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「ねえ見て。丘の麓にある、あの町。だれもいないのに輝いちゃって。ばかみたい」


かのじょに促されカロリスは一望する、1000フィート以上遠くはなれた石灰岩の断崖の静謐な街並みをぽつぽつ照らすガス燈の儚い光の点、それが夜深になるにつれポツポツ灯っていきやがて線になるようすを、それによって流麗なオイルパステルに彩色されたポストモダン建築物たちをぼんやり滲ませる、ベルベットの闇に沈む凍った沼を。


「わたしが神さまだったら、もっとすてきな星にする。この世界は趣味がわるすぎるもん」


「しーっ。それ以上は止めるんだ、マリナ。どこで神さまがきいてるかわからない」



どのくらいの時間が流れただろう。かれらの頭上を星が駆けるたび、ふたつの影法師が仕掛け絵本のようにあらわれては消えていった。


「ねえ、まるで冬みたいじゃない?」とマリナはいった。それは想像にすぎない。かれらにとって季節とは本で蓄えた知識であり、それ以上でもそれ以下でもなかった。


「わたしね、いつか海を見てみたい」とマリナ。さっきから話が飛躍している。少ししてカロリスが訊ねる。


「どうして海なんだい?」


「だって知ってるでしょ? 天国では、雲にのって竪琴を弾きながら海の話をすることが流行ってること」


なめらかに彗星の涙が夜空を伝い、ぽつぽつ滴りおちる。地上を覆う雪の上に、暗い染みをまばらにつくっているーーあたりが白み始めているのだ。もうすぐ日が昇るーーときどきかれらのいるバルコニーにも垂れ、そのたびにマリナは驚く・・・


「海か」カロリスは目を細める。もともと切れ長の目が、ほとんど線になる。「ぼくも見たいな。神さまに頼んでみるよ。地球に行けばあるかもしれない」


「これは勝手な憶測だけど、カロリスって泳げなさそう。溺れたら助けてあげるね」


今のカロリスの複雑なきもちをデコードするなら、かれにとってかのじょは楽園のオアシスのよう。おもわず微笑む。うれしかったから。かのじょの描く未来に、自分もいられたことが。


「何ニヤニヤしてるの?」気づかれた。マリナは怪訝そうな上目遣いをくれるも、すぐにハッとした顔になる。「あたしがロマンチックなこというのが柄に合わないって思ってるんでしょ」


「ううん、ちがうよ。そんなこと思ってないって」


「じゃあその笑顔は何なのさっ」


懸命に弁解するものの、最終的にマリナのけたたましすぎる勢いに「これは始末に負えないな」と悟り、そういうことにしておこうと諦めてしまった。それに、真実を知られたら・・・生まれ変わってもからかわれ続ける未来が容易に想像できる。



時の流れは待ってくれない。この荒廃していく世界に死の気配だけ残して。掛け値なしの絶望。βエンドルフィンで満ちた終末世界で、かれらはくしゃくしゃに萎んでいくのだ。



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