第3話 エルダー園芸店
エルダー園芸店の敷地は広大である。見渡すかぎり一面で草花を育てている。
この世界には、ウィステリアの記憶の中の世界と共通する部分が多い。その一つが四季だ。
春、夏、秋、冬。それぞれに咲く花もしかり。
ただ、この世界には前世になかった『魔法』という力がある。そのため、四つに区切られた敷地で、それぞれの季節の花が同時に咲き誇る。どんな季節でも、ほぼすべての花を手に入れることが可能だ。
前世で花屋のバイトをした経験が役立っている。ウィステリアの記憶の中には、『花言葉』が残っていた。そして、実はこの世界でも少し関係がある。
もともとアーネスト侯爵家は植物の生育に欠かせない魔法の一つ、『風魔法』を得意としており、ウィステリアの父親であるゼフィランサス・アーネスト侯爵は特に西風の神、ゼピュロスの加護を強く受けていた。それにより、王家との間で王太子アドルフとウィステリアの婚約が結ばれたのだ。
しかし、アーネスト侯爵はウィステリアに無関心だった。愛のない妻から生まれた娘より、愛する妾から生まれた娘ローズマリーの方が比べるまでもなく、可愛かった。
ローズマリーに風魔法の素質がみられると、ますますウィステリアを虐げるようになった。
『おとうさま。私、風をおこすことができますわ』
『すごいなぁ。さすが、私の娘だ!』
少し早く生まれただけの、同じ歳の異母姉妹。
頭を撫でられ、褒められている妹を羨ましく思っていたウィステリアは懸命に魔法の練習をした。
『おとうさま、私もできますわ』
『ウィステリア……いたのか。お前にできるはずがないだろう? 嘘をつくんじゃない!』
『みてください! ――ほら!!』
ふわりと風を起こしてみせ、褒めてもらえる、と父親に向かい笑いかけると、ローズマリーがしゅんとしょげた顔をする。
アーネスト侯爵の視線は、一瞬でローズマリーへと向けられた。
『一体、どうした? ローズマリー。具合でも悪くなったのか?』
『おとうさま、ごめんなさい。おねえさまがかわいそうで……ローズマリーがおねえさまをてつだってあげたのです』
アーネスト侯爵は情けないほどに眉尻を下げると、小さなローズマリーを抱きしめた。
『そうか……姉想いで優しいな、ローズマリーは。――ウィステリア。お前も妹であるローズマリーを少しは見倣え!』
『……はい、おとうさま……』
――幼い頃の遠い記憶。
父に抱えられたローズマリーは肩越しに微笑んでいた。あの顔を、きっと一生忘れることはできないだろう。縁を切って、自由になった今でさえ、こうしてハッキリと思い浮かんでしまうのだから。
あの日を境に、ウィステリアはアーネスト侯爵の前でも、ローズマリーの前でも、学園で学ぶようになっても、人前で魔法を遣うことをやめた。
あの日を境に、ローズマリーは努力をしなくなった。基本的な能力や家系に恵まれているのに、その力を磨こうとはしなかった。
前世の記憶を鮮明に覚えていたため、努力をせずとも自ずと力は育つと考えていたのだ。
陰ながら努力を積み重ねてきたウィステリアと、まったく何の努力もしなかったローズマリーとでは天と地ほどの差ができていることに、誰も気がついていなかった。
◇◇◇◇
「ねえ、アッシュ」
ジャックが店を出てから、ふと疑問に思ったことを聞いてみる。少しクセのある茶色い髪がふわりと舞い、ヘーゼルの瞳がリアの藤色を映す。
「エルダー園芸店の『エルダー』って、姓よね?」
アッシュの両肩と片眉がピクリと少し上がる。
「い、いや……親父の名前、かな……?」
「へえ……あなたのお父さま、エルダー・エルダーというの? 随分、珍しい名前ね」
「……すみません。――姓です」
「あなたの名前はアッシュ・エルダー? お父さまは爵位を持っているの?」
アッシュは目を泳がせ、気まずそうに頬をかく。
「ああ……。えっと……少々、複雑でして……また今度、ゆっくりとご説明させていただきます……」
「ふぅん。そう……」
(まあ、仕方がない)
リアとしても、ここにおいてもらっている身、だ。あまり深く追及して、知らなくていいことまで知る必要はない。
時が来れば、いずれ、アッシュから話してくれるだろう。
「そういえば……ジャックはハートラブル公爵家の護衛騎士なのに、お友だちなの?」
「友だち? ああ、学園の時の同級生ですよ。腐れ縁です」
アッシュはリアより少し年上なので、王立学園で一緒になったことはなかった。それを聞いて、リアは「なるほど」と納得する。
エルレスト王国の王立学園は義務教育だ。
貴族でも、平民でも、関係なく入学する。
「アイツ、異世界からの転移者なんですよ」
「えっ?」
(――転移者? それって……まさか!)
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