5−5
ギルドから兵士達が去ると、商人の女性と受付嬢がふー、とため息をついた。
「間に合ってよかったわ」
「どうなることかと思いました。でもユウヒが隣街に行かなきゃいけないんですよね」
「状況がよくわかってないんだけど、ユウヒが森をカバで荒らしているって言うのは本当なのよね?」
商人の女性の問いかけに、言葉に詰まる受付嬢。
ユウヒは確認された受付嬢に代わって、女性に応えた。
「隣街に行くときに、森の中をカバで走っただけだよ」
「あの森、カバで走れるような道なんかあったかしら」
首を傾げる商人の女性に、まっすぐな眼差しで答えるユウヒ。
「道なんかないから、真っ直ぐ走ったよ」
「待って、途中の木はどうしたの?」
「邪魔だからね。踏んだり蹴ったりだよ」
「文字通り、踏んだり蹴ったりしたわけね」
あっけらかんと答えるユウヒに、頭を抱えてうめく女性。
「これ、ちゃんと森林荒らしちゃってるじゃない」
「でも、急いでたからね。お仕事だし」
「それを言われるとなんとも言えないわね。領主様と相談しましょう。ユウヒ、いける?」
「うん。あ、でもサンドイッチ……」
この街の領主との作戦会議を打診されたユウヒは、未練がましくサンドイッチの方を見た。
受付嬢はため息をつきながらユウヒに早く行くよう促す。
「また作ってあげるから、領主様のところに行ってらっしゃい」
「うん、約束ね。じゃあお姉さん、領主様のところに行こっか」
「即答してくれて嬉しいわ。行きましょう」
呆れたようにユウヒに答える商人の女性。
2人はこの街の領主邸宅に向かうのであった。
領主邸宅の執務室に着くと、そこにはギルド長と領主の姿があった。
商業ギルド長は商談で領主邸宅に来ていたのだが、話を聞き執務室にて領主と話をしていたのだ。
領主がユウヒに向かって話しかける。
「おお、よくきてくれたな。あと先日は娘と話してくれて感謝する」
「いえ、ボクも楽しかったのでよかったです」
「……ただ、これはな……」
領主はそういうと手元の書面を見てため息をついた。
隣街の兵士が持ってきた文面である。
内容は、下記のような内容であった。
・両街の間にある森に山賊が出没しているため退治したい。
・山賊はゴブリンやクラッシュヒポポタマスを使役して、略奪や森林破壊を行っている。
・森林破壊については、山賊ではなく運び屋の仕業だと複数の証言がある。
以上を踏まえて、運び屋『兎』に重要参考人として話を聞きたい。隣街の領主邸宅まで連れていくので了承してくれ。
筋としてもおかしなことはなく、しっかりと仁義を切られているため拒否することは難しいのだ。
どうしたものかと頭に手をやって悩む領主に、事前に内容を見ていたギルド長が提案する。
「この文面に間違いがなく、実際に荒らしてしまっていることを考えると、素直に行くべきでしょうね」
「もちろん、そうだな。ただ、娘の友達を失うわけにはいかないから慎重にな」
「薬の追加を一緒に送って、お目こぼしを願うのはいかがでしょうか」
「薬を盾に要求を通すやり方はしたくないがな、仕方ないか。あとは私から書面で取りなしてみるか」
「ありがとうございます。お願いします」
真剣な表情で領主とギルド長が話し合っているのを見て、ユウヒは商人の女性にヒソヒソと尋ねる。
「……もしかして、大事になってる?」
「……ええ、あなたにとって、それなりに大事なはずよ」
ヒソヒソと返した商人の女性にあちゃあ、と言う表情をするユウヒ。
「……最近は街中で走らないようにしてたのにな」
「……あなた、街中でカバ走らせてたの?」
納得いかない表情を浮かべているユウヒに女性は呆れた。
そんなやりとりをしているうちに、真剣に検討していた2人は方針がまとまったようだ。
「運び屋『兎』、仕事の依頼だ」
「ひゃいっ」
突然領主から声をかけられて、おかしな返事をするユウヒ。
領主は気にせずに、家紋で封をした箱を差し出しながら続ける。
「配達先は隣街の領主邸宅、配達物は重要参考人の運び屋『兎』だ」
「はい、この前と同じところですね。配達物は、ボク?ですか」
「ああ、合わせてこの前と同じように薬と書面も持っていってもらうがな。お前1人であれば早くつけるのだろう?」
ユウヒがギルド長の方を見ると、ギルド長も頷きを返す。
それを見てユウヒは領主から荷物を受け取りつつ返事をした。
「配達先は隣街の領主邸宅、運ぶ物はボクですね。請け負いました。あ、でも」
「でも?何か気になることでもあるのか?」
煮え切らない顔をして答えるユウヒに領主が尋ねる。
「ヒポ、じゃなくて、カバで行っても大丈夫でしょうか」
「……」
「……」
「……」
3人とも黙ってしまう。
少しの間を置いてギルド長がユウヒに、子供に注意するように話かけた。
「森を通っちゃダメだよ。あとは街中にも入っちゃダメ。街の近くに着いたら降りていくこと。注意するようにね」
「はーい、了解。それじゃあ配達行ってきます」
「では私も。領主様、運び屋を邸宅の外まで連れていきますね。失礼します」
元気よく返事をするユウヒと、丁寧に挨拶をするギルド長の2人が執務室から退出した。
部屋に残った領主は商人の女性にボソッと問いかける。
「大丈夫なのか?」
「大丈夫に見えます?」
「……」
黙ってしまった領主、反射的に本音で返してしまった女性、2人の沈黙がもう少しの間続いたのだった。
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