第32話 王女と暗殺者は、馬に乗る

レミィ達と別れを済ませたジルとクリステルは、馬に乗って国境まで駆け抜ける事にした。食料と水を最低限持ち、残りは道中で調達する計画だ。


クリステルが予想以上にサバイバルに抵抗がなかったので、街に寄る方が危険と判断したジルは、国内では野営する事にした。そう提案した時のクリスは、道具を揃えながら嬉しそうにしていたので、ジルもホッとしていた。


「凄い! 馬ってこんなに早く走れるのね!」


「馬車を引いてなきゃこんなもんだ。まだひとりで乗るのは無理だが、今度練習しようぜ。なんかあったらクリスだけ馬に乗って逃げろ」


「嫌よ!」


「……最近、自己主張するようになったよなぁ」


「駄目かしら?」


「いや、良い傾向だ。前みたいになんでも指示通りする必要はない。クリスはちゃんと自分の頭で考える力がある。オレを騙したみたいに、こっそり訓練したら良いぜ」


「もう! 結局ジルにはバレていたじゃない! 私は、絶対ジルから離れないわ! ねぇ、王都から離れるのは何か理由があるんでしょう?」


「ああ、最近アーテルさんからの連絡が来ないんだ。王都でも嫌な噂が広まってるらしいし、近づかない方がいいと思ってな。馬車の旅だと目立つ。冒険者なら、しょっちゅう街に出入りするから目立ちにくい。クリスは良い提案をしてくれたな」


「身を守る手段は要るもの。弓を扱えて良かったわ。ねぇ、嫌な噂って……お父様は大丈夫なの?」


「噂を集めたけど、大丈夫みたいだぜ。クリスになんかある方が国王陛下が心配する。連絡手段もなんとか確保したから、出来るだけ離れて、連絡が来る事を祈ろうぜ」


「え……どうやって? フクロウさん、来ないんでしょ?」


「アーテルさんの奥さんが元冒険者なんだ。仕事で、ちょくちょく冒険者ギルドに来てるから彼女に暗号を伝えてある。念のため、ガウスを介して連絡して貰うようにした」


「ガウスさんに危険はないかしら?」


「なんか問われたら酒のお礼に伝言頼まれただけって言えって言ってある。即オレの冒険者番号言えってな。いきなり襲われる事はないだろ。相手だって情報は欲しいだろうからな」


「そうか……そうね。ねぇ、私はどれだけ悪女になってるの?」


クリステルの言葉に、動揺したジルが馬の操作を誤った。


「ちょっと! ジル! どうしたの?!」


「……クリス、馬の操作してる時に動揺する事を言わないでくれ。オレ、馬の操作はそんなに得意じゃねぇんだ」


「ご、ごめんなさいっ!」


ジルは、馬を落ち着かせる為にゆっくりと歩かせる。それでも馬の興奮が収まらない事を察して、近くの湖で休憩を取る事にした。


「ジル……ごめんなさい」


湖の水を汲んで、浄化しながらクリステルはジルに謝った。


「いや、オレが動揺したのが悪いんだ。すまん。それにしても……水の浄化、上手くできてるな」


「ファルさんが教えてくれたから。旅の時は、水が原因で体調を崩す事が多いから、面倒でも浄化して煮沸して飲むようにって」


周辺の石や砂を集め、即席の浄化装置を作りろ過した水を火にかける。旅人には必須の知識だが、王女として育ったクリステルは知らない知識だった。ファルは、自身の知るサバイバル知識のほとんどをクリステルに伝えていた。中には、仲間内や家族にしか教えない技術や知識も含まれていたが、クリステルはその事を知らない。


「そうか、ファルは色んな事を教えてくれたんだな」


「ファルさんだけじゃないわ。レミィさんは買い物で値切る方法を教えてくれたし、ルカさんからはナンパしてくる男性のあしらい方を習ったわ!」


「なっ……ナンパだと?!」


「ええ! 何故か街を歩いていると知らない男性がどんどん声をかけて来るの。道に迷ったとか、どこかの店は知らないかとか、最後には決まって何処かでご飯食べようとかお茶飲もうとか言われるわ。ルカさんが言うには、ナンパって言うんですって。声をかけられたら、自分は結婚してるって言えって言われたわ。そしたらほとんどの男性は居なくなるの。それでもしつこければ、ジルの話をたくさんしろって言われたわ」


「オレの話?!」


「ジルがどんなに素敵か話せって。そしたらほとんどの男性は居なくなったわ。それでもしつこかったら、キッパリ断れって……」


「そんなしつこい男が居たのか?」


「居なかったわ。ジルの話をしたら何故か皆さん泣いて去って行くの。どうしてかしら?」


「……聞くのも恥ずかしいが、どんな風に話したんだ?」


「ジルは素敵だって……言うんだけど……ねぇ、顔が近いわ」


「毎日キスしてんのに今更照れるなよ」


「だって! ここ、外よ?!」


「誰も居ねぇよ。気配は探っておいたから」


「そういう事じゃなくて! 恥ずかしいわ!」


「……そうか、じゃあしばらくキスはお預けだな。街に寄らずに国境まで駆け抜けるから、2週間くらいかかるから」


「それは嫌!」


「なら、ここでも良いだろ?」


「……うん」


幸せそうに唇を重ねる夫婦を眺めているのは、餌と水を与えられた馬だけだった。

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