第46話 プレゼンと猫と十本セット

「最近お前ら見かけなかったからよぉ、国にでも捕まったのかと思ってたよ」



自衛隊の窓口との面談や、川島総合通商に殺到してきたバイト希望者への対応、大学の授業への出席などで忙しくしながらも……


ようやく時間を見つけ、久々に来ることができた東京第三ダンジョン。


その広場の隅で、相変わらずバラクラバを半分つけたまま煙草を吸う気無きなしさんは、ニヤニヤと笑いながらそう言った。



「えぇ……? なんでですか?」


「ここいらでも噂になってたぜ、埼玉の蛇を倒したガン◯ムの出処は川島なんじゃないかってな」


「違いますよぉ……でも、困ってるんですよねー、その噂。なんか会社にも、東大卒とか京大卒みたいな凄い人たちが、わざわざバイトの枠に応募してきてるらしくて」


「あー、なんかうちの娘も言ってたっけなぁ。電話来すぎてウザいって」



気無さんの娘さんはうちでバイトをしてくれていて、ありがたい事にうちの化粧品のヘビーユーザーでもある。


副社長でありインフルエンサーでもある姫の動画にも、時々コメントを寄せてくれているそうだ。



「まぁでも、逮捕だの何だのってのは冗談としてもよぉ。もう必死こいてバイト探さなくていいぐらいにゃあ会社も上り調子みたいだし……もしかしたらもう地下こっちには来ないのかもな、とは思ってたよ」


「いやいや、地下での商売は続けますよ……でも正直、最近は大学の単位も危うかったりするんで、僕以外にも行商担当者を雇えればとは思ってるんですけどね……」



まぁ正直、なんだかんだと忙しく、かつ表の商売先が増えた今、ダンジョンでの商売をすっぱり辞めるという選択肢も正直あった。


でも川島家三人で行った会議で「自分が行く行かないは別にしても、採算が取れる方法がある限りは辞めない」という方針に決まったのだ。


……というか、俺がそう決めた。


気無さんの娘さんの他にも、知り合いの冒険者の身内にうちで働いてくれている人は多い。


彼らは俺たちを信用して人を紹介してくれたわけだから、こっちもその信用にきちんと応えたいと思ったのだ。



「トンボが学校に行ってる間に、代わりに地下に来てくれるような人いないかなぁ、給料は弾むんだけどね」


「おいおい、アイテムボックスのスキル持ちなんかそうそういるかよ」


「まぁそこはスキルなしでもなんとかできないかって、いま話し合ってるとこだよ」



マーズの言葉に、気無さんは根本まで吸った煙草を口から離して、思案げに口を尖らせた。



「……お前らまさか……あるのか? アイテムボックスの代わりになる機械とか」


「いや、ドローンで配達とかさ。それならダンジョンに来る人は窓口としての役割だけでもいいでしょ?」


「……なーんだ」



がっかりしたような、安心したような、そんな感じで気無さんは肩を落とした。


まぁ実際にはあるんだけど、それが外に出るとえらいことになるからな……


誰でも物を隠して持ち歩ける機械なんてものが出回ると、暗殺とかテロとかがやりたい放題になってしまう。


今でさえスキル保持者を登録制にしろとか、シンプルに人権を制限しろとか、そういう話が色んなところでしょっちゅうぶち上がっているのだ。


スキル保持者のおかげで命脈を保っている地方の人たちが強烈に反対しているのと、ダンジョンが出現した当初の第一世代冒険者が政治家になって、影響力を発揮してくれているから俺も平穏に暮らせているが……いつだって世論は結構ギリギリだ。



「まぁ、俺らからしたらどんな方法にせよ、足りないものがいつでも買えるってのは実際ありがたいよ。ドローンは灰皿持ってきちゃくれないだろうから、煙草は吸えなさそうだけどな……」


「最近は世の中喫煙者に厳しいですしね」


「全くだよ、家でも外でも煙吸ってるってだけで犯罪者扱いだ。ただでさえ、冒険者ってだけで前科一犯って感じなのによ」



苦笑いしながらそう言った気無さんの後ろから「調達屋じゃん!」と明るい声がした。


うちで取り扱っている強化外骨格レイバースーツに乗り、ギッチョンギッチョンと機械音を立てながら現れたのは、腰に二本の日本刀を差したイケメン、雁木さんだった。


彼は強化外骨格レイバースーツを器用に操って椅子に座る俺に高さを合わせ、耳打ちをするように口に手を添えてこう言った。



「あのさぁ……ニュースで見たあのロボットって、いくら?」


「あれはうちとは無関係ですって」


「なんだぁ……」



本気なのか冗談なのか、がっくりと肩を落としながら四百円を差し出した彼に、コーヒーと煙草を返す。


たとえ売ってたとしても、値段を聞いて二十億円とか言われたらどうするんだろうか。



「噂だけどさ、あのロボの迷彩ってセンサーを誤魔化すタイプのものじゃなくて、マジで光を屈折させてるらしいよ。フッて消えるとこを肉眼で確認した人がいるんだってさ、凄いよねーっ」



雁木さんは片手でプルタブを上げながら、鼻息荒く早口でそんな事を言ってくる。


一体そういうのって、どこで噂になってるんだろうか……?


気無さんはそんな雁木さんをうんざりしたような顔で見つめながら、親指でちょいちょいと差した。



「こいつさぁ、最近ずーっとあのガン◯ムの話してんだよ」


「違いますって気無さん、ガン◯ムはもっと大きいんですよ」



なんか、うちの会社に毎日電話してきてくれてる人も雁木さんと同じような感じなのかな。


まぁ、俺も自衛隊の特機乗りになりたかった口だから、その気持ちは非常に良くわかるけど。



「雁木さん、うちの会社には電話してこないでくださいね」


「え? 電話? なんで?」


「なんか最近、うちでバイトしたいって人がめちゃくちゃ電話かけてくるんだよ」


「え!? もしかして、噂の社内ポイント制度であのロボ交換できるとか?」


「できませんって」



そんな雁木さんの後にも、東京第四ダンジョン時代からの常連さんや、東三でリピーターになってくれた人たちが続々と買い物に来てくれた。



「あっ! 調達屋来てんじゃん!」


「どうもご無沙汰してます」


「何してたのよ最近」


「いや学校とか、色々……」



弁当や飲み物を買うついでに俺が来なかった間の話をしてくれたり、川島ポイントで購入してくれた商品の感想を教えてくれたりもして……


俺は「やっぱり商売って面白いな」という気持ちを再確認する事ができた。


そして、お昼の時間が終わってラッシュが落ち着いた頃の事だ……



「うおっ、また増えてる」



在庫確認のために覗いたジャンクヤードの中には、緩衝材の藁と一緒に木箱に詰められた、十本の青い薬瓶が増えていたのだった。



「え? もしかしてまた例のリーヤーさん?」


「そう、今度は青い薬が十本」


「その人、よっぽどりんごが気に入ったんだね」



あの赤い瓶とりんごを交換してからというもの、このリーヤーという人物はこちらと頻繁に交換をしてくるようになったのだ。


持っていくのはもっぱらりんご、代わりに置いていくのはほとんど薬ばかりで、しかもどの薬も品名は『リーヤー作 混合薬』だ。


正体がわからないから一応全てKEEP設定にしているが……


正直こんなに頻繁に送られてきていると、もう珍しいという感じもしなくなってしまっていた。



「こんなに交換されても、姫の解析が終わらないと増えてく一方なんだよなぁ」


「まぁ商売をやってるとそういう事もあるよ、在庫ってのは常に人の頭を悩ませるもんさ」


「そういうもんかなぁ?」


「隈の姉さんのために仕入れたお菓子だって、全然減ってないでしょ? 交換なら仕方ないけど、仕入れる時はまず売り方から考えなきゃね」



ごもっともすぎるマーズの言葉に、俺はがっくりと項垂れた。


まだまだ、商売の道は険しいな。


ダンボールの上で楽しそうに弁当を使う冒険者たちを見ながら、俺は大量にあるコストコのお菓子の売り方をぼんやりと考えていたのだった。






そんな日々を送っていた俺の元に、とうとうプレゼン当日の朝がやってきた。


俺は紳士服店で買ってきた吊るしのスーツを着て、かぶの入った味噌汁をかき混ぜながら、流れているテレビの画面を見るともなしに見ていた。



「ねぇマーズ、今日プレゼンでさぁ……もし宇宙開発事業に不許可が出ちゃったらどうしようか?」


「え? どうって? そりゃあよその国でやるしかないんじゃない?」



頭に全く入ってこないニュース番組を見ながら、思わず俺が零した弱音に、猫のマーズはあっけらかんとそう答えた。


まぁ、たしかにそうなんだけどね……


ただそうなったら、いよいよ大学には行けなくなるなぁと思いながら、なんとなく塩っぱく感じる味噌汁を啜る。



「八割方大丈夫だと思うけどね。参加者全員にもう根回しはしてあるから」



姫はそんな俺にウインナー入りの茶碗蒸しを差し出しながら、何でもない事のようにそう言った。



「……え!? 根回し!?」


「そりゃ根回しぐらい、するに決まってんじゃん」


「……え? それって、どうやって?」



そんなコネクションあったっけ?



「まぁ、メールとか電話とかかな? さすがにこの星レベルのセキュリティだと、誰のどんな弱みも握り放題で楽勝だったけど」


「それってもしかして、根回しっていうか……脅しって言わない?」


「脅してないよ、ちょっと協力をお願いしただけ」



俺は機嫌良さげにテレビを見る、ポニーテールの彼女の横顔を見つめながら……


今日のプレゼンへの不安感を、更に高めたのだった。






結果から先に言えば、プレゼンはなんという事もなく、順調に進行した。


俺はでっかい会議室に入ったほどほどの人数の前に立ち、インカムからの姫の指示と、横にいるマーズの手助けを受けながらも、最初はガチガチに緊張していたのだが……


動画混じりのスライドを使って事業説明をしていくうち、その緊張はどんどんと溶けて消えていった。



「つまりこの川島式宇宙開拓船というものは、ポピニャニアインダストリーの開発した重力制御技術を根幹に据える事により、環境問題にも配慮した、非常にクリーンな宇宙開発を行えるという事であります……あの、ここまでで何か質問のある方?」



だって、誰もこちらを見てないんだもん。


漫画ならば『シーン……』という擬音が入りそうなぐらい静まり返った会議室で、出席者は全員が机に視線を落としたまま、手を挙げるどころか一度もこちらへ目を向ける事もなかった。


ポピニャニアインダストリーとかいう謎会社の話とか、重力制御とかいう謎技術の話とか、聞きたいことは山盛りだと思うんだけど……


姫は一体、どういう形で彼らを脅しつけたんだろうか?


うちの副社長っていうのは、ある意味地球で一番敵に回してはいけない人なのかもしれないな。


俺はそんな事を思いながら……一方通行のプレゼンを、きちんと最後までやり切ったのだった。






そんな感じで、プレゼン自体はサラッと終わったわけだが……


駅前のハンバーガー屋に寄り、三人分の食事を買って帰ってきた俺とマーズを玄関先で迎えたのは、いつになく真剣な表情の姫だった。



「おかえり」


「……あれ? なんかあった?」


「トンボがプレゼンでなんか言い忘れたんじゃない?」



そんな事を話しながら、俺とマーズが顔を見合わせると……


姫は首を横に振ってから、とにかく中へ入れと顎をしゃくった。



「ちょうど今、あれの分析結果が出たの」


「あれって、赤い薬の事?」


「そう」



なるほど、ついにりんご大好きリーヤーさんの正体がわかるわけか……


楽しみなような、不安なような、そんななんとも言えない気持ちを抱えまま、俺は締めていたネクタイをグッと緩めたのだった。






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ちょっと作者がいきなり突発性難聴になって投薬安静中+確定申告のため、多分次の更新は3月入ってからになります

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