4−5
街道を走り出した、ユウヒが乗るカバ。
すぐに速度が時速60km程度まで上がる。
「おお、ヒポ、調子いいねえ」
時速60kmは通常状態のカバであればトップスピードに近い速度だ。
カバの速度はカバの機嫌によるところが大きく、果物を与えるとレギュラーガソリンの車がハイオクターボ付きに化ける位の違いが出る。
ヒポへの燃料供給を主に行う顔見知りの商人が果物を与えたがらない理由がこれだ。
絶好調のカバが街道を数分走ったところで、ユウヒが森の奥に向かって木々が薙ぎ倒されているのを見つけた。
以前山小屋に向かう際にカバで往復した場所だ。
「ヒポ、ここ入るよ」
自然愛護と配達効率を考えて、山小屋までは以前と同じルートで進むことにしたユウヒ。
ぶもっと答えてカバは倒れた木々を踏み潰しながら山小屋へと爆走した。
少し走ったところでユウヒの目に煙突から煙が出ている山小屋が見えてきた。
そして、山小屋が何かに取り囲まれているのを確認して、一旦カバを停止させる。
「あれ、なんか変だな」
山小屋を取り囲んでいるのはゴブリンだった。
簡単にだが武装しており、物々しい雰囲気である。
しかし、ゴブリンがいること自体はそこまで珍しいことでもないし、先日もゴブリンのど真ん中に集荷に来ている。
ユウヒが怪訝に思ったのはゴブリンがいることではなく、ゴブリンが山小屋を襲わないことについてだった。
山小屋から煙が出ていると言うことは誰かが利用しており、普通に考えればゴブリンに襲われるので危険な状態だ。
しかし、山小屋を取り囲むゴブリンは襲っているようには見えず、むしろ守っている様すら見える。
「……どうしよ」
混乱して判断に迷うユウヒ。
無視して突っ切ってしまうか、山小屋とゴブリンの様子を伺うのか。
しかし、迷っていた時間は極わずかな時間で方針を決めた。
「お仕事に関係ないしね」
あっさり気にしないことにすると、鞄の中から何個か煙幕の魔法石を取り出す。
ユウヒはカバの上で肩を回し、ウォーミングアップに余念がない。
「運び屋のお仕事は配達!ヒポ、とっつげきー!」
ユウヒは勢いよくカバに指示を出すと、以前と同様煙幕の魔法石を投げ込みながら山小屋通過を目指す。
パリン、ぼふん。
パリン、ぼふん。
魔法石が割れる音とそこから大量の煙が発生し、あたり一面に煙が充満して獣達が逃げ出す。
その煙でほとんど視界が見えない中、ユウヒは一直線に山小屋を目指してカバを走らせていた。
煙の中でぐぎゃぐぎゃと騒ぐゴブリン達のど真ん中をカバが走り抜ける。
前回と違い、ゴブリン達は煙から逃げ出していないが混乱している様子で統制が取れていない。
時々ゴブリンを引っ掛けながらも戦闘にならずに山小屋通過できそうになったその時、山小屋のドアが開いた。
思わずカバを減速させてその様子を見守るユウヒ。
中から男性が出てきた。
「何の騒ぎだよ、これは」
怪訝そうにあたりを見渡す男性とカバ上のユウヒの目が合う。
「あの時のおじさん?」
「あの時の運び屋じゃねえか!」
薬草を積んだ船に荷物を配達しようとしていた時、船上でユウヒに近寄るなと言っていた船員である。
そして、船員は自分達で船を沈めてまで薬を作るのを妨害したい人達だったとユウヒは覚えていた。
「こんなところで何して」
「やば。じゃね!」
言いかける船員の言葉をさえぎって、ユウヒは煙幕魔法石を地面に叩きつける。
パリン、ぼふん。
たちまち船員とユウヒの間にも煙が立ち込めて視界が見えなくなった。
「うわっ、何しやがるっ」
「ヒポ、脱出!」
煙でお互い見えない中、ユウヒは自分の方向感覚を頼りに隣街の方向に向かってカバを走らせる。
あっという間に山小屋の横を通り過ぎて、森の中に向かう。
べきべきばきばき。
木々を薙ぎ倒して走り去っていくカバ。
元船員の男は、山小屋の中にも注意を呼びかけつつ煙が落ち着くのを待つ。
「くっそ、荒らしてくれるじゃねえか」
煙が落ち着くと、山小屋の中で状況を伺いつつ守っていた別の男が出てきて尋ねる。
「お頭、追いかけますかい?」
「追いつける速度じゃねえ。ほっておけ。追いつけないにしても」
頭と呼ばれた元船員が喋りながら、薙ぎ倒された木々のほうを顎でしゃくる。
倒された木々が転がり、道がひらけたというほどではないが音が聞こえ土煙も見えて方向は分かり易い。
「あいつらの進む方向は丸わかりだからな。直進するつもりなら街を目指してるだろうさ」
「ちげえねえ」
「とりあえず、怪しい運び屋が街に向かったってことを伝えておけ」
「了解だ、お頭」
「後は仕事の準備だ。召喚士にゴブリン共を従い直しておくように言っておけ。次の獲物は逃さねえようにな」
「おう、わかった」
頭と子分といった雰囲気の2人がやりとりを終えると、子分の男性は山小屋の中に戻って行った。
頭の男性は、薙ぎ倒された木々の奥を見つめて呟く。
「運び屋ね。なんか妙に見た顔なんだよな」
首を傾げながらも自分も山小屋の中に戻っていったのであった。
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