神絵師の腕を喰らう
四志・零御・フォーファウンド
第1話
コハルは日々SNSにイラストを投稿している。
所謂、絵師というヤツだ。
具体的な指数は存在しないが、ひとたびイラストを投稿すれば瞬く間に何万人に「いいね」を押され「拡散」して「バズる」
コハルは『神絵師』を目指していた。
——が、現実は甘くない。
現在のコハルのフォロワー数は100。イラストを投稿しても良くて50いいね。人気のアニメキャラクターでそれだ。
普段のラクガキだと数件。
底辺も底辺の絵師。
「……この絵もダメか。作り直しだな」
コハルはキーボードから手を離して、タイムライン上に流れる『神絵師』たちのイラストを眺めながら、親指の爪を噛む。
そして、悔しさをバネに新たな文字列を打ち込み始めた。
*
退屈だった授業は、ノートの隅にラクガキを描いてやり過ごす。気づいたら帰りのホームルームが始まっていた。授業の内容なんてこれぽっちも覚えちゃいない。
そして、窮屈な室内から解放された放課後がやってくる。
帰宅に全力を注ぐ者もいれば、コハルのように部活に勤しむものもいる。
コハルはしゃぐ学生たちの群れをすり抜け、廊下の突き当りまで進む。頭上にある「美術室」という左に傾いた名札を一瞥してから教室に入った。
「ども」
急ぎ足で教室を出たつもりだったが、2名の先客がいた。
コハルの声にいち早く反応したのは、教室の手前の席に座るタブレット端末を持ったショートカットの女子だった。
コハルのいる角度からは、校則で禁止されているピアスが彼女の耳元で主張しているのが丸わかりだ。
「お~そ~い~わ~よ~! コハル!」
コハルの顔を見るなり、子供の
「リコ、おまえが早いんだよ」
「そんなことないわよ。アタシよりも
その言葉に、教室の一番前で油絵のデッサンをしている千駄木が振り返った。
「当たり前や。授業サボっとるもん。絵に対する心構えはウチを見習ってくれや」
「千駄木先輩、またサボったんですか。担任に怒られますよ?」
「知らん。ほんならウチよりも上手い絵描いてみい話や。コンクールも近いんや、それぐらい融通利かせぇ」
担任教師に対して理不尽な文句を言うと、千駄木は椅子を座り直してデッサンを再開した。
「そういえば、昨日SNSにあげてたコハルの絵、良かったわよ」
「……いいや、良くはないだろ。いいねの数いくつだと思ってるんだ」
「30。ついでにリツイートは15」
「傷を抉るな」
リコの即答にコハルは苦い顔で応じた。
「昨日のアタシがアップ絵は30分でいいね、リツイート共に1000超え。……おっ、現時点ではどっちも3万越えじゃないですか。覇権アニメの絵はやっぱり拡散力が凄いなぁ」
リコはポケットからスマホ取り出すと、わざわざSNSの画面をコハルに見せつける。
まず目に飛び込んで来たのは、プロフィールに書かれた「唐揚げ利己太郎」という名義と、10万越えのフォロワー。
そして、プロフィールのトップに固定された件のイラストは、流行りの絵柄と構図を踏襲しつつ独自の色彩表現でリコという唯一の絵師らしさを演出していた。
「オマエの場合、覇権アニメとか関係ないだろ。この『神絵師』め……」
「そんなに恨めしいなら、『神絵師』の腕でも食べたら?」
「は? 腕を食べる?」
「知らないの? 最近SNSで流行ってる噂」
リコはツイッターのホーム画面を更新する。無言を貫くコハルに対して、ようやく顔を上げると「ホントに?」と顔をまじまじと見つめた。
「知らない」
「だから友達いないのよ」
「うっせえ」
「……動物同治って知らない? 身体の不調の部位と同じ部位の食べ物を食べると調子が良くなるっていうアレよ」
「聞いたことあるかも。目が悪けりゃ魚の目玉を食えってばあちゃんに言われたことあるわ」
「それよそれ。んで、『神絵師』の腕を食べると自分が『神絵師』になれるのはそこから来てるのよ」
「へー」
「……実は私、『神絵師』の腕を昔食べたことがあってね」
「わー、こわーい」
コハルは感想を棒読みで呟くと、リコは表情を険しくしてコハルの横腹を殴った。
「そんなんだからネットにもリアルにも友達いないのよ! ……部長はこの話、信じてくれますよね?」
話を振られた千駄木は一度手を止めると、ゆっくりと振り返った。
「そない話、誰が信じんねん。んな戯言の前に、ジブンの腕を動かした方がええんちゃいます?」
その通りだ。
図星を突かれたリコは一瞬だけしょんぼりした表情をしたが、次の瞬間には元の笑顔に戻っていた。
「先輩はフォロワー数80万人越えの『神絵師』だからそんなこと言えるんですぅ~」
「うっさいわ。ジブンの腕動かした結果や」
千駄木は背中越しに突っ込んだ。
「さて、部長の言うことも事実だし、私たちもコンクールに向けて頑張りましょうか」
リコの言葉に、コハルは頷いて、2人は次のコンクールの課題である水彩画の準備を始めた。
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