第39話 冷たい冒険者

「クリステル……?」


依頼人は、クリステルの元婚約者のピエールだった。


「どちら様でしょうか?」


クリステルは、正体がバレるのではないかと不安に思いながらも、元婚約者になんの感情もなかったので冷たく言った。


クリステルの冷たい様子と、あまりに違う髪型や髪色、服装を見て別人と判断したピエールは、クリステルに謝罪した。


「……すまない。人違いだった。あまりにも似ていたものだから。彼女が生きている筈はないのに……。依頼人のピエールだ。護衛は2人だけか?」


「そうです。ですがきちんとお守りしますからご安心下さい。この度は護衛のご依頼ありがとうございます。冒険者ジーティルと、こちらは私の妻のクリスです」


「初めまして。よろしくお願いします」


「名前まで似ているのか……」


「誰と比べているか知りませんけど、クリスは私の妻です。結婚したのは最近ですが、彼女は幼い頃から私と共に居ました。既に支部長から話があったと思いますけど、オレは愛妻家なんです。仕事はきちんとしますから、あまり妻に近寄らないで頂きたい。出来ないなら、この依頼はお断りします」


キッパリと言うジルの言葉に、支部長が続く。


「うちの支部で今すぐ紹介出来るのは、ジーティルとクリスだけです。条件は、先ほど言った通りクリスに必要以上に近寄らない事。ジーティルは愛妻家なんて可愛らしいもんじゃありません。命が惜しければクリスに近寄らない事をおすすめしますよ。もし、この2人が嫌ならうちで今すぐ紹介出来る人は居ません。お急ぎとの事なので、騎士団にでも護衛を頼んで下さい」


ピエールは、苦虫を噛み潰したように顔を歪ませ、答えた。


「……分かった。お前達で良い。だが2人なのだから依頼料は減らすぞ」


「常識的な金額だと支部長が認めればそれで構いません」


「はぁ……。依頼料をケチるのを受け入れてくれる冒険者なんてジーティル達くらいですよ。きっちり契約をするから、条件の確認をしてお互い納得したなら依頼成立です」


「契約だと?」


「はい、大事な依頼は契約をするんです」


「ははっ、そうか! 僕は大事な依頼人だものな!」


自分が特別扱いされたと感じたピエールはご機嫌になり、契約内容をよく確認せずにサインをした。


支部長は、ピエールの相手を別の職員に任せて、ジルとクリステルに契約書を見せた。


「依頼料は、下げられたがまぁ妥当だな。それから、クリスへの過度の接触の禁止と、危険手当の金額、依頼はピエールさんを生きて送り届ければ達成となる。ジーティル、クリス、この条件でどうだ?」


「ずいぶん頑張ったな。支部長」


「……これくらいしかできないからな。頼むぜ」


「分かった。これは原本はギルドに保管されるのか?」


「ああ、写はお前達とピエールさんに持ってもらう」


ピエールは、機嫌良く茶や菓子を食しており支部長とジルの小声の会話は聞こえていない。


「おい! まだサインしないのか! この僕の護衛になんの不満がある!」


「夫は大事な話をしているんです。少し黙ってて頂けますか?」


クリステルは、今まで見せた事がない冷たい目をして言った。ジルは、驚いてクリステルに駆け寄った。


「もうサインしましたよ。こちらはピエールさんの写です。どうぞ。クリス、どうした?」


「……ごめんなさい。なんでもないわ。失礼しました。ですが、依頼人とはいえあまり酷い態度は受け入れられません。お嫌なら今すぐ騎士団にピエールさんをお連れしますよ」


冷たいクリステルと、ジルが僅かに放つ殺気に恐れをなしたピエールは、少しだけ傲慢な態度を改めた。騎士団に護衛を頼んでも、騎士達は相手にしてくれない。ピエールは、金で冒険者に頼るしかなかった。


支部長やジル達は、元王族なら騎士団に護衛して貰えと思っているが、ピエールの父の命令により、騎士団はピエールに関与しない。ピエールはプライドが邪魔をしてその事は誰にも言えていない。だから、騎士団でも良いが冒険者に仕事を与えているんだと言って冒険者に依頼する。


実は、冒険者に相手にされなければ困るのはピエールの方だった。クリステルは、ピエールの態度の変化でその事に気が付いたが、あえて知らないフリをする事にした。


「いや、お前たちで良い。すぐ出発するぞ」


ビクビクしながらも、ピエールが護衛を依頼する。その間もクリステルは、冷たい目でピエールを睨み続ける。


「道中は野営になります。ピエールさんは保存食は食べられますか?」


「あんなまずいもの食べられるか!」


「なら、道中で狩りをするしかないわね。それくらいは受け入れましょう。ですが我儘はここまでです。道中は安全の為に夫の指示に従って頂きますから、そのおつもりで。お嫌なら冒険者より騎士様の方が良いでしょう。我々はどちらでも構いませんよ。ジル、すぐ出れるわよね?」


「ああ、宿は引き払ってあるからな。すぐ出発しましょう。お急ぎなのでしょう?」


「最後に確認ですけど、私達が護衛でよろしいのですか? 護衛はきっちりやりますが私達は使用人ではありませんから道中で多少不便な事があっても受け入れて頂きますよ。お嫌ならすぐそこに騎士団の詰所があるからお連れしますわ」


クリステルは、ニコニコ笑いながら言った。が、瞳は冷たくピエールを蔑んでいる。支部長も、ジルも見た事がないクリステルの冷たさに驚いていた。


「あ、ああ……頼む……」


「では、依頼成立ですね。よろしくお願いします」


冷たいクリステルを見て、やはり別人だとピエールは思った。目の前に居るのが自分の元婚約者だと最後まで気が付かなかった。

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