第59話 貴族は、祝う
「しかし……ガヴァニャ国の王族は全て処刑されたのでは……」
冷や汗をかきながら、宰相が聞いた。
「うむ、実はジルは幼い時に行方不明になった第二王子だ」
「第二王子は幼くして亡くなったのではなかったのですか?」
「それは表向きだ。本当は第二王子は、行方不明になったのだ」
「何故行方不明の王子が王女と結婚したのですか?!」
何か粗を見つけたい宰相は、国王を怒鳴りつけた。無礼な振る舞いに、貴族達が眉をひそめる。
「話は長くなるが、黙って聞け」
国王の圧に、貴族、宰相、ヒューやクリステルなどその場に居る者が全て跪き王の言葉に耳を傾ける。
「皆、楽にせよ。過去の話だ。ガヴァニャ国は国内の情勢が不安定になっておった。その為、同盟国である我が国に第二王子を避難させる計画を立てた。第二王子の肩には特徴のあるアザがあってな。左肩に月のような形の青いアザがあるのだ。うまくいけば、クリステルの婚約者にしようという取り決めもあった。だが、私の元まで第二王子が来る事はなかった。王子を移送している最中に馬車が事故に遭ったのだ。馬車は川底に落ちて、護衛の騎士や侍女達は全て遺体で発見された。だが、第二王子だけはどこを探しても見つからなかった。王子は2歳だったから、小さい身体が何処かへ飛ばされてしまったのだろうと判断され、第二王子は死亡として処理をした。葬儀が行われたから知っている者も多いだろう。だが、王族とそれに近しい者だけは、第二王子の生存の可能性を信じていた。実は、崖の途中に不自然に折れた枝や、草を掻き分けた跡があったのだ。獣の仕業かも知れぬが、死の間際に騎士や侍女達が必死で王子だけは逃したのでないかと希望を持っていた。我々は、散々第二王子の行方を探した。だが見つからなかった。ガヴァニャ国は、その後皆の知る通りの歴史を辿った。突然過ぎる反乱で我が国の援護は間に合わなかった……。まさか、すぐに王族を全員殺害するなど……。騎士団長が王族を全員切り捨てたと言うではないか! 信じられぬ!」
滅多に声を荒げない王の叫びを聞き、王の側に控えていた騎士団長が声をかける。
「その男は王妃様に横恋慕していたとか。そこを反乱軍につけ込まれたのでしょうが、そんな愚か者は騎士ではありませぬ。我々騎士団は、王と王家に仕える存在。王や王族に牙を剥く騎士は、騎士ではありません。我々は、誠心誠意国王陛下にお仕えします」
騎士団長は、ヒューを真っ直ぐ見つめながら言った。騎士団は堅物で、様々な手を使ったが誰一人ヒューの味方にならなかった。それは、騎士団が王に牙を剥くなどありえない集団だったから。
何故だ。影はあんなにもあっさりと味方になったではないか。どうなっている?
ヒューは、自分の思い通りにならなかったのに癇癪を起こすことすら忘れて、父の話を聞き入った。ヒューの焦りは、誰にも気付かれる事はなく王の話が続いていく。
「うむ。頼もしい騎士団を抱えている我が国は安泰だな」
「ありがたきお言葉。今後も精進致します」
「話を戻そう。その後、私の前に突然現れた少年が、クリステルに命を救われたからクリステルの影になりたいと言ってきたのだ。それが、クリステルの伴侶であるジルだ。ジルは自分の素性を全て明かしてくれたよ。王妃の配下の一族に拾われ、生きていたそうだ。クリステルの母を殺したのも、王妃の配下の者だった。もちろん、ジルではないぞ。ジルは王妃に従う気はない。クリステルを守りたいだけだと言って自分を売り込んできたのだ。監視をつけてしばらく様子を見て、信頼出来ると判断してクリステルの影として雇い入れた。ジルはクリステルの暗殺犯としていた男だ。クリステルを守る為、クリステルとジルは死んだ事にしたのだ。みんな、黙っていてすまなかった」
「そのジルという男が……まさか……」
「ああ、クリステルの伴侶だ。分かったのはクリステルが城を出る寸前だった。見た目が似ておるとは思っておったが、見覚えのあるアザまであってな。よくよく素性を聞くと、年齢も第二王子と同じ程度。拾われたとは聞いておったが、ジルは拾われた時の事を覚えていなかった。念の為ジルを拾った者達に話を聞いたのだが、ジルを拾ったのは2歳頃。森の中だと言うではないか。裸で泣いていたので、使えると思って拾ったらしい。おそらく、動物に襲われたり逃げたりしているうちに衣服が無くなったのだろう。服があれば、高貴な生まれだとすぐに分かっただろうが、拾った者達は口減しで捨てられた子だと思っていたそうじゃ。拾った場所も王子が行方不明になった所に近かった。アザもあるし、間違いなくジルは王子だ。私は、心から後悔したよ。クリステルは既に婚約が決まっておったからな」
「何故すぐに公表なさらなかったのですか?!」
宰相の叫びに、国王は不快そうに顔を歪めた。
「その後すぐにクリステルの婚約破棄と、暗殺騒ぎがあったからに決まっておろう。そうでなければすぐに公表しておったわ。ガヴァニャ国の者達は、私を侵略者のような目で見てくる者も多いが、ガヴァニャ国と我が国は同盟国。行方不明の第二王子は、大事に保護するべき存在だ」
貴族達は、さすが国王だ。その通りだと頷いている。
「ジルは、クリステルをずっと影から見守ってくれていた。ジルが居なければ、情けない話だがクリステルは死んでいただろう。クリステルを暗殺するよう命じられて、すぐ私に連絡してクリステルと城から逃げてくれたのがジルだ。他にも、王妃の配下がクリステルに食事を与えなかった事があった。真っ先に気が付いたのはジルだったのだ。もう少し対処が遅ければ、王女は餓死しておった」
あまりの衝撃に、貴族達は言葉を失う。
「クリステルが婚約破棄されたあの日、王妃はジルにクリステルを暗殺せよと指示をした。王妃は皆の知っての通り好き勝手に気に入らない者を暗殺しておった。だが、既に何名も生きて帰ってきたであろう?」
「うちの娘も、無事戻ってまいりました!」
「うちも!」
「うちもです!」
「ジルが王妃の信頼を得て、依頼された暗殺対象を保護しておったのだ」
「なんと慈悲深い……」
「王妃の信頼を得た裏で、沢山の命を助けてくれた。それに、ジルは我が娘も救ってくれた。そんな素晴らしい男が、クリステルの伴侶となってくれた事、心から嬉しく思う」
貴族達からは、感嘆の声が漏れている。
「さて、ジル・ド・カヴァニャとクリステル・フォン・リーデェルの婚姻に異義がある者は、この場で申せ。異議がない者は、拍手で祝ってくれ」
一瞬の静寂の後、盛大な拍手が沸き起こった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます