第58話 王女は、願う
「クリスさん、良いですか? 血筋に拘る愚か者はまだまだ存在します」
「そのようですね。全く知りませんでした。ありがとうレミィさん」
「いいえ、クリスさんは優秀だから教え甲斐があるわ」
そう言ってクリステルに微笑みながらも、レミィは心の中で何度目か分からないため息を吐いた。この可憐な王女にドロドロとした貴族や王族の知識を教えるのはためらわれたが、今のクリステルを貴族の集まりに連れて行けば簡単に取り込まれてしまう。
面倒が起きないように、全ての貴族を集めるようにと提案したのはレミィだが、まさかクリステルがここまで無知だとは思わなかった。
ジルが庇うから目をつぶっているが、国王への苛立ちが募る。
娘を守りたいなら、せめて知識は与えろ。最低限の教師の手配はできたのだから、優秀な教師を手配する事も出来ただろう。いくら使用人が全て王妃の配下でも、ジルのような影をつける事は出来たのだから……言いたい事は沢山あった。
だが、今更責めても仕方ない。今は目の前の友人に身を守る術を教えるべきだ。
幸い、クリステルはとても優秀だった。元々素直なうえに、レミィを心から信頼している為、驚異的なスピードで不足した知識を取り込んでいる。地頭も良いのだろう。レミィが気が付かなかった視点で鋭い質問も飛び交う。
「血筋にそこまで拘る方がいらっしゃるのですね……」
「今では少数派ですけどね。ただ、地位の高い貴族が多いから厄介なんです。リーデェル国もガヴァニャ国と似たような状況だと思いますよ。それにしても、クリスさんは優秀ですね。最初は、正直どうなることかと思いましたけど」
「わたくしは、あまり家庭教師も付いていませんでしたから。でも、最低限の基礎は教えて貰っていて助かりました。本当はもっと教えたかったのでしょうが……きっと、父はわざと最低限しか教育しなかったのでしょうね」
「……え?」
「レミィさんから教わって、上流階級の人間の嫉妬は恐ろしいと分かりました。うっすらとした記憶なのですが、一度だけ兄と一緒に教育を受けた事があります。歴史の授業でした。とても面白くて、わたくしは教師の方と意気投合しました。ですが、きっと兄にとっては面白くなかった事でしょう」
「じゃあ、クリスさんに最低限の教育しかしなかったのは……わざと?」
「わたくしが兄より優れている部分が表に出ないようにする為でしょうね。兄は優秀ですが、人には得手不得手があります。同じように教育して、わたくしが得意で兄が苦手な事があれば……きっとわたくしは今ここに存在しなかったのでしょう。教えなければ、そもそも得意分野は分かりません。そうする事でわたくしを守ってくれたのでしょう」
「ついでに言うと、社交界の渡り方を教えなかったのもわざとだ。幼い頃から教えちまうと、隙がなくなる。そしたら王妃に危険視されてただろうからな。まぁでもレミィの苛立ちは分かるぜ。オレも、もっとクリスに情報を与えろって国王陛下に噛み付いてたからな。婚約者が決まって王妃が安心してからようやく良い教師の手配が始まったんだ」
「ジル! おかえりなさい!」
「ただいま。あんま無理すんなよ?」
「大丈夫よ! レミィさんは、とっても分かりやすく教えて下さるから!」
「そうか。ありがとな。レミィ」
「いえ、クリスさんは優秀ですから。首尾はいかがですか?」
「順調だな。クリスが結婚した事はわざと広めて、結婚相手は徹底的に隠して貰った。ヒュー様ならオレだって予想はつくんだろうけど、あの人は完璧主義だから躍起になって調べると思う。イラついてきた頃に船で逃げたって事にする予定だ」
「なるほど。求めた情報とは違っても、自分に都合の良い情報を与えて興味を逸らすのですね」
「ああ、小手先のテクニックだが時間稼ぎにはなる。クリスが貴族と会うまでにどのくらいかかる?」
「もう大丈夫ですよ」
「本当ですか? なんだかまだ不安なのですが……?」
「元々、王女として人前に出た経験はおありでしたからね。あとは、堂々とすれば大丈夫ですよ」
「クリス、レミィが大丈夫って言うなら問題ないと思うぜ。オレは絶対クリスの側に居るからさ」
「ジル……。そうね! わたくし頑張るわ! レミィさん! 他にも粗を突かれそうな事を全て教えて下さい! 絶対に負けませんわ!」
急にやる気を出したクリステルに、ジルは不思議そうにレミィに聞いた。
「レミィ、クリスに何を教えたんだ?」
「今日は嫌味を言う貴族をあしらい方、遠回しな言い方等をお教えしたのですが、その時にジルさんとクリスさんの婚姻に難癖付けてくる方が居るかも知れないとお伝えしたら、闘志を燃やされてしまいまして」
「あー……なるほどな。けどクリス、どう足掻いてももうオレ達は夫婦で、王の証明まであるんだから婚姻は覆らねぇよ」
「そうじゃないわ! 覆らないのは当たり前でしょう?! わたくしがジルから離れるものですか! こんな素敵な夫は居ないわ! レミィさん! 血筋に拘る愚か者は、ジルの出自を明かせば黙りますか?!」
「え、ええ、黙ると思いますよ」
「なら、さっさとジルの出自を公表してしまえば良いわ!!!」
「待て、国王陛下がひた隠しにしていたのは、ガヴァニャ国の奴等はリーデェル国を恨んでる奴が多いからなんだぞ?!」
「ジルは、リーデェル国を恨んでるの?」
「オレは元々捨て子だと思ってたからな。あんまりそんな感情はねぇ。けど、クリスの正体を話した時のレミィの反応を見ただろ?!」
「見たわ。でも、レミィさんはちゃんと分かってくれたじゃない」
「それは、ジルさんが自分の出自を明かしてくれたからです」
「だから、ジルの出自を堂々と明かせば良いのではないかと思うの。わたくしとジルなら、血筋に拘る方も、想いあった婚姻を望む方も黙らせられるわ」
「確かに、そうですね。それに、敵が攻撃しそうな事を先に問題がないと明かすのは常套手段です。クリスさんがそんな事をするとは誰も思ってないでしょうから、効果的だと思います」
「お父様にお手紙を書いて相談するわ!」
こうして、クリステルはどんどん話を進めていった。隣国の王の証明がある事が効いて、ジルの出自を明かす方向に話は進んだ。
ヒューが瑕疵だと感じた事は、クリステルにとっては瑕疵でもなんでもなかった。大事な夫に文句を言われるのが許せない。
可愛い新妻のささやかな願いは、父を、夫を、仲間を巻き込み叶えられた。
その影響は計り知れなかったが、結果としてクリステルとジルを守る事に繋がった。
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