第110話 駅と公衆電話
【大阪府大阪市北区 梅田】
がたん。と荷台が揺れた衝撃で、ノドカは目を覚ました。どこかに乗り上げたらしい。幌をめくって外をそっと伺うと、ひとが物凄い数行き交い、幾つもの高層建築がそびえ立っている。大都会に来たようだ。
雛子を起こそうと手を伸ばしてすり抜ける。しまった。うっかり手を放していた。
仕方がないので話しかけると、幸いなことに雛子は元通りの位置にいた。
「ぅぅ……ん。止まった?」
「はい。三宮より都会っぽいです」
「乗った時の向きからして、大阪かな」
周囲を伺う。トラックは歩道を抜けて大きなビルの搬入口に入ろうとしていた。タイミングを見計らい飛び降りる二人。
「公衆電話を探しましょ。たぶん駅かどこかにあるはず」
「はい」
透明なまま、歩道に繰り出すふたり。
彼女らの通り過ぎた交差点の案内板には、梅田と記されていた。
◇
【兵庫県神戸市灘区浜手幹線】
「くそっ。酷いなんてもんじゃないぞ!」
第一報を受けて駆け付けた地域課の警官は毒づいた。
十数台の車両がぶつかり合った現場の中央、無惨に破壊された乗用車のフロントガラスは無惨に砕け、フロントには無数の弾痕があり、近くには流れ出したガソリンが燃焼した跡がある。近くのトラックの荷台にも撃たれた跡があった。混乱する人々の証言からも銃で武装した男女のライダーがこの乗用車を襲ったのは確かなようだった。
無線からは幾つもの通話が飛び交っていたが、どうやら犯人を追跡していた白バイは失敗したようだ。広域に指名手配がされるに違いない。
すでに救急は呼んだ。乗用車でぐったりしている男性は全身に弾痕がある。もはや助からない可能性は非常に高いだろう。
次から次へとやってくる同僚たちに声をかけ、被害者を道路脇へと退避させる間に救急車がやってくる。
警官は、そちらに向けて駆けていった。
◇
「やっぱり火伏さんの車だ。間違いない」
事件現場近くのコンビニ前に止まった車内で、竜太郎はスマホに打ち込んだ。
相手はたまり場の会議室である。事件現場を撮影した写真も何枚かアップ。
真っ先に反応を返してきたのは千代子だった。
>>『なんてこと。それで、彼は助かりそうなの』
「分かりません。救急がもう搬送しました。彼の生命を考えるなら、医者を信じるしかないでしょう」
>>『そうね。細かいことは彼が助かってから考えましょう。彼が人間じゃあないのは後で幾らでもごまかせる。
他の二人については?』
「不明です。けれど、雛子ちゃんならそうそう遅れは取らないはずです。生きているなら藤森を連れて現場を離れたでしょう。付け加えるなら、襲撃者はどうやらバイクに二人乗りの男女であり、藤森らしい少女の遺体は現場にはありませんでした。殺された可能性も、連れ去られた可能性もともに低いと見るべきでしょう」
>>『なら大丈夫と考えていいでしょうね。連絡がないのはスマートフォンを失ったからかしら』
「恐らくそうでしょう。網野と連絡が取れればより詳しいことが分かるんじゃないかと」
何しろ平日の真昼間だ。まだ事件について知らない仲間も大勢いる。
「逃走中の雛子ちゃんたちを見つけることと、犯人の追跡。これを最優先でやるべきだ」
>>『同感ね。彼女たちからの連絡を待ちましょう』
「僕たちはしばらく現場に張り付いてます。何かあったら教えてください」
そこまで話すと、竜太郎はスマホをしまい込んだ。
◇
「大阪方面へ」
乗り込んで来た客の姿に、タクシーの運転手は怪訝な顔をした。
片方は金髪の若い男。何かのインナーらしい服の上から上着を着こんでいる。
もう片方はこちらも若い、可憐と言っていい女。ライダースーツが、二の腕の部分だけ失われている。何があったのか。
「お前は何も不思議なものを見ていないし聞いていない。そうだな」
「へい」
運転手は頷くと、金髪の男から言われた通りにした。そうだ。特に何も変わったことはない。ごく普通の客である。
行き先と料金以外の情報への興味を喪失した運転手は、タクシーを発進させる。
「今のうちに服を着替えておけ。そのままでは目立つ」
「は、はい」
女がライダースーツを脱ぎだしても、もちろん運転手はそちらに視線を向けたりしなかった。何も不思議なことはないのだから。
女が着替え終わるのを確認し、男の方もリュックから取り出したズボンを下に履いた。更に新しいスニーカーを履き、ボロボロに焦げた前の靴をしまい込む。
そこらにいる、ごくありきたりな恰好となった男女。その美貌は相変わらず人目を引くものだったが、都市圏ならそこまで目立つほどでもない。
「それで、あの娘たちが逃げた先は分かるのでしょうか」
「問題ない。妊婦の胎に宿っているものの存在、それ自体が私に居所を伝えているのだ。近づけばより正確に」
「……ご主人様。お聞きしてもよろしいでしょうか」
「なんだ」
「あの妊婦。一体何者なのでしょうか」
「……私の腹違いの弟か妹を孕んでいる。それだけだ」
「―――!」
「極めて個人的な事情だ。私の父の尻ぬぐいをするための。
今度こそ仕留めるぞ」
「……承知いたしました」
強力な妖怪ふたりを乗せたタクシーは、大阪へ向かって走り出した。
◇
【大阪府大阪市北区 JR大阪駅】
「で、デカすぎでしょうこれ……」
雛子は弱音を吐いた。デカい。駅が。というかこの梅田という土地自体が。上下にも水平方向にもとにかく入り組んでいて、何が何やらさっぱり分からない。そういえば生まれてからこの方こちらに来たことはなかった。この近辺には梅田のコミュニティのたまり場があるそうだが、正確な場所も知らない上にこの状況下ではどう考えてもたどり着けそうにない。公衆電話を見つけて神戸のコミュニティなり竜太郎なりに連絡するのが妥当である。
後10分探して見つからなかったらそこらの事務所に入って電話を勝手に拝借しようと決意したときだった。ノドカが公衆電話を発見したのは。
「ありました!」
「や、やった…!」
ふたりして駆け寄る。誰もこちらを見ていないのを確認し、ノドカが姿を現した。小銭を取り出し、受話器を取り上げ硬直。そういえば使ったことがない。
ふたりして説明書きを必死で読み上げ、ようやく使い方を理解。
ノドカが、たまり場への番号をかけた。
―――RRRRR……
コール音がしばし響き、聞き覚えのある声が出た。
『はいこちら東洋海事ビルヂング。文江です』
「ふ、文江さん!!やった!あの、ノドカです。雛子さんも一緒にいます、今大阪駅にいるんです!」
『え?ノドカちゃん?雛子ちゃんもいる?無事なの!?』
「はい、無事です!今公衆電話からかけてます、スマホ壊れちゃって……」
『よかった―——(ビー)とりあえず正確な場所を教えて。人を送る、いやそこからなら梅田のコミュニティに連絡するわ』
途中で鳴ったブザー音に、ノドカは追加の小銭を取り出した。ここで切れてもらっては困る!
「ええと、大阪駅の……雛子さん、これどこなんでしょう」
「……」
「雛子さん?」
「……来た」
その言葉に、ノドカは物凄い勢いで振り返った。人ごみをかきわけてやってきたのは金髪の男性と可憐な少女の組み合わせ。
先ほどはフルフェイスヘルメットで顔を隠していたが、雛子の目からは一目瞭然だった。何故ならその歩き方。立ち振る舞い。明らかにただ者ではなかったからである。特に女の方は間違いない。破壊したヘルメットの割れ目から、あの女の瞳を雛子は見た。先ほど戦ったのは奴らだ!
「―――敵が来ました、逃げます!」
それだけを告げたノドカは雛子の服を掴み透明となる。
受話器を離して駆け出した彼女らを見て、男女も走り出した。
『―――もしもし?もしもし!?も———(ブツッ!!」
垂れ下がった受話器からの声が途絶え、後には行き交う群衆だけが残された。
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