魔法の花屋は、今日も花言葉に想いを込める
夕綾るか
第1章
第1話 プロローグ
『いつか、お嬢様を迎えにいくよ』
目の前にそっと差し出された、一輪のヒマワリ。ヒマワリの花言葉は――
◇◇◇◇
彼女は子どもの頃の夢を見ていた。
夢に出てきた彼は降り注ぐ太陽の逆光で影になり、顔がよく見えない。
ただ、差し出されたヒマワリのような笑顔だったことだけは覚えている。
「さて、そろそろ準備しますか」
顔を洗い、髪を後ろで一つにまとめ、気合い入れに両頬を軽く叩くと、窓から差し込む太陽の光を浴びるように彼女は大きく息を吸い込んだ。
テキパキと朝食を用意し、静かな食卓に「いただきます」と呟く。一人は慣れている。さみしくなんてない。今までもずっと一人だったのだから。
食べ終わって、手早く片付ける。ふと壁にかけてある時計に目をやり、ハッと息を吸う。
「大変! もう時間だわ!」
彼女はドアにかけられた木札を急いで『営業中』に回転させ、鍵を開ける。
すると、すでに待っていたのか、一番に入ってきたのは客――ではなく、いつもの青年だった。
「リア、迎えに来たよ! ねえ、もうそろそろ一緒に暮らさない?」
その手には、一輪のヒマワリ。
差し出されたヒマワリを受け取ると、カウンターの上に置いてある花瓶へと挿し込んだ。もうすでにヒマワリでいっぱいになったその花瓶を見て、リアは思わず苦笑いする。
「うーん。もう少し一人でいろいろしてみたい、かなぁ」
「一緒に暮らしていてもいろいろできるよ? 僕は寛大だからね、お嬢様」
「もうお嬢様じゃありませーん」
ベッと舌を出してみせると、青年は一瞬、呆気にとられてから、手のひらで口元を覆い隠した。
「ウィステリア……お願いだから、それ、他の人にしないでね」
(さすがに行儀が悪すぎたか……)
お嬢様でなくても、アウトらしい。
リアは無言でコクコク頷くと、その青年――アッシュは大きく深呼吸した。
リア――ウィステリアはつい最近までアーネスト侯爵家の令嬢だった。
両親は、もともと家同士の決められた結婚だったため、父親には母親とそれによく似た娘ウィステリアに対する愛情はほとんどなかった。
病床にあった母親が亡くなり、妾だったロザリーが後妻となってから、ウィステリアへの扱いは酷くなった。
ウィステリアには腹違いの兄オレアンダーがいたが、彼も父親同様、後妻に入ったロザリーと異母妹ローズマリーに絆されていった。
だから、ウィステリアはいつも一人だった。
ある日、異母妹ローズマリーから『悪役令嬢』というレッテルを貼られたことにより、さらに虐げられるようになる。それは、家族や使用人だけではなく、婚約者である王太子アドルフまでも。
ウィステリアは耐えた。自分が我慢すれば良いのだから、と。家族を失いたくなかったから、逃げたのだ。自分の想いを吐き出すことで、拗れることを恐れたから。
ウィステリアには幼少期から感じていた違和感があった。それが別人として生きた前世の記憶であると理解してから、朧げだったものが少しずつ鮮明化していき、17歳になった頃、すべてを思い出した。
それにより自分が何らかの物語の『悪役令嬢』の立ち位置で、妹ローズマリーが『
ローズマリーは、ウィステリアを『悪役令嬢』に仕立て上げ、何かの物語通りにしたかったようだ。それならそれで受けて立とうと、『悪役令嬢』に徹した。
聞く耳を持たない父親も、ローズマリーの母でウィステリアの義母も、妹や義母に絆された腹違いの兄も、妹とベッタリくっついて、彼女の話しか信じない婚約者の王太子アドルフも、皆、捨てて、自由になりたかった。
いくら弁明しようと、自分が正しいと思っている人たちには無意味だ。それは前世の記憶からもいえる。互いに歩み寄り、受け入れる姿勢がなければ、どんなに話し合ったとしても、分かり合うことはない。
この世界に来て、やっとそれに気がついたのだ。
ローズマリーがウィステリアのせいにしてきたことを片っ端から実現させ、正真正銘の『悪役令嬢』となった。
そして、1年後。18歳で学園を卒業するとともに念願かなって、王太子と婚約解消、侯爵家を除籍、追放という自由を手に入れた。
前々から寄付をしていた修道院に身を寄せようと歩き出したところに現れたのが、アッシュだった。
彼はアーネスト侯爵家が雇っていた庭師の息子で幼い頃、よく一緒に遊んでいた。
母を亡くし、一人ぼっちだったウィステリアの側で、唯一寄り添ってくれた人。
そして――『初恋』の人。
「あのね、アッシュ。今は、ただの『リア』。お嬢様も、ウィステリアという名前も、口にしないで」
「分かったよ……ごめん、リア」
「早く慣れてね!」
「……リアは慣れるの、早すぎだけどね」
にっこり笑ったリアに、アッシュは眉をハの字に下げると呆れ顔を向けた。
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