第30話 商業ギルドの保証人
商業ギルドの2階へ上がると、貸会議室や集会場などの施設が並んでおり、その奥には個室のような扉がいくつも連なっていた。前世の記憶でいうと、ホテルのワンフロアのような感じだ。
「ここは商業ギルドに登録されている商会が事務所として使ったり、開店前の店の商品とか備品などを一時的に保管しておく倉庫として貸し出したりもしているよ」
確かによく見ると、扉の横にあるプレートに商会の名前らしきものが記載されている。鍵もかけられるし、ギルド内なら安全は保証されているようなものだ。お金を払ってでも使いたいのは理解できる。
「商業ギルドに登録するには、保証金がいるんだ。もし用意できない場合は保証人――つまり、貴族の後ろ盾が必要になる」
アーネスト侯爵家を鞄一つで出てきたリアに保証金など――そんな大金を用意できるわけがない。
だからといって、侯爵家を除籍、追放されたリアの後ろ盾になってくれるような貴族もいないし、今、世話になっているエルダー園芸店にそこまでしてもらうこともできない。
今後の展望が開けないと知ったリアは、しょぼんと肩を落とす。エルダー園芸店の花屋を出たあと、ハートラブル公爵領で花屋の店舗を開業するのは、やはり難しそうだ。
明らかに落ち込んでいるリアに、ジャックは堪えきれず、ふふっと笑いを漏らす。
「とても残念なことなんだけど、僕が保証人になるわけにもいかないし、もちろん、ハートラブル公爵閣下が後ろ盾になるわけにもいかないんだ。その店は公爵家と特別な結び付きがある、と思われてしまうからね」
リアは思ってもいなかった発想に恐れ多すぎて、目を丸くし、大きく首を左右に振った。
「そんな大それたこと、考えてもいません! それに……今回は、エルダー園芸店にハートラブル公爵領のお仕事をいただける、というお話ではなかったのですか?」
確かアッシュからはそう聞いて、花屋の定休日である今日、ここにきたのだ。自分の言ったことが間違っていなかったかと、リアは隣に視線を送る。
パチリと合ったヘーゼルの瞳が優しく細められ、頷くように一つ瞬きをした。リアはホッと胸を撫で下ろす。
「そうなんだ。でもわざわざ毎回ここまで来るのは大変だろう? 君たちが今、抱えている仕事のほとんどが王城と学園なんだから、ここから行ったほうが遥かに近い。だからエルダー園芸店の別店舗、ということで登録してはどうかな、と――」
もうすでに話は通してありますと言わんばかりの口ぶりに、アッシュは目を閉じると一つ息を吐く。
「――ジャック。それでも、ハートラブル公爵領で商業ギルドに登録するのだから、保証金は必要になるはずだろ?」
「ああ、それも心配ないよ」
「――えぇ?」
アッシュが怪訝な顔をするとジャックはニンマリと口角を上げる。
「君たちの保証人はもうすでに名乗りを上げているからね」
「……はぁ?」
案内を続けていたジャックは名前の入っていないプレートがかけられた部屋の前でピタリと止まる。いまだに疑問を抱えたままの二人を無視して、その部屋の扉をノックした。
「どうぞ」
扉の向こうから聞こえた覚えのある声に、二人は目を見合わせる。
「失礼します」
ジャックが扉を開けると聞き覚えのある声の正体が確信へと変わった。
「やあ、待っていたよ」
目の前には穏やかな笑みを浮かべる紳士がいた。つい先日、会ったばかりの微笑みにリアは驚いて、目を瞬かせた。
「……クレメンタイン教授……」
その紳士――ハイデ・クレメンタイン伯爵は笑顔のまま、まだ今の状況を理解できていないと思われる二人に
「例の件、ジャックも調査しているということだったから、屋敷まで来てもらったのだ。そうしたら、彼はエルダー園芸店の花を見抜いてね。君たちの話になった。君たちの店がハートラブル公爵領にあることは私にとっても、そして、妻にとっても、都合がいい。ぜひとも君たちの保証人に、と立候補させてもらったよ」
妻も大賛成だったよ、と笑うハイデにアッシュとリアは再度、目を見合わす。
「それに――リアちゃん。君はアーネスト侯爵から離れたほうがいいと思わない?」
リアは戸惑ったように視線を揺らしながら、それでも小さく頷いた。
王城で父親と妹に会ってから、リアはずっと不安だった。あの花屋にいたら、きっとまたすぐに会うことになるだろう。
王城に出入りしている花屋を調べれば、エルダー園芸店に身を寄せていることなどいとも簡単に知られてしまう。――それ以前に、ローズマリーはアッシュの正体を知っているのだから、もっと早いかもしれない。
こちらも早めに行動する必要がある。これはリアにとって、願ってもないチャンスだ。
「店舗の場所決めや改装などもあるだろうから、約1か月後を目標に新店舗の開業を考えてはどうだろうか?」
「あ! 場所の候補なら、すでに!」
「では、さっそく下見に行こうか」
「すぐに準備いたします!」
新店舗の経営者になるであろう者たちを取り残したまま、話はどんどん進んでいく。二人のやり取りをアッシュとリアは、まるでラリーを目で追うかのように、視線を左右に振っていた。
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