第58話 顔見せと姫とテーピング

「つーわけであたしと専務は、人がすでに宇宙進出を果たした場所から来たわけ。この星の人からすれば、映画とかに出てくる宇宙人と同じって事になるかな」


「……はぁ」


「そうだったん……ですね」



会社で行われた緊急の会議。


そこに、会社の誰も見たことのなかった謎の副社長が現れ、自らが宇宙人であると宣言する。


こんな事って、世の中にはそうないはずだ。


だからこそなんというか、もうちょっとぐらいはいい反応を期待していたわけだが……


部長たちは、なんだか困ったような様子で顔を見合わせるだけだった。



「まぁ、なんとなくはそう思っていたというか、なんというか……」


「ぶっちゃけ地球人からすれば、異世界人も宇宙人も変わんないですからね」


「ねぇ、マーズくんのとこは地球より文明進んでるんだろうなってぐらいに思ってました」



会議室にいる飯田、阿武隈両部長と、吉川課長はそう言って苦笑するだけだ。


唯一宇宙大好きな雁木さんだけが目を輝かせていたが、それはもう個別に副社長へ質問メールでも飛ばしてもらおう。



「まぁ、バレバレだったかもしれないけど、今こうしてきちんと打ち明けたのには理由があるの」


「理由ですか?」


「そう、そろそろ川島総合通商でも大っぴらに宇宙の商品を扱っていこうと思っててね。その件で迷惑かけるから、こうしてちゃんと説明に来たってわけ」



と、そう姫が打ち明けたところで、始めて会議室に緊張が走る。


とはいえ、人に何かを伝えるという事において、宇宙一のアイドルだった姫よりも優れた人はいないわけで……


恐らく彼女が最もその能力を発揮できる対面という状況で、微に入り細を穿つ説明を受けた役職者たちは、全く反発無くその計画を受け入れた。


というか、多分これは姫一流の新米社長へのレクチャーだったのだろう。


こういう風に計画を説く、という最高の教材を見せられ、俺は何もしていないのになんとなくプレゼンが上手くなった気がしていたのだった。


そんな会議から丸一ヶ月が経ち。


色々と計画は動いているが、まずは物や環境を整えていかなければならないものばかり。


そんな中で「現物があるなら」と、毛生え薬を使ったポイントサービスは他に先行して始められた。


するとそのタイミングで、買い取り担当者がびっくりするほど、ドカッと素材を納品してきた者たちがいた。


しかも一つのパーティだけじゃない、三つのパーティが競うようにして納品してきたそうだ。


一つの納品者はスキンヘッドの、いかにもいかつい中年冒険者の率いるパーティ。


もう一つはなんだか違和感のある髪型の、線の細いイケメン冒険者が率いるパーティ。


そして最後の一つは、四人の美女を引き連れた、真夏でもニット帽を被っている柔和な大男が率いるパーティだ。


その三パーティは『増毛祈願(おまじないです)』というふざけた商品が川島アプリに追加された途端、脇目もふらずにポイントを貯め始めたのだ。


そしてあっという間に安くはないポイントを稼ぎ上げ、三組がほぼ同時に増毛祈願を申し込んできたのだった。





都心からはそこそこ離れた川島総合通商の新本社、その会議室で俺とマーズとシエラは毛生え薬と道具を用意して待機していた。



「しかし増毛祈願だなんてさ、受ける側も怪しいと思わないのかな?」


「そりゃあこれまでうちの会社が築き上げた風評ってやつじゃない? 川島なら何があってもおかしくないと思わせるだけの事をしてきたし、なおかつもっと思ってもらわなきゃいけないわけでしょ?」


「じゃあこれが上手くいったら、もっと風評が生まれるって事?」


「そうなったら、トンボの仕事は社長じゃなくて薬塗り係になっちゃうかもね」


「うへぇ……」



そんな話をしていると、会議室がノックされた。



「どうぞ」


「失礼します、本日おまじない・・・・・を受ける方をお連れしました」



そう言って入ってきた総務部の社員が連れてきたのは、冒険者の三人だ。


バケットハットを被ったムキムキの冒険者は興味津々といった様子で、違和感のある髪型をしているイケメンはなんだか縋るような目つきで、ニット帽を被った大男は苦笑を浮かべながら、全員がこちらを見ていた。


別にやるのはそれぞれ別日にでも構わなかったのだが、どうも三人ともそのパーティごと知り合いらしく、なんならポイント稼ぎを合同でやっていた日もあったらしい。


まぁ、お互いに情報は表に出さないという契約書を交わしているので、三人同時でも問題ないと言えば問題ない。



「ようこそいらっしゃいました、社長の川島です。本日はこちらでおまじない・・・・・をやらせて頂きます」


「おっ、よろしく」


「よろしくお願いします」


「うん……」



挨拶もそこそこに、俺が「ではお帽子をお取りください」おと言うと、全員が・・・頭に被っている物を脱いだ。


そこにあったのは、あるべき生え際の部分に幅広のマスキングテープで線が引かれた、それぞれの禿頭。


中には部分的に髪が残っている人もいたが、それは事前に剃ってきて貰っていた。



「皆さん、マーキングはしてきて頂けたようですね。ありがとうございます」


「社長さんよぉ、こんな事させるぐらいなんだから、期待したっていいんだよな?」


「それは体質に依りますから。ただ今のところ、受けた全員が一日で産毛までは生えています」


「そりゃあいいや」



俺達だって、別にぶっつけ本番でこの企画を立ち上げたわけじゃない。


錬金術師に手紙を送って追加で情報を聞き出したり、社員の身内などで極秘裏にテスターを募りテストをしたりして、毛生え薬のだいたいの使い方は確立しておいたのだ。


そうして固まった仕様では、補魔剤マナポーションを少し混ぜた毛生え薬を一時間おきに六回塗れば、毛根の死滅した場所にも毛が生えるという事がわかった。


ただ一つだけ問題があり、それは毛が生えすぎるという事だった。


塗るのを被験者自身に任せた初回の実験では、たっぷりと薬を塗りつけたおじさんの耳の裏にまで毛が生えてしまったのだ。


本人は「脱毛サロンにでも通おうかな」となんだかまんざらでもない感じだったが、失敗は失敗。


そのため、次の実験からは被験者に毛の境界線にマスキングテープを貼ってもらい、その上から養生シートを貼る事で不要な毛を生やさないようにしていた。


なんだか塗装作業でもやっているみたいだが、まぁいずれもっといい方法を思いつくだろう。



「じゃあ、早速始めていきますね」


「はいはい」


「お願いします」


「お手柔らかにね」



俺とマーズと総務部のおまじない担当社員、その三人で生え際に沿って養生をやり、薬液をペタペタと塗りつけていく。


一時間ごとに塗り足すので本当に一日作業になるが、まぁこの増毛のまじないはポイントも高いし、怪しいし……


マーズが言うほどには予約が入ることもないだろうから、これから先は担当社員にお任せでもいいだろう。


途中食事等を挟みながらおまじない・・・・・の時間は続き、気の早い冬の太陽が沈み始める頃には、三人とも頭にうっすらと毛が生え始めていた。



「おおっ! 白田さん! それ生えてんじゃない?」


「えっ? マジ? 鏡ないか鏡?」


「スマホで撮ったげるよ」



三人ともお互いのスマホで頭を写真に撮り合いながらの大騒ぎだが……


正直俺としては、三人とも同じぐらい上手く毛が生えて本当に良かったなという感じだ。


これで一人だけ上手くいっていなかったりしたら、この三人の友情も破壊されてしまっていた事だろう。



「じゃあ順番にシャンプーしてくださいね」


「俺から行くぜっ」



いそいそと頭を洗い始めたムキムキの冒険者は、洗いながら何度も何度も頭を撫でて、最後に顔を洗って手鼻をかんだ。



「久しぶりじゃねぇか……毎日毎日野球やってた高校生の頃以来の感触だ……」


「ちょちょ、白田さん、鏡見てないで変わってよ」


「おっ、すまねぇ」



交代で洗面台に入ったイケメン冒険者は頭を洗った後鏡を見て、なんだか心底ほっとした様子で、直角に生えたもみあげを指でなぞった。



「さて、どうなるかな」



他の二人と比べてさほど髪の毛に執着がなさそうだった大男は、頭を洗った後ニコッと笑って鏡に写った自分の写真を撮った。



「これで娘に嫌われなくて済むかなぁ……」


「きっと大丈夫だよ伸子しんしさん」


「そうだそうだ、誇っていいよ伸子しんしさん。その髪は誇りだよ」



なんだか、みんなそれぞれに色んな事情があるんだなぁ。


結局この日三人は大満足で帰っていき、川島総合通商には新しいサービスができ、俺には在庫としてダブついていた毛生え薬の在庫の処分先ができた。


いい事ずくめだ、大成功だ。


なんて、そんな事を考えていたわけだが……


やはり俺は、髪の毛というものに対する人間の執念を甘く見ていたのだ。


三人の頭を見た他の冒険者たちもポイント稼ぎに本腰を入れて、どんどんおまじないの予約を入れ始め……


この流れがどんどん加熱していく事で、俺たちは後に大変な目に合う事になるのだった。

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