第34話 実家と姫とロボの足首
24年1月16日より、Ver.1を削除してVer.2への更新を行っております。
2月9日に発売される書籍版第01巻の続きはVer.2準拠で更新していきます。
書籍には書き下ろしが沢山載っておりますので、どうかよろしくお願い致します。
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「うぉーっ! かっけぇーっ!」
「まだ足首ができただけじゃん」
川島総合通商の配送担当者達が頑張っている作業スペースの隣、過去には加工機械等が置かれていた工場部分で、俺はマーズと戦闘ロボットを作っていた。
「こんなもん本来二人でやる事じゃないんだから、こっからもっと大変なんだよ?」
「いやそれは、たしかにそうなんだけど……」
戦闘ロボット作りは魔石から物を造る製造機械を何台も並べて、まるで工場系のシミュレーションゲームみたいに魔石からパーツを作っていく事から始まった。
もちろん機械は姫の遠隔操作だが、そこからの組み立ては全部俺とマーズの人力だ。
でも部品の精度が完璧で手直しも必要ないし、
「いやでも、やっぱかっこいいわマジで。これ俺のかぁ……俺専用機かぁ……何色に塗ろうかなぁ」
「えーっ!? 色塗るの? あれってエースパイロットがやるからかっこいいんだよ」
「地球には俺しかパイロットいないんだから、いいんだよ。やっぱ色は金色かな……」
「なんで?」
それはもう、浪漫としか言いようがないな。
俺は軽自動車よりも小さいぐらいのサイズのロボットの足首をじっと見つめ……
深い満足感と共に、一人頷いたのだった。
八月半ば、お盆シーズンがやってきた。
川島総合通商もこの時期はお盆休みで、あらかじめ取引先には通達して社員やバイトの人達もお休みだ。
もちろん社長の俺だって実家に帰る。
とくに今年は「ぜひともマーズと一緒の帰省を」という、川島本家からの熱い希望もあり、俺達は三人揃って俺の地元へとやって来ていた。
姫は未だに夜は俺と手を繋いでないと眠れない状態だし、何なら帰省自体取りやめようかとも思ったのだが……「いちおー挨拶しとく」という姫の言葉もあり、こうして全員参加で日帰りの帰省となった。
「トンボの実家、こういう感じなんだ」
街のファッションセンターで買ったサングラスを外した姫が、俺の引き戸の実家を見てそう呟く。
前々から「ちゃんとした服を買おう」という話をしていた事もあり、今回の帰省に合わせて色々服を買い揃えたんだが、淡い色のワンピースを清楚に着こなした姫はまるでお姫様のようだった。
ん? まるで……?
いや、地元では普通にお姫様なんだったっけか。
「電車は電車で疲れるけど、タクシーもタクシーでしんどいね」
宇宙ではああいう狭い座席に何時間も詰め込まれる事はないんだろうか、マーズはうんざりした様子で首をポキポキと鳴らした。
「でもここ、車で一時間半ぐらいだし全然近いよ。ここらへんから東京に通ってる人もいっぱいいるんだから」
「毎日通うの? 往復三時間だよ?」
「車じゃ通えないから、通うなら往復四時間だね」
げーっと嫌そうな顔をするマーズを横目で見ながら、俺は引き戸の鍵を開けて「ただいまー」と中に入る。
正月とほとんど変わらない玄関には、マーズ用のゼブラ柄のスリッパと見た事のないピンク色のスリッパが並べて置かれていた。
「あれーっ? お兄ちゃん帰ってくるの今日だっけ?」
台所の方からテレビの音と共に妹の
「先週から言ってたじゃん。マーズ、姫、上がってよ」
「おじゃましまーす」
「おじゃまします」
「お昼どうする? お母さんがスーパー行くって……え?」
そう話しながらガラッと台所の扉を開けて出てきた妹は、姫の顔を見て固まった。
「お……」
「お?」
「お兄ちゃんが女の子連れてきたーっ!」
妹はそう叫びながらリビングに繋がる廊下を走り去り、すぐに父と母と一緒に戻ってきた。
「ほんまや!」
「え? ていうかお兄ちゃんの彼女!?」
「トンボあんた、一緒に住んでる人連れてくるって言わなかった?」
大混乱に陥った三人の視線を一身に受けた姫は曖昧に微笑み、俺とマーズは「まぁまぁまぁ」と川島家の面々をリビングへと押し戻す。
ごまかしたカバーストーリーにしたって長くなる話なのだ。
さすがに蒸し暑い玄関で説明するのはごめんだった。
「なるほど、お国元にいられんようなって縁のあったマーズさんを頼って……そらぁ……そらぁ大変でしたねぇ」
浪花節の男である親父は、休日で酒も入っている事もあってか……
実家が巻き込まれたトラブルを避けるため単身地球に避難してきた、という姫のカバーストーリーを聞いて速攻で瞳ウルウルの状態だった。
この人は元がもうそうなのに泣き上戸なところまであって、子供のお使いの特番とかでもめちゃくちゃ泣くのだ。
「せせこましい家ですけど、良かったら実家やと思ってゆっくりしていってくださいね」
親父、マーズの時にも同じような事を言ってたな。
「あ、ユーちゃんユーちゃん、お昼お寿司取るけど食べられる?」
「ありがとうございます友子さん。お寿司大好きです」
「ねえねえ、一緒に会社始めたってのは聞いてたけどさ、ユーリさん個人はお兄ちゃんとどういう関係なの? あ、てかイソスタやってる? ユーリさんめっちゃオシャレだし絶対フォロワー数多いよね?」
「それやった事ない、
しかしなんか姫、馴染みが早い、早くない?
銀河系アイドルの如才のなさに恐れ慄きながら、俺は地元名産の二十世紀梨を齧っていた。
そんな俺のTシャツを、隣で座椅子に座った銀河系の猫がちょいちょいと引く。
「ねえトンボ、お盆ってお寿司食べるものなの?」
「え? いや、そんな事ないけど」
「じゃあ、何か特別な物は食べたりしないの?」
「お盆は何にもないんじゃない? 何で?」
「だって日本人って、イベントに絡めて何かと物を食べたがるじゃん。大晦日はそば、正月はおせちでしょ、節分は太巻きを食べてたよね、ひな祭りとか言ってちらし寿司も食べてたし。だからお盆も何かあるのかと思ってさ」
マーズが不思議そうにそう言うと、うちの親父が缶ビール片手に話に割って入ってきた。
「マーズさん、お盆は精進料理っちゅうて、お肉を使わん料理を食べますねん」
「精進?」
「まあ仏教の行事ですから。この時ぐらいはお坊さんと同じもん食べましょかって、そういう事ですわ」
「へぇ、仏教の宗教家って肉を食べないんだ。あ、だから今日も寿司なんだね」
感心したような顔でそう言うマーズには悪いけど……
必ずしもそういう事ではないと思うな。
俺がなんとも言いあぐねていると、親父が訂正してくれた。
「いや~、多分ですけど、お寺さんもお肉は食べてはると思いますわ」
「え? なんで?」
「なんて言うたらええんやろなぁ……食べはらへん人も、おるにはおるんやと思いますけど……」
外国人にそこらへんの感覚を説明するのは結構難しいのだ。
親父はしどろもどろに話すがどうにも纏まらず……
なんとも言えない顔で、麦でできた般若湯を飲み干したのだった。
「友子さん、お夕飯手伝いますよ」
「え? いいのいいの、ユーちゃんはゆっくりしててくれたら」
「私日本に来たばっかりなんで、良かったら日本風の味付け教えてください。トンボがお母さんの料理は美味しいって言ってたんで気になってたんです」
「あらやだあの子、そんな事言ってたの? 普通の家庭料理なのに恥ずかしいわ~」
「私も手伝おっか~?」
「あら、あんたいっつも手伝いなさいって言ったら逃げるじゃないの」
「いいじゃん、
昼から夕方までの僅かな間で、姫はすっかりこの家に馴染んでしまった。
母と妹とノンストップで喋り続け、今ではとても今日はじめて会った関係とは思えないぐらいに仲良くなっていた。
それにひきかえ我々男三人組は寿司を食ってリビングに寝そべって酒を飲み、しょーもない話をしながら競馬の中継を見ていただけ。
やはり女性のパワフルさは凄い、勝てる気がしない。
俺は少しだけ残っていた缶ビールを最後まで飲み干し、台所で楽しそうに話している女性陣の背中をちらりと見て……
そこに割って入って冷蔵庫に行くことを、さっさと諦めたのだった。
うちの女手三人が作ってくれたオムライスと味噌汁はいつも通りの母の味で、それを食べた後、俺達はうちの親戚が作っている梨と落花生を山ほど持たされて家路についた。
タクシーの後部座席に三人並んで何も喋らないでいると、ほどなく真ん中に座っているマーズの鼻から静かな寝息が聞こえてくる。
時々高音の混じるそれをなんとなく聞いていると、俺の右手の親指を姫の小さな手がギュッと握った。
俺はその手を両手で包み、なんとなく遠くに見える気のする地元の風景を、車の窓からじっと見つめていたのだった。
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