大な電子怪獣を倒すことなどできるはずがない。自分たちの怪獣はせいせい80メートルから、100メートル程度に過ぎない。怪獣の実力は質量で決まる。600メートルもある怪獣に勝てる道理はなかった。例え十人がかりであろうともだ。

『あらあら。その程度の覚悟であたしに挑んだのかしら?』

振り返ると、元の位置にまだマントの女巨人は立っていた。神戸の電子妖怪が変じたそいつが。

その手が、マントを掴む。それはたちまちのうちにしなり、そして細長い槍と化す。

『来ないならこちらから行くけれど』

全てが動き出した。

電子妖怪たちがいっせいに女巨人へと突進する。サイズが同じこちらならば容易に殺せると思ったのだろうがそれは誤解だ。女巨人の槍の切っ先はあっさりと音速の五倍を突破すると、まず頭にナタが生えた怪獣を唐竹割とする。二匹目の植物怪獣が両断され、三体目と四体目が一度に串刺しとなった。槍が振り回され、そいつらが飛んでくるのをまともに喰らった五体目は後ろから伸びてきた竜の頸に食い殺される。実力があまりに違い過ぎた。もはやこれは戦闘ではなく、屠殺だったのである。

怪獣を失い逃げようとした電子妖怪が女巨人に踏みつぶされる。怪獣ごと竜に食われる者も。二体が左右別々へ逃げようとするのを見て、女巨人は槍を逆手に構えた。九つ首となった竜がもう一体を狙う。槍が投じられ、竜が首を伸ばした。

いともたやすく粉砕される二体。

もはや逃げられぬことを悟った残敵が後ずさる。

そいつらが皆殺しとなるまで、あっという間だった。


  ◇


『……体も。魂も。人生も全部渡す。っていうことは、相手の魂を全部引き受ける。ってことでもあるのよ。

は、空を見上げた。今いる人工衛星が存在する、宇宙空間の光景を。美しい。闇の女帝の完全復活に相応しい光景だ。

ここまで回復するのに半年以上かかった。シグマ=トリニティによって二つに分かたれた女帝が完全な体になるまで、それだけの時間が必要だったのだ。後はきっかけがあればよかった。真理がの要求を呑んだ。すなわち拒絶することなく自分自身の分身を受け入れたことで、ようやく闇の女帝は再生したのである。

真理としての記憶も心も残っている。自分自身なのだから消えてなくなるわけはない。しかしより巨大な存在にはなった。

『さて―――これからどうしましょうか』

直前にあったことを思い出す。ビルが襲われている。今の女帝の力でも助けることはできない。電子ネットワークが、神戸は壊滅してしまったから。

やはり竜太郎のところへ行くべきだろう。そう思ったところで。

「……あれ?網野?」

声が聞こえた。自分の中にいるもう一人。法子の声だ。

『部長?……いえ、先輩?』

そうだ。通信制高校に移ったからもう法子は部長ではないのだった。つい部長と呼びそうになったのは真理としての癖だろう。

『どうしたの?そっちは?』

「あー。私はやられた。けどみんな脱出できた……とは思う。オーナーはビルに残ったけど……まだ日が沈んでないから」

『そう』

「こっちはどーなったん?」

『敵をぶっ飛ばしたとこ。このあたしがね』

「へ?また女帝起きたん?」

『まあね。完全復活よ』

ようやく法子も理解したらしい。今話している相手が真理であって真理ではないということに。

「それはよかったんかなあ。じゃあ元の網野にはもう戻らないの?」

『元も何も、これが本来の私だけど。そもそもあたしだって網野真理だし。話し方くらいは前みたいにしてみましょうか?』

「できんの?」

『同一人物なんだから可能に決まってるでしょう。いいですか、先輩』

困惑する法子を内心でくすっと笑う。まあいい。網野真理はこれからも網野真理闇の女帝なのだ。

『じゃあ、行きましょ』「うん」

たちは、地上へ降下していった。

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