第64話 体温と姫とショッピングモール

うちの資源採掘船は遠隔操作でミッションを熟す予定だが、最初から人が乗れるように設計されているため、有人飛行も可能となっている。


そのため、宇宙機ではなく宇宙船という呼称を使っているわけだ。


重力制御で飛ぶ船という事もあり、宇宙へ出ても機内は地上と同じ重力環境のまま。


その気になれば、何の訓練もしていない素人だって普通に乗せられる……らしい。


とまあ、そういうスペックがある機械であると、あらかじめうちのサイトでは公開されているのだ。


そうなると、どんなものなのか乗ってみたいと思うのが、人の性というものだろう。


ただでさえ、普通の人は一生乗れないなんて言われている宇宙船だ。


俺だって、きっとサイコドラゴンを持っていなければ乗ってみたいと思ったに違いない。


なんせ、日本発の宇宙船で人が宇宙に行った事はいまだかつてなく、もし成功できれば歴史に名を残す快挙となる。


カワシマ・ワンの試験飛行の目標が月だという事はすでに周知されていて、もしそれに乗って行けたとなれば、そのパイロットは月に上陸する事だって夢ではないのだ。



「ベンチャーの一発目なんて絶対失敗する」



と、そう言われてはいるのだが……


もし月に立った人間となれれば、それは人類が未だダンジョンという災害に見舞われていなかった頃の、熱い宇宙開発時代以来の偉業となるだろう。


なーんて、そんな事を考えている人間が、意外と各所にいるんだろうか?


カワシマ・ワンが完成したというニュースが流れた数日後、これまで「お手並み拝見」とばかりに静観を貫いてきた、国立宇宙研究所から連絡が来た。



「もしカワシマ・ワンが無事に戻り、次の飛行があるならば宇宙飛行士を派遣しましょうか?」



そんな何とも言えない連絡が来て、丁寧にお断りをした。


有人宇宙飛行というのは、うちの計画にないからだ。


うちは川島宇宙旅行ではなく、川島アステロイド、あくまで小惑星から資源を採集する事業なのだ。


無人でも問題なく小惑星をキャッチできる機能がある以上、リスクを冒してまで人が乗る必要はない。


しかし、なぜか計画の詳細をきちんと把握しているはずの自衛隊からも、同じような連絡が来た。



「第二次飛行に向けて、宇宙飛行士候補を派遣する」



そんな通達のような連絡が来て、当然これもしっかり断った。


なんと言えばいいのだろうか?


これまであんなに、胡散臭い詐欺企業扱いをされていたというのに……


いざ実際に宇宙に船が飛びそうになると、途端にこの様だ。


いかに宇宙というものが人の心を惑わせるかというのを、まざまざと見せつけられたような気持ちだった。


なお「他所の人間が乗るぐらいなら俺が乗る」と息巻いていた、元冒険者の社員がいたらしいが、そちらは普通に部長からお叱りを受けて終わったらしい。





そんな躍進の秋が終わり、待望の冬もいよいよ深まった。


カワシマ・ワンの受け入れ先、姉ヶ崎のロケット発射場の準備も完了し、初飛行の計画もいよいよ大詰めになってた十二月初頭。


俺は姫と一緒に、大型ショッピングモールを歩いていた。



『いよいよクリスマスに発射となりました、月へ行くカワシマ・ワンロケット……』


「だからロケットじゃないんだってぇ……」


「重力制御なんだよ」


「何回も聞いたってぇ」



モールの電気屋のテレビ前、なんだか疲れた感じのお母さんに手を引かれた子どもたちが、ニュースにツッコミを入れながら歩いていく。


悪名無名に勝るという事なのか、それとも月に行くという計画がわかりやすくて良かったのか。


カワシマ・ワンの初飛行は、ぶっちゃけ人気のない宇宙関係のニュースにしては、結構デカい扱いをしてもらえていた。


とはいえ相手からしても「重力制御と言われても……」という感じなのだろうか、技術的な部分についてはなかなか適当に報じられているようだ。



「よかったじゃんトンボ、テレビよりカードやってる子供の方が良く知っててさ」


「……まぁ、ああいう事は子供の方が好きだからね」



隣を歩く姫にからかわれるのがことのほか気恥ずかしく、俺はそっぽを向いてそう答えた。


年末も迫り、なんとなく急かされているような気がする師走の始め。


今日の川島家は、このショッピングモールまで電気カーペットを買いにやって来ていた。


これは年末の大掃除の後に床へ敷くつもりの物で、通販で買えばいいだろうと思っていたのだが、姫が現物を見て決めたいと言い張ったのだ。


ちなみにマーズとシエラは着いて早々に輸入食品を扱うコーヒー屋へと向かい、後でフードコートで待ち合わせる予定。


なので、物自体はこれから俺と姫の二人で選びに行くところだった。



「おっ、うちの商品」


「おお、こんなとこまで売り込んでくれてんだ」



姫が指差した先、電気屋の日用品コーナーにあったのは、うちが発売している宇宙技術で作られた超断熱水筒だった。


紐のついた円柱形のそれは、パッと見は無骨なだけの水筒だ。


だが中身は凄まじい断熱性能を持ち、きちんと蓋が締められているならば、一ヶ月ぐらい内容物の温度を保ってくれるというものだった。


ぶっちゃけ一ヶ月も温度が保てたところで、開ける頃には中の物は腐っているだろう。


要するに、オーバースペックな一品なわけだが……


わかりやすさがウケたのか、高い値段の割にそこそこ売れていた。



「宇宙船モデルのやつもあるね」


「あ、吉川さんが作るって言ってたっけ」



多分上からシールを貼っただけだと思うが、カワシマ・ワンのグラフィック仕様になっているものもあった。


ダブルネックの今川さんから、ドッケンモデルも作るから単価下げてくれって話を受けていたが……


ぶっちゃけ他社との兼ね合いで価格を高くせざるを得ないところがあるから、出しても子供には買えないと思うんだけどなぁ。



「他はなんかあるかな?」


「電気カーペットは?」


「そっちは後で見に行くから。たまにはさ、こういうとこゆっくり見るのもいいっしょ」



姫は俺に向かってそう言いながら微笑んで、体温の低い左手で俺の右手を握った。



「ちょ、ちょっと……」


「だめ?」



姫はそう言いながら肩越しに微笑み、俺の文句なんかお構い無しで、そのままグイグイと手を引っ張っていく。


まぁ、姫と買い物行くのって、いつも近所の激安の御殿ごてんキテコーテだしな。


そもそも彼女はあんまり家から出ないし……


ストレス解消になるなら、まぁいいか。



「で、何見に行くの?」


「何でも」



何でも、と言った通り、姫は目に付く店全てに立ち寄った。


楽器屋の店先でスタイロフォンをピーピー鳴らし、雑貨屋で弾丸みたいな形のお香を買い、本屋でファッション誌をパラパラと捲る。


本屋には、ドッケンが載っている漫画雑誌も売っていた。


先月俺が作りまくった特典カードが付録として付いてくる号のようで、出たばかりなのに平台には残り二冊程度しか乗っていないようだった。



「おっ、あれもうちのじゃん」


「あー、吸水タオルね」



スポーツ用品店の通路側に置かれていたのは、うちが販売している吸水速乾タオルだった。


普通のタオルサイズのグレーの布地に『川島』とロゴの入れられたそれは、布の中に約三リットルの水を吸い込むというとんでもない品だ。


普通それだけ水を吸い込むなら、触れた肌からも水分を奪いそうなものだが……


そこは宇宙の枯れた技術の集合体、なぜか水は吸っても肌が荒れたりする事はないという、魔法のような商品になっていた。



「臭くならない中敷きもある」


「これ、気無きなしさんの娘さんが、お父さんにプレゼントしたって言ってたね」



こちらも地味にヒット商品だ。


競合他社との兼ね合いを考え、性能と比例して値段も高くしてある川島の商品にしては珍しく、割とお手頃な商品だからだろうか……


もうすでに定番商品になりつつあるようで、靴のチェーン店なんかにも納品されているらしい。



「こうして見ると、うちもなんだかんだ結構受け入れられてるんじゃん」


「性能が凄いしね。下請けの営業の人も頑張ってくれてるしさ」


「作ってる社長トンボの功績わい」



姫に肘で腋をつつかれていると、上着のポケットに入っていたスマホが震えた。



「あ、マーズだ」



スマホの画面には『専務』という名前で電話がかかってきていた。


今日は一応別行動をするという事で、会社からマーズ用に支給されているスマホを渡していたのだ。



「あ、もしもし」


『トンボたち何してんの? もうシエラはご飯食べ始めちゃってるよ?』


「え? あ、じゃあさっさとカーペット選んでそっち行くね」


『まだ選んでないの!? デートが楽しいのはわかるけどさぁ、さっさと選んじゃってよ。僕ももう食べてるからね』


「ごめんごめん、わかったよ」



俺が電話を切ると、姫は苦笑して肩をすくめた。



「ご飯食べてから選びに行く?」


「そうしよっか」



彼女はまた俺の手を取って、エレベーターの方へと歩き始めた。


休日のショッピングモール、それも日用品のフロアという事もあってか……


周りを見ると、子連れの夫婦やカップルばかりだ。


俺は引かれていた手を辿り、姫の横に立って歩き出した。


彼女が横目でこちらを見て、歯を見せて笑う。


俺もちょっと気恥ずかしい気持ちを抑え込み、同じように歯を剥いて笑い返す。


結局、フードコートのすぐ近くまで……


温度の低い彼女の手と俺の手は、離れる事はなかったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る