2−6

「っ」


 薄暗いバルコニーに令嬢が出てくる展開を予想してなかったユウヒ。

見られた、と焦るユウヒの肩に木の上から急降下してきた梟が止まる。


 しかし、令嬢はどこか嬉しそうにユウヒに声をかけた。


「鳥さんもいらっしゃるのですか?」

「こんばんは」


 令嬢の前に立ったユウヒは梟の能力で令嬢に暗示をかけることを試みる。

元々見ず知らずの人間からの文を受け取ってもらえるとは思っていない。

梟の能力で誤認させて強制的に受け取ってもらう予定だった。


「アヤシイモノ、!?、ダメダ」

「!?」


 梟は催眠術をかけようとするが、何かに気づき断念する。

予想外の事態に訳も分からず焦りが募るユウヒに対して、令嬢が何事もないように再び声をかけた。


「本当にどなたかいらっしゃるのね。うれしいわ」

「うれしい?」

「屋敷の中は退屈で。お話し相手になっていただけないかしら?」

「……いいけど」


 そういうと令嬢は部屋の中に誘う。

ユウヒは迷ったが、仕事の達成には文を渡さなければならない。

覚悟を決めて令嬢について部屋に入っていく。


 令嬢は部屋に入ると、編み物をしていた椅子に座ってユウヒに話しかける。


「そこらへんに椅子があると思うのだけど」

「うん、あります」

「よかったら、その椅子にお掛けになって」


 椅子の方向に目を向けない令嬢の姿に、ようやくユウヒは事情に気が付いた。


「もしかして目がみえないの?」

「そうなの。10年前に病で光を失ってしまって。それ以来、ずっとお家の中なのよ」


 外出しない理由、領主の過保護ぶり。

諸々の背景を理解したユウヒ。


「大変だね」


 仕事モードならいくらでも話せるが、友達といえば召喚獣くらいしかいないユウヒ。

同年代の人間とのコミュニケーション能力が乏しい彼女に出せた言葉はこのくらいだった。

しかし、コミュニケーションの乏しさについては令嬢も負けていない。


「そうなの、大変なのよ。で、何をしにいらしたのかしら?」

「ボクは運び屋でね。文を届けに来たんだ」

「文?」


 困惑した表情を浮かべる令嬢。


「あ、読めないか」

「そうね、読めないわ」

「どうしよっか」

「どうしようかしらね」


 今度は困惑したユウヒに対して、クスクスと笑う令嬢。


「文だけじゃなくて、本も読んでみたいのだけどね」

「ヨミタイ?」


 そこまで大人しく沈黙していた梟がおもむろに言葉を発した。


「どなたですの?」

「デモン。ボクの友達の梟なんだ」

「まあ、しゃべれる梟さん。素敵だわ」

「ヨメルヨ」

「え?」


 困惑する令嬢だが、ユウヒは梟の意図に気づいた。


「ああ、そっか。デモン、お願いしてもいい?」

「モチロン」


 梟と確認すると、ユウヒは令嬢に声をかける。


「ちょっと手を貸してね」

「?わかりました」


 意味が分からないながらもユウヒに導かれて手を伸ばす令嬢。

その先には梟がいた。


「じゃあ、いくよ」


 梟に令嬢が触ったのを確認してユウヒが宣言し魔力を込める。

すると梟の目が光って、視界が共有された。


「え、え、え」


 令嬢の光を失った目に、白黒だが確かに失った世界が映っている。


「見える、見えるわ……」

「見える?そしたらお届け物を渡すね」


 梟の正面に回り込み梟の目に映るように文を渡す。

文を梟の視界で見た令嬢は震える声でユウヒに頼む。


「……開いてもらえないかしら」

「うん、開くね」


 長々と書かれた好意を寄せられる文章をゆっくりと読む令嬢。

ユウヒは令嬢の指示に従って文をめくって梟に見せていた。


 5枚ほどの文をめくり終わって、息をつく令嬢にユウヒが声をかける。


「読めた?」

「読めましたわ。まさか、読めるなんて」

「どうだったの」

「中身は読めたものじゃありませんでしたわ」


 二人で笑う。

ひとしきり笑った後、ユウヒが令嬢に話しかけた。


「そしたら、受け取り書にサインしてほしいんだけど」

「ああ、運び屋さんですものね」


 ユウヒはそう言って、梟の目に受け取り書を見せる。

令嬢はうんうん、と頷きながら受け取り書を確認する。


「サインできる?」

「できますわ。でも、梟さんの目を借りたままだと難しいですわね」

「そうだね、デモン」

「オワリ」


 梟の目が元の色に戻り、ユウヒの肩に戻った。

令嬢は名残惜しそうに梟に触っていた手を握った後、手探りでペンを持つ。


「受け取り書とサインする位置を教えてもらえるかしら」

「うん、ここにサインしてね」


 言われるがままにサインする令嬢。

サインを終えた令嬢にユウヒが声をかける。


「配送完了。ご利用ありがとうございました」

「はい、お疲れさまでした」


 言い合って、再び二人で笑う。


「ありがとね。助かっちゃった。」

「私のほうこそ。運び屋さんなのよね、お仕事お願いすればまた会えるかしら」

「うん、商業ギルドで運び屋『兎』に頼んでもらえれば来れるよ」

「わかったわ、お父様にお願いしますわ」


 うんうん、と頷く令嬢。

ちょっとずれた依頼になりそうだな、と思いながらも少し暖かい気持ちで令嬢を見るユウヒ。

同年代とのコミュニケーションをもう少し取りたいという気持ちになっていた。


「仕事じゃなくても、近く来たら遊びに来てもいいかな?」

「え、来てくださるの?もちろん大歓迎よ」

「デモンも一緒にくるね」

「ホン、オススメスル」

「どうしよう、本当にうれしいわ」


 涙ぐむ令嬢。

そこに令嬢の部屋がノックされる。


「見つかったら、まずいですわね」

「うん、今日は帰るね、また今度」

「楽しみにしてますわ」

「じゃあね」


 バルコニーに向かうユウヒ。

あっという間に夜の闇に消えていった。



 ノックしたのはこの屋敷のメイドである。

部屋に入るといつも通り編み物をする令嬢の姿。


「あら?」


 メイドが怪訝な声をあげる。

令嬢がそれを聞いてメイドに声をかけた。


「どうかしましたか?」

「はい、お嬢様。立派な鳥の羽が落ちてまして」

「ああ、もしかしたら梟かしらね」

「梟?ですか?」

「ええ、だったら素敵だな、と思っただけですわ」


 いつもよりも明るい表情の令嬢がそこにいたのであった。

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