―颯太視点―

 一人部屋になってだいぶたつ。一人になってから一度だけ、先生が気を利かせたのか尋ねられたことがある。

 他の部屋に行くかどうか。

 即座に断った。セイの残り香がまだあるから、という理由で。机に向かう真剣な顔もふんわりと笑う優しい顔も全て、この部屋にいるときははっきり覚えていられる気がするから。セイははっきり言ってイケメンではなく、どちらかと言ったら童顔に近かった。褒め言葉として使ってもちょうどよいくらいの童顔。中性的な顔立ちで、髪型を変えたら女子と間違われるだろうというくらい。ぱっちりとした二重に、長いまつ毛。純日本人とでも言うような黒に一束混ざる赤茶色の髪。本人曰く染めていないらしく、地毛だという証拠も出せると言っていた。

 正直、好いていた。

 セイを狙っているはチラホラいた。でも天然なのか、そうではないのか、告白されるたびにそれを告白だと本人が認識していなかった。

 だからこそ、僕は告白に踏み出せなかった。同性とかはどうでもよかった僕が告白をしなかったのはこの理由ただ一つだった。セイを好く女子の告白が案外遠回りだから気づかなかったのかもしれない。が、それに確証があるわけでもないし、全然僕の告白に気づかれない可能性もあるわけで。結局こわかったのだ。

 そんな他人にとってはしょうもないんだろうことを思い出して、自然と広角が上下運動をする。それに気づかないふりをして、プリント道徳のものを棚の奥から引っ張り出した。

 なんだかんだ怖くてしっかりとはみてなかったもの。きっとセイの考え方がどこかしらに表れているプリントだから、なにか真相に辿れつけるんじゃないかと思う反面、恐怖の心があったのだ。

  

 今日は本来ならセイの誕生日。

 盛大に祝うはずだった。

 もうそのセイはいないとわかっているのに誕生日プレゼントまで用意して。お墓には行かずに机の上に置いた。お墓に行くと認めてしまった気がすると諦めの悪い僕がいた。どこまで依存しているのだろう。愛は重い方ではないと思っていたのに。



 セイは、1年半くらい前に姿を消した。同じ寮室を使う仲間としてでもあるが、それよりも幼馴染の親友として親しかった僕はただ呆然とした。

 セイが消えた日、僕は試合があった。優勝したからセイに褒めてもらおうなんてウキウキした気分で帰っていたのに関わらず、一気にどん底に突き落とされた気分になったのだ、確か。

 あぁまだ2年も経っていないのに、思い出は少しずつ何もなかったかのように消えていく。現に、声はもううろ覚えだ。いっぱい掘り返して、掘り返しまくって、やっと見つけたのはセイじゃないセイだった。みんなの前でしっかり者を演じているときのハキハキとした声だった。

 ぼくが聞きたいのは優しさに溢れたあの声なのに。少しハスキーでそれでいて通っているあの声はもう聞けない。


 なんてことを考えながらもふと持っている紙に目をやる。

 几帳面なセイの字で村木 誠と書かれたそのプリントには、100点満点の回答が書いてあった。


『自分から命を断つなんて、生きたいのに亡くなった方のことを考えたらとてもできないことです。自分の人生に意味を見出せること、それが一番大切だと思います。』


 確かに、これは100点満点の回答かもしれない。でもよくよく考えたら、セイのあの行動とこの考え方は一致してるのかな。……なんちゃって。

 このプリントを見てふと思った。

 人生に意味を見出せること必要があるというこの考えを裏返すと、見いだせなかったらこの人生に意味はないということではないのか、と。

 我ながらひねくれているとは思うけれど。


 でも実際、セイが世界から消えた日に机の上に置いてあった手紙はそんな考えが垣間見えるような書き方だった。


『生きる意味がわからなくなったので、消えます。

 ん〜なんか、改まってると不自然?

 僕が消えても、普段通り過ごしてほしいかな。

 素が出せるのがソウだけだったからちょっと苦しかったんだよね。

 あ、この手紙、ソウ以外が見ることのないようにしてね!

 じゃあ、時間も時間だし、行ってくる。

 待って、他のプリントもソウが持っといて。

 全部ソウの棚に隠して。

 ごめんね、ほんとに。最後に会いなくてさぁ。

 ほんとにじゃあね、この学校ずっと好きでした、ソウの門限きついよ。

 っていうか、ずっと開放しといてほしいなぁwww』


 いつものセイの字なのに、いつものように優しくて慈愛に満ちた文章ではなかった。もし、手紙を先生が見たらいつものセイらしいなど、変なことをぬかすのだろう。どこか急いでいるようにも見えるこの文とあの優等生してます!のときのいつもの文の違いに気づかないのだろう。

 それは少し悲しい。

 だからセイがこの手紙見せないで、って書いてくれたのはちょっとだけ嬉しかった。

 あとのことも、言ってたとおりにした。この手紙はもちろんのこと、生き様が見える道徳のプリントに、あってもなんの意味も持たないであろう国語のプリントだって。誰にも見せなかった。

 僕だけの知っている秘密、ということにしたい自分がいたっていうのもあるのは内緒。


 最初読んだとき、はただただどうでもいいところが目に入ってしまったのを覚えている。

 最後若干走り書きになっててほんとに門限を急いでたんだろうな、とか、学校で逝こうとしないのはさすが真面目だな、とか。

 でも、それと同時に、門限ギリギリで学校を抜け出したなら、僕がもう5分でも部活の試合から早く帰ってたらよかったのかなとも何度も罪悪感も感じた。




 それから、何をするでもなく、まじまじとセイの字見ているとあることに気づいた。思わず赤面してしまった。


 じゃあねの上の文字。

 ここの字だけ他の字よりもやけに几帳面だった。

 小さすぎて気付けなかったのだ。僕もこういう風に思っていたから、素直に嬉しい。でも、こんな風に分かりにくいところ書かなくても、とも思う。それに、そんなことは言ってほしかった。せめて、死ぬ前に。


 セイ。

 思わず彼の名前を呟くと、

「ソウ、好き」なんていう都合の良い幻聴が聞こえた。


 セイには会いたいけど、僕は行かない。大丈夫。セイを悲しませたくはないから。

 きっと僕がそういうことをしたら困った顔で笑いながらも涙をこぼすんだろう。限りなく優しい性格だから、否定などできずにまた悲しんでしまう。

 死んでいるのにさらに殺すなどできないから。

 

 いつの間にか、文字が見えなくなった。

 この感覚も2回目。前と同様、手紙にだけは涙の跡がつかないように必死にこする。

 もしこの部屋にセイがいたとして。こんな泣いている場面を見ていたとしたら、悲しませてしまう。だからといってそのことばかりに固執してずっとヘラヘラ笑っていては罪悪感を抱えさせてしまう。


「ハッピーバースデー、セイ。」

 そう口ずさんで、セイのものをすべて棚に戻した。




 これを次見るのは、来年かな。


 ――――


「フフ、やっぱソウ好き。」


 誰かの声が、この部屋に響いた。


 ソウには聞こえていないみたいだった。

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