第44話 『私を信じて』
赤いストックの花言葉は『私を信じて』。
ストック自体の花言葉としては『永遠の美』、『愛情の絆』、そして、『求愛』。
花言葉にはたくさん意味があり、色や本数で違う場合もある。中にはもちろんネガティブだったり、怖い意味合いのものもある。
そして、他にも、その花言葉の背景に神話などの物語があったりもする。
今回、リアが選んだ花には物語が存在している。
ストックの『愛情の絆』には、ある国のお姫様と敵対する国の王子様の悲恋が言い伝えられている。
まるで――“赤”と“黒”の、あの二人のようだ。
たとえ『想い』が通じても、互いに公爵家を担う二人が結ばれることは難しい。それが分かっているからこそ、その想いを伝えることができないのだ。
問題は、それだけでない。
彼女には叶えなければならない『望み』がある。
だからリアは、彼女の『勝利』を祈り、白いヒヤシンスを選んで渡した。
願わくは『勝利』して、二人でともに生きる道を切り開いてほしい。
まずは、彼から『信頼』と『求愛』を。そして、彼女の背後を護ってあげてほしい。
すべてが終わったときには、今度こそ、『黒薔薇の花束』を用意しよう。
一途に想い合う、二人のために。
◇◇◇◇
翌朝、リアとアッシュはハートラブル公爵家へとデスペード公爵に依頼された花束を届けに行く。
ちょうど午前中に行く予定があったため、どちらかというとそちらがついでという感じではあるが。
定期的な花の入れ替えの日だ。真っ赤なストックの花束以外に、たくさんの種類の赤い薔薇を荷馬車に積み入れる。3ヶ月も過ぎれば、仕事も慣れる。御者台の乗り降りも様になってきた。――と、リアは思っている。
この場所からハートラブル公爵家へ伺うのは最後になるだろう。次はきっと、公爵領内の新店舗から向かうことになる。
リアは隣に座るアッシュをチラリと見た。
(昨日、アッシュと婚約したのよね……)
新しい店舗は二人の新居になる。――考えただけでリアの顔が真っ赤に染まった。
「準備はいい? 出発するよ――って、リア!? 顔が真っ赤じゃないか!」
心配性の婚約者は焦ってリアの両頬を両手で包み込む。「体調が悪いのか? 熱はないのか?」とまくし立てる婚約者に、冷静を取り戻したリアが思わず笑いをもらす。
「大丈夫! アッシュって、心配性ね」
アッシュは、むうっと口を尖らすと、包み込んでいたリアの頬を優しく潰す。強制的に同じ顔をさせると、突き出た唇同士を合わせ、ニヤリと笑った。
あまりに一瞬の出来事に、リアは目を瞬かせる。
(……今の、って……え、ええーっ!!)
本格的に真っ赤になったリアに、堪らなくなったアッシュがお腹に手をあてて、大笑いする。
「あははっ! 今のはリアが悪いんだよ? 本気で心配してるのに笑うから」
「だからって……!!」
「いいでしょ。もう婚約者なんだし。それに僕は――ずっと、我慢してた」
声のトーンが変わり、リアの瞳に真剣なアッシュの顔が映る。アッシュはリアの両手を握りしめた。
「リアはもう、
瞳を揺らしたリアに、アッシュは口角を上げた。
「だからキスくらい、いいでしょ?」
「え……? キス、くらい?」
(アッシュにとって、キスはそんなに簡単にできるものなの……?)
アッシュの言葉にリアはショックを受ける。すると、握られていた手にギュッと力が入った。
「昨日の婚約が夢じゃなかったって、やっと想いが叶ったって、実感したかった。僕にとって、リアがくれるもの、すべてが大切なものだから。それに」
満面の笑みを浮かべたアッシュは、リアをぐいと引き寄せ、抱きしめる。そして、耳元で囁いた。
「これから、全部もらうつもりだから。そのうちの
それとも他にも――と、言いかけたアッシュに、リアは全力で首を横に振った。その首元まで真っ赤に染めて。
「分かってもらえてよかった。そうだ! リア、僕に花をくれない? 婚約の記念に」
「え? 花を?」
「うん。黒い薔薇がいいな」
「どうして……黒い、薔薇を……?」
花言葉を知っているアッシュが、なんでその花を欲しがるのか――リアは首を傾けた。
「本当はリアに渡そうと思ってたんだけど。リア、デスペード公爵に用意するよう言われて、とても嫌そうだったから」
「それで……なんで私からアッシュに?」
アッシュはさも当たり前のように胸を張る。
「リアからの『永遠の愛』が欲しいからさ」
「でも、黒い薔薇は……重すぎない?」
「言ったでしょ? 僕にとってリアがくれるもの、すべてが大切なものだって。たとえそれが重すぎる『愛』だとしても――」
むしろ大歓迎だよ、というアッシュにリアは少し引いて、躊躇った。
なぜなら黒薔薇の花言葉は『永遠の愛』以外にも『決して滅びることのない愛』、それと――『あなたはあくまで私のもの』という、いかにもヤンデレなものだから。
しかし、隣で不思議そうに首を傾げるアッシュにリアは『永遠の愛』としか言っていなかったから、それ以外は知らないのかもしれないと思い直す。
ヤンデレのアッシュなど、想像もつかない。
(アッシュが知っていたら、きっと重すぎると思うに違いないわ……)
リアは自分を納得させるように頷いた。
日が高くなったころ、ようやくハートラブル公爵家に着いた二人は、屋敷内の赤い薔薇をテキパキと替えていく。
最後にハートラブル公爵の私室へと案内された。通常は一番最初なのだが、今回はハートラブル公爵が在室中だったため、特別だ。
そして、今日はさらに特別な花束がある。
扉の横に見知った顔を見つけると、リアはホッと安心したように小さく微笑んだ。アッシュが美しく整ったその顔を睨みつける。
「やあ。リアちゃんに、アッシュ。いらっしゃい。今日の花は――また、スゴイね」
「ジャックさん、こんにちは。そういえばジャックさんは花言葉にお強いのでしたね」
ニッコリと笑ったリアにジャックは「まあ、ね」と苦笑いを返す。
「でも……なんで、この花にしたの?」
ジャックは赤いストックの花束が『今日の花』だと思っているようだ。
「こちらは、贈り物としてお持ちしたの」
「贈り物って……誰から?」
ジャックは花束の中にカードを見つけると、差出人の名前を確認して、目を見開いた。
「この花を? あの方が?」
「え、ええ……」
実際に選んだのはリアだが、許可したのは彼だ。
リアがぎこちなく頷くと、「なるほどね」と何かを察したジャックが扉をノックした。
「エルダー園芸店がお越しです、公爵閣下」
「入室を許可します」
食後のティータイムだったようで、部屋の中央にあるテーブルには菓子と紅茶が用意されていた。
部屋の中は、菓子の甘い香りと紅茶から漂う薔薇の香りで満たされている。
「契約の時、以来ね」
ジャックに言われたとおり、正式な契約を交わすため、あの後、リアとアッシュはハートラブル公爵家へ伺い、直接契約を交わした。
その後、何度か仕事に来ているが、屋敷内で彼女に会うのは、確かにそれ以来だ。
「ご用意した花は……お気に召していただけておりますでしょうか」
「ええ、とても」
形の整った赤い唇が弧を描くのを確認し、リアはホッと胸を撫で下ろした。
「あら? 今日の花は、“赤”なのね」
「はい。こちらは、贈り物でございます」
「贈り物? どなたから?」
ハートラブル公爵へ花束を差し出し、リアは花束の中のカードに視線を落とした。その視線を辿った公爵はカードを手に取ると、無言で開く。
『この前の花の礼だ。ありがたく受け取るがいい』
「……はぁ? 何よ、これ?」
カードを読んだハートラブル公爵は、ぷるぷると拳を握りしめる。
しかし、言葉と態度とは裏腹に、赤の
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