第41話 武器と猫と満身創痍

24年1月16日より、Ver.1を削除してVer.2への更新を行っております。

現在発売中の書籍版第01巻の続きはVer.2準拠で更新していきます。

書籍には書き下ろしが沢山載っておりますので、どうかよろしくお願い致します。






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「これ……左腕どうなってんの……? 石になってる……?」


「石ぃ!?」



動かなくなっている左腕を見ると、たしかにところどころがコンクリートを打ったように灰色になっていた。


特に関節部には灰色がびっしりと絡みつき、カチコチになっているようだった。



「石化ブレスって事!?」


「なんか、ほんとにトンボがいつもやってるゲームの敵みたいだね……どうする? 逃げる?」



振り回され、投げ飛ばされているうちに、いつの間にか蛇は俺たちが出てきたダンジョンを背負う形になっていた。


逃げるにしても、蛇を超えなければ埼玉へは帰れなさそうだ……


俺は思いっきり息を吸って、ゆっくりと時間をかけて吐いた。



「いや、やろう……」


「武器は? 倒れてる木で殴る? 一発ぐらいなら保つかもよ」


「サードアイを組み立てる時……コア部には緊急パージ機能があるって言ってたよね?」


「ああ、左腕は邪魔だね」



マーズが操作をすると、画面に『C2 PURGE』と文字が出て、ごとりと左腕が落ちた。


俺はビームライフルを投げ捨て、石化ブレスでガチガチに固められた左腕を拾い上げた。



「トンボ……どうすんの?」


「これが一番硬い……いける、俺はいける……俺なら・・・こんな時でも絶対になんとかするはずだ……!」



俺はいつか夢に見た凄い自分の、あの自信満々に不敵に笑う、あの顔を思い出していた。


もし今の自分があの自分に繋がっているのだとすれば……こんな蛇ぐらいに、負けるはずがない!



「いくぞっ!」



左腕を槍のように構えて、俺は三つ首の蛇の根本へと飛び込んだ。


重力制御の荷重方向を小刻みに変えて、体をくねらせて避けようとする蛇へと縋りつき……


槍となった左腕の、握られたままの拳を巨大な鱗を砕きながらねじ込んだ。



「やった!」


「まだだっ!」



滝のように流れ出る血を全身に浴びながら、サードアイはのたうち回る蛇の首へと取り付いた。


そのまま突き立った左腕を右腕の肘で抱えるようにして、首の傷口を開いていく。


流れる血の量はどんどん増え、モニターに映る地面はまるで血の池地獄のようになっていた。



「トンボ! もういいよ! 一回引こう!」


「わかった!」



俺はサードアイで首を蹴って空へと飛び立ち、蛇がのたうち回るのをじっと見ていた。


あれは埼玉を滅茶苦茶に破壊した大怪獣だ、殺す以外の選択肢はなかった。


そう思っていても、大きな蛇が苦しみながら死んでいくのを見るのは、なんとなく辛かった。


それでも、俺は彼が死んでいくのをじっと見守った。


なんとなく、そうする事が殺した相手への礼儀のような気がしたからだ。



「死んだかな?」


「完全に体から熱が消えるまで待とう、今のうちにビームライフルを」


「わかった」



俺はさっき捨てたビームライフルを拾い、半ば放心状態でシートに体を預けた。



「トンボ、なんか飲みな」


「いや、そういう気分じゃ……」


「いいから、飲んで」



未だ頭の上にいるマーズにそう言われて、俺はジャンクヤードから取り出したスポーツドリンクを一口飲む。


そして体がカラカラに乾いていた事に気づいて、そのまま全部飲み干した。



「マーズは?」


「甘いのがいいな」


「頭の上でこぼさないでよ」



そう言って笑いかけ、ようやく自分の顔がガチガチにこわばっていた事に気づいた。


ドラゴンの時もそうだったけど、今回も無我夢中で、ともすればこちらがやられていてもおかしくなかった。


そう思うと、一気に体に疲労感が押し寄せてきた。



「気が抜けた?」


「そうかも」


「もうちょっとだけ頑張ってよ」


「まあ、帰るまでが遠足だもんな……」



そう言って一人で笑うと、頭の上からこちらを覗き込んできたマーズは不思議そうな顔をした。



「帰り道もそうだけど、蛇の死体を収納しなきゃ丸損でしょ。もういいよ、完全に死んだみたいだから」


「あ、そう……」



たしかにこの蛇との戦闘はイレギュラーだったが、元々俺達の目標はこういう大物を手に入れて宇宙船と交換する事だった。


俺は冒険者でも、宇宙の戦士でもない、営利団体の長、中小企業の社長なのだ。


かっこいい戦って、守って、倒す、それだけじゃあ駄目なんだよな……。


改めてドッと疲労を感じた俺は……


マーズに膝へ下りてもらってから、サードアイの腕が墓標のように突き立ったままの蛇の方へと足を進めたのだった。



「でもさすがにジャンクヤードのサイズ的に、あの頭丸ごとは入らないな……」


「三つに裂いちゃえばどう?」


「そうしよっか」



俺はビームソードで無事な頭二つと、半壊した頭一つをバラバラに裂き、縦の長さも調節してからサードアイの手の上に乗ってそれを回収した。


もちろん、石化した左腕も回収だ。落ちないように恐る恐るコックピットへ戻り、ハッチがプシュッと閉まった瞬間、ふぅーっと長い溜め息が漏れた。



「この蛇の胴体、先まで追いかける?」



俺はマーズにそう尋ねる。


だがこの蛇の胴は無茶苦茶に長く、ダンジョンの前から森の奥深くへとずうっと続いていて、捜索は難しそうだった。



「いや……やめとこ。元々異世界にまで追っかけてくるつもりはなかったし、サードアイももうボロボロだしね」



このまま深追いするには、サードアイの装備も、俺の心も、あまりに準備不足だった。



「まあ二股の頭を落とした時みたいに胴体がどこかに引きずられていく様子もないし、完全に体温もなくなってるし、これで倒したという事にしておこう。姫も心配してるだろうしね」


「そうしよそうしよ、マジで疲れたわ……」



俺はマーズの言葉にコクコクと頷き、飛び出てきたダンジョンへとサードアイを向けた。



「ただ、また同じようなのが来ないようにこの入り口は塞いでおきたいね」


「ビームライフル撃ちまくって崩落させる?」


「天井撃ってこんなとこで生き埋めになるのは御免だから、ライフルを暴走させて爆破しよう」



そう言うが早いか、マーズはジェスチャーで呼び出したタブレットサイズのホログラフを操作し始めた。



「トリガー引いたら一分後に爆発するように設定したから、ちょっと行ったとこに設置していこう」


「くぅ……大活躍してくれたこのビームライフルともここでお別れか……」


「ジャンクヤードに同じのがあるでしょ」



俺は入り口から百メートルほど奥でトリガーを引いたライフルを投棄し、そのまま未だ水の引いていないダンジョンの中を戻っていく。



『……ボ……繋がった! どうなったの!?』


「あ! 姫!」



姫との通信が繋がった瞬間、ズン! と響いた音と振動に続いて重低音が鳴り続け、天井から岩がボロボロと落ちてくる。


投棄してきたビームライフルが爆発し、崩落が起きたようだ。



『何!? 何が起きたの!?』


「いやー、異世界まで行っちゃってさぁ。入り口崩落させて帰ってきたんだよ」


「蛇も倒したよ」



行きと同じようにサードアイで暗闇の中をかっ飛びながら、交信の途絶えていた姫に状況を報告していく。



『それで、二人とも無事なわけ?』


「元気元気! ダンジョンの向こう側にも蛇がいてさ、そいつが三本頭で……」


『三本頭!? なんで一本増えてんの!?』


「それは後で話すよ。これから戻るけど、玉四の入り口はどうなってる?」


『自衛隊が囲んでるけど、まだ中には踏み込んでないからそのまま出て大丈夫だよ』


「じゃあもっと速度上げてオッケーだね」


「了解」



俺はマーズの指示に従ってスピードを上げ、両手を上げてぐっと伸びをした。


背中がバキバキと鳴り、喉から「ううっ」と声が漏れる。


マーズも俺の膝の上でお尻を突き上げてぐっと伸びをしながら、口を大きく開けてあくびをした。



「疲れたね」


「ほんとだよ。トンボの膝って座り心地悪くてさ、早く帰って寝たいね」



そんな勝手な事を言いながら猫のマーズは香箱座りになって、尻尾をゆらゆらと揺らす。


俺は疲れた頭でぼんやりと見つめていた彼の背中になんとなく手を伸ばしかけ……


その手をニャッ! と猫パンチで叩き落とされたのだった。

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