5−4

 隣街で領主と依然助けた兄妹が、森林荒らしの容疑者としてユウヒの元に案内することを決めた数日後の昼下がり。

もう日が高いにもかかわらず、ユウヒは自室のベッドに寝転んでいた。

むにゃむにゃとユウヒの寝言に合わせて、隣で兎もプスプス寝息を立てている。


 自堕落な光景にも見えるが、決して仕事をサボっているわけではない。

最近ユウヒは休日なしでハードな配送を繰り返していたため、休暇に充てているのだった。


 幸い、ここのところ大型配送案件が続いており、借金返済はかなり順調である。

特に沈没船空気配送と&隣町薬配送については、依頼主がこの街の領主だ。

昨日商業ギルド長がユウヒの代理として領主と交渉した結果、2案件合わせて金貨600枚という報酬を得てきた。

2割ギルドに納めても480枚が懐に入り、ユウヒの懐からはホクホクという音が聞こえてきそうなくらいな状況なのである。


 来るべき次の仕事に備えて、全力で休んでいるユウヒの部屋がノックされる。


「ユウヒ、お昼ご飯食べない?」


 商業ギルドの受付嬢である。

受付業務をこなす傍ら、時々こうしてユウヒに餌を与えて生息確認をしているのだ。

ギルド長に面倒見るように頼まれている、というのもあるが元々面倒見のいい性格ということもあり歳の離れた姉妹のような関係でもある。


 ふわああ、と大あくびをあげて体を起こしたユウヒが答える。


「うん、食べる」

「受付長くあけたくないから、ロビーで食べましょ。顔洗って降りてらっしゃい」

「はーい」


 トントントンと離れていく足音を聞きながらユウヒも身支度。

鞄をかけると、寝ている兎を抱き抱えて鞄に入れる。

準備終えて一階に降りていった。



 商業ギルド一階には受付があり、その前にはロビーがある。

ロビーには机や椅子がバラバラと配置してあり、自由に商談できるスペースとなっているのだ。

この日は1、2組ほど商談が行われていたが、空いている机の一つに受付嬢が座って大きな弁当箱を前にお茶を飲んでいる。


 ユウヒが身支度してロビーにくると、受付嬢が声をかけた。


「ユウヒ、こっち」

「ふわぁーい」

「座って」


 身支度はしたもののまだ眠いオーラを隠さないユウヒ。

目を擦り擦りあくび混じりに返事しながら受付嬢の座るテーブルにいき、向かいの席にトスンと座る。

ユウヒの膝上にあった鞄から兎がぴょんと飛び出すと、机の上に乗って座った。

受付嬢は机上の兎に轢かれないよう注意しながらユウヒの前にお茶をおき、弁当箱を開ける。


「ユウヒ、今日はサンドイッチ。食べるならシャキッとしてね」

「うん、あ、美味しそう」


 弁当箱の中にはパンにいろいろな具材が挟まれてたサンドイッチが並んでいた。


「これは燻製肉にレタスとトマト、これは卵。これは甘辛いソースで焼いたお肉を挟んだのね」

「おおお、ご馳走だ!」

「サンドイッチだけどね。ユウヒ好きでしょ?」

「うんうんうん、いただきまーす」

「あ、アリスには人参スティックあげるわね」


 サンドイッチを手に取ると、次々と口に入れだすユウヒ。

兎は受付嬢が一本ずつ差し出しす人参スティックをポリポリと食べてご満悦な雰囲気だ。

次から次へのサンドイッチを口に入れているユウヒの様子に受付嬢が呆れたように注意する。


「あんまりがっついてると喉詰まるわよ」

「らいりょーむ」

「口に入れながら喋っちゃダメよ」

「んむ」


 うなづいて追加のサンドイッチに手を伸ばした。


 その時、商業ギルドの入り口が勢いよく開けられた。

サンドイッチと人参に夢中な一人と一匹を除き、ロビーにいる人たちは一斉にドアのほうを見る。


 ドアを開けたのは以前ここで助けを求めた青年だった。

帯剣してはいないものの、鎧に身を固めた兵士らしき人物が三名ついてきている。

ロビーにいる商人たちは、物々しい雰囲気に何事かと気配を伺う。


 中に入ってあたりをうかがった青年は、ユウヒの姿を見つけるとバツが悪そうに指差して小声で兵士に話しかける。

兵士たちは顔を合わせて頷くと、ユウヒのテーブルに真っ直ぐに近寄って話かけた。


「運び屋兎だな?」


 話し掛けられて驚く、サンドイッチを口いっぱいに詰め込んだユウヒ。


「ふぁひ」

「いや、すまん。飲み込んでからでいい」


 ごくんと飲み込んでお茶で流し込み、改めて返事するユウヒ。


「はい、そうです。お仕事ですか?」

「いや、君にクラッシュヒポポタマスで森林荒らししたという容疑がかかっている」


 周りで様子を伺っていた商人たちと受付嬢が、一斉に頭を抱える。


「心当たりはないか?」

「そちらのお兄さんと一緒に森を走りました。荒らしたつもりはないですけど」


 荒らしてるだろ、と周囲が心の中で突っ込む。

受付嬢に至っては両手を組んで神に祈りだしていた。


 そんな周囲の様子を見ながら、兵士は落ち着いた様子でユウヒに問い続ける。


「カバに乗って森の中を走ったことは認めるんだな?」

「はい、走りました。でも街の外の森なんだけどな」

「そうか、ではついて来てもらえないか?」

「はい?」

「我々は隣街の領主様から命を受けてきている。山賊がクラッシュヒポポタマスを使役するという噂があってな。調査しているところなのだ」


 その様子を見ていた受付嬢が必死の形相で口を挟んだ。


「お待ちください。この街の領主様はご存じでしょうか?」

「別の者が、容疑者を連行することを伝える書面を領主邸宅に届けている」


 兵士が説明をしているときに、再び商業ギルドのドアが開いた。


「ユウヒ、まだいる?」


 息を切らせながら入ってきたのは、薬草調達を担う商人の女性である。


「森荒らしの容疑で連れていく、って書面が領主様のところにきて、ってもう来てるのね」

「どちらですかな」

「この街の領主の名代で参りました。こちら書面です」


 言うと彼女は兵士に向かって一枚の紙を差し出す。


「失礼しました、拝見してもよろしいですか?」

「お願いします」


 兵士は女性から書面を受け取り確認する。

読み終えると、書面をしまいつつ商人の女性に向かい、軽く頭を下げた。


「ありがとうございます。連行の形ではなく、街に出向いていただけるということですね」

「はい、1週間以内にそちらまで出頭させるようにいたします」

「かしこまりました。」


 2人の間で話がまとまる。

サンドイッチを飲み込んだものの話が飲み込めないユウヒはキョトンとしながら尋ねた。


「あれ、ボクどこか行かなきゃいけない感じ?」

「ユウヒ、ちょっと黙っててね。後で説明するから」

「では、我々はこれで。ご協力感謝いたします」


 言うと頭を下げて兵士達は気まずそうな青年を連れて商業ギルドから出ていった。

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