3-5

幸いなことに籠城した部屋には1週間くらい篭れる食糧と水があった。

空気がない、と言う致命的な欠点をユウヒが補った今、半日間生き延びるだけは全く問題ない。


2人は話をした。


女性はユウヒに運び屋としての仕事がどのようなものかを聞いた。

カバの話。梟の話。亀の話。

女性は聞き上手で、コミュニケーションが苦手なユウヒからエピソードを引き出しては共感して、笑いあった。


ユウヒが話に詰まると、今度は女性が自分の仕事の話をする。

商人としての失敗談、いけ好かない商売相手。

ユウヒが興味を持ちそうなところを探して話を続ける。


そして話が詰まってくると、水を飲み、携帯食料を食べて、野菜を兎にあげた。

兎を撫でて、また話をして、疲れたらちょっとウトウト休む。


何時間たっただろうか。

緊張感が全くなくなっていた2人だが、ふと女性が兎を見ながら呟いた。


「それにしても懐かしいわ。アリスにそっくり」

「え?」


ユウヒと兎が同時に女性の方を向く。

女性は兎をぼんやりと見ながら、昔懐かしむように話だした。


「私が子供の頃、ギルドで時々見かける兎がいてね。みんな、アリスって呼んでたわ」

「どのくらい前?」

「10年以上前よ。兎を連れた物静かな綺麗な人がいたの」

「……どんな人だったの?」

「顔は忘れちゃった。ただ、優しい人って言うのは覚えてる。商談で構ってもらえない私は時々兎と遊ばせてもらったのよ」

「ふうん」


思い出しながら、ゆっくりと話す女性。

ユウヒは気のない返事をしているようで、その実は食い入る様に話を聞いている。

女性は兎を撫でながら話し続ける。


「そのあと、商売でこの町を離れちゃってね。風の噂で、その人流行病で亡くなっちゃったって聞いたの。なんとなく、敵討ちなんだ、今回の取引」

「敵討ち?」


女性の口から商売としては似つかわしくない単語が出てきてユウヒは思わず確認する。

女性は積荷の方を見て話す。


「この薬草ね、その流行病に有効な新薬の原料なの。使える期限と輸送が難しいのが問題でね」

「うん」

「やっとまとまった量を調達できるようになって、領主様とギルド長に届けられる所まできたのよ」

「でも、なんで邪魔されるの?」


ユウヒの疑問に対して、女性は怒りを露わにする。

吐き捨てるように呟いた。


「あの流行病によって儲けてる連中がいるのよ。効果も薄い、副作用も強い、費用も高い治療薬でボロ儲けしてる連中がね」


その言葉を聞いて衝撃をうけるユウヒ。


その治療薬は、かつてユウヒの父がユウヒの母を救うため、全て以上を捧げて手に入れた最後の希望。

希望は幻で、金に目をくらんだ人間の懐を潤すためのものだったと、女性は言っている。


あまりの衝撃にくらくらきているユウヒに気づかずに女性は続けた。


「そんな連中に一泡吹かせてやれるはずなのよ、今回」

「あのさ、ボクも手伝いたい」


唐突に強い意志を見せたユウヒに戸惑う女性。


「どうして?」

「お姉さんが昔あった女の人、多分私の、っと」


ユウヒが言いかけたところで、急に部屋全体が動き出した。

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