神様は言いました。

碧海 ぴいす −Aomi−

消えた。―― 道徳のプリント ――

事の発端

 昼と夜の境界線。ある少年が、ナイフを隠し持って海に向かい走っていた。

 その少年の名前は、村木むらき せい

 先生からは『あなたは優秀ね』などと言われ、クラスメイトからは『努力しなくてもいい天才とは俺は違うんだよッ!』 なんてこちらには全く非のない言葉を浴びせられる。

 その回数が増えていくにつれ生じていたセイの中の違和感は大きくなっていった。

 そして今、ちょうど、その違和感を消し去ろうと学校から抜けだしてきたところだった。

 

 この学校は頭のいいやつが多いから小さい頃みたいなことはないだろう。

 セイはこんな期待を胸に受験をしたのだった。実際、想像をしてたように悪意のある陰口はそう多くなかった。しかし、何気ない言葉の一つ一つが刺さっていったのだ。

 少し成績が下がってきた?だとか、いつもより調子悪いみたいだね、だとかそのような言葉は言ってる当人からしたらなんてこともない言葉のはずだ。それでも、セイの心は少しずつ押しつぶされていってついに限界を迎えた。いじめられているわけでは決してない。それでもセイは苦しかった。


 そんな彼にも心残りはあった。


 幼馴染であり唯一の親友でもある 武藤むとう 颯太そうた

 ソウと呼ばれる比較的静かな男の子で、誠との相性は抜群だった。

 そんな彼は、ソウに恋愛的な意味で引かれていた。この学校じゃ成績はド平均なソウだが、性格もよくそのうえイケメン。ソウは魅力的な反面女子がどう思ってるのかなんてのは興味なし、なようで告白されてやんわり断っているシーンを彼が何度見たのかもうわからないほどだ。その度にきっと彼の想いは寄せて離れてまた寄せてを繰り返していた。

 恋愛の興味がないなら僕に興味はないかもしれない。でも僕はいけるかもしれない、と。

 日本人離れしたミルクティーブラウンとでも言うのかの髪色に色素の薄い目。ソウの外見に惹かれていく女子たちのその勇気に幾度もなく、もしOKしてたらどうしようと不安になった。

 当時そんなこと知る由もなかったソウに大丈夫?と聞かれる度、そして、ならよかった!と太陽のような笑顔を浴びる度に彼はどんどん惹かれていった。

 そしてその彼の密かな想い、それは海に一緒に沈めてしまおうと考えていた。

 いや、もはや密かな、と言えるものではなかったかもしれないが。



 兎にも角にも、今の彼の頭には自分の死よりもソウのことばかり。ソウに手紙も書いてきたし、と必死に言い聞かせるも、彼はやはりソウのあの可愛い笑顔が頭に浮かぶ。


 それもそうだろう。彼にとってソウは、期待の重い両親よりもよっぽど大切な人だったのだから。



 ……でも、既に覚悟を決めていたであろう彼は、海についてまもなくいなくなってしまった。その方法が残酷すぎたのか、後のニュースでも言及されないほどだった。ソウはほんとに好き。でも彼の負担はその好きを超えるほどのものだった。


 最後の言葉は、

「ソウ ごめんね、会いたかったな、わがままだよね。ごめんね、好き。ソウ、ソウ……。」

 というもの。

 ソウのことばかりずっと頭にあってそれだけは後悔していたようだ。


 


 後に拾い上げられた彼の抜け殻は、ソウのウの形に開いた口とどこか笑っているような、それでいて後悔しているような、そのように見える表情だったと言われている。

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