第48話 ワクワクと犬とフォネティックコード
プレゼンの日から二日。
宝箱に罠が仕掛けられているのを危惧した、姫による非破壊検査を経て……
俺はようやく、ジャンクヤードに流れてきた男の子の夢の塊の開封に至ろうとしていた。
「いやぁ、ワクワクするなぁ」
「つってもさぁ、中身はだいたいわかってるわけでしょ?」
「うーん、多分ねぇ、中身の形状的にも書類か何かだと思う」
「ワクワクするなぁ!」
男の子の夢が台無しになりそうな背後の会話は聞き流し、俺はコタツの上に置かれた、一抱えもある宝箱の留め金を外す。
ちなみにジャンクヤードによるこの宝箱の説明は『ドタリ作 箱』という身も蓋もないものだ。
元々あんまり役に立たないジャンクヤードの説明だが、異世界らしきところから送られて来るものに対しては、もうほとんど意味のない機能となっていた。
「いきます!」
そう言って気合を入れ、ドキドキしながら蓋を開けると……
宝箱の中には表面に金文字で何かが書かれた、A4用紙ほどの大きさの厚手の紙が入れられていた。
「あ、ほんとに書類だった」
「なんか、夢がないなぁ……」
「何言ってんの、夢より安全でしょ? 中身が爆弾だったりしたらどーすんの」
まぁ、そりゃあそうなんだけどね……
そう思いながら二つ折りにされていたその厚紙を開いてみると、そこには赤紫色のインクで幾何学模様が描かれていた。
「おおっ! なんか魔法陣みたいなのが書かれてる」
「魔法陣? 暗号か何かかな?」
「周りに文字も書かれてるねー」
幾何学模様を囲むように書かれている文字、それをよく見ようと紙に顔を近づけると、湿った何かが不意に頬へ触れた。
「へ?」
俺の眼の前に現れたそれは、黒くて、穴が二つ空いていて、ヒクヒクと動くもの。
幾何学模様の真ん中から突き出したそれは、伸びた
「うわっ!」
思わず手を離した紙は床に落ち、その表面からスポンと犬の首が飛び出した。
「い……犬っ! 首っ!」
「えっ? ……これ、どういう仕組だろ」
「極薄のトランスポーター装置?」
「違うでしょ! 召喚陣だよ! 召喚陣!」
「そんなトンボ、ゲームじゃないんだからさぁ」
俺達がそんな話をしている間も、その首は細めた目で周りをキョロキョロ見回していたが……
幾何学模様の隙間からニョキッと手が出てきたかと思うと、
そしてぬうっと出てきたのは、真っ白な犬の毛皮を纏った人の子供のような骨格の生き物。
どうやら俺が犬かと思ったそれは、コボルトもしくはワーウルフであるらしかった。
それは糸のような細目でこちらをしげしげと見つめていたかと思うと、子どものような声で言葉を発した。
『Where are we?』
「わっ! 喋った! 喋った! 異世界語! 異世界語!」
「英語だっつーの! トンボあんた、学校で何勉強してるわけ?」
どこから出したのだろうか、姫は幾何学模様から出てきた相手に銃のようなものを向けながら、どこまでも冷静にそう言った。
「英語!? 異世界から来た宝箱じゃなかったの!?」
「そんなの姫にだってわかんないっつーの」
『Where is my Alchemist?』
「Alchemist?」
まずいな、このままだと俺の英語能力だと話についていけなくなる……
「ちょっと待って、いま翻訳アプリ開くから!」
「トンボ、話は姫が翻訳したげるから、一旦落ち着いて」
姫は俺のシャツの背中を掴んでぐいっと自分の方に引き寄せ、相手に何事かを英語で話しかけた。
それを聞いていた白い犬は、姫に対して小さい手足で身振り手振りを交えながら答えを返す。
「えーっとね、この人はシエラ。十九番目のシエラ。錬金術師に作られたんだって」
「え!? 錬金術師!? それって……ホムンクルス的な存在って事?」
「ホムンクルス……あー、なるほどね」
更に姫が話しかけると、また身振り手振りを交えて答えが返ってくる。
なんかこの犬の人、クールなマーズとは別のベクトルで可愛いな。
「自分は目的があって作られたはずだけど、あなたは何の目的があって自分を目覚めさせたのかって聞いてる」
「目的って?」
「あっちが聞いてんの。何か用か? ってさ」
あっちから出てきたのに、用を聞かれてもな……
「あ、もしかして……」
「何?」
「アラジンのランプの魔人みたいな感じで、俺があの紙を開いた事で、そのシエラ? と召喚契約を結んだって感じになってるのかな?」
俺がそう言うと、姫はまたシエラに話しかけた。
あぐらをかくようにして床に座ったシエラは、フンフンと鼻息を漏らしながらそれを聞き、耳をぴこぴこさせながら返事を返した。
「呼び出した人の指示に従うように設計されて、これまでは待機モードだったんだって。そっちは用事があるから自分を目覚めさせたんじゃないのかって」
その言葉で、ちょっとだけ場の空気が緩んだ。
少なくとも、相手から敵対したいわけじゃないと申告があったわけだからな。
俺はしゃがんでシエラと目線を合わせ、足元にある紙を指差して話す。
「この紙が俺の元にやって来たのは偶然で、あなたが出てくると思って開いたわけじゃないんだ」
偶然と言えば語弊があるかもしれないが、今会ったばかりの相手に自分のスキルの詳細を話すわけにもいかないしな。
「じゃあ自分は何をすればいい? って」
「えっ? そりゃあ……好きにすればいいんじゃないの?」
姫がそう伝えると、シエラはちょっと首を捻ってからすっくと後ろ足で立ち上がり、俺の元にやって来た。
そして俺の周りをぐるぐると回ったかと思うと、おしりのにおいをクンクンと嗅いで、鼻をフンフンと鳴らした。
そして俺の太ももを肉球でポンポンと叩いてから、また何かを話す。
「えっ? あー……」
「何、なんて言ってるの姫?」
「とりあえず、しばらく面倒
「え?
「うん、あっちがトンボの面倒見てくれるんだってさ」
もしかして俺、今の一瞬で格付けされた?
シエラは尻尾をぴこぴこと動かしながら、興味深そうに部屋の中を見回している。
菓子籠の中のおかきに鼻を近づけて臭いを嗅ぎ、興味しんしんのようだ。
「それ、食べる?」
俺がおかきの袋を開けながらそう尋ねると、シエラは「ギャワッ」と嬉しそうな声を上げながらコクコクと頷く。
これぐらいのコミュニケーションなら、外国語の成績が『可』でもなんとかなるか……
しかし、面倒見るって、何をしてくれるんだろうか……
散歩にでも連れて行ってくれるのかな……?
ボリボリとおかきを食べるシエラの隣で首を捻っていると、こっちを見ていたマーズと目が合った。
「あー、まぁ……とりあえずさ、友好的な
シエラが出てきてからというもの、ずっと後ろに引っ込んでいたマーズは……
まるで借りてきた猫のように、なんだかかしこまった感じでそう言った。
「マーズ、どうしたの?」
そう聞くと、マーズはぴょこんと突き出た耳の後ろを掻きながら「なんかあの人……」と声を潜めるようにして続けた。
「すんげぇ喧嘩強そうだなって……」
「え? そうなの?」
俺にはモフモフのかわいいワンちゃんにしか見えないが、毛の長い者同士でだけわかるものがあるのだろうか。
そんな事を考えながら、俺はニコニコとお菓子を食べ続けるシエラを眺めていたのだった。
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出ることずっと決まってたキャラクターがようやく出せた……
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