第33話 ドーナツと猫とコールセンター

24年1月16日より、Ver.1を削除してVer.2への更新を行っております。

2月9日に発売される書籍版第01巻の続きはVer.2準拠で更新していきます。

書籍には書き下ろしが沢山載っておりますので、どうかよろしくお願い致します。






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「これ誰だろ? フェイスガード取ってくれないとわかんないな」


「あー、でっかい段差下りたら設置してた縄梯子が落ちて戻れなくなったんだね。」



姫からスマホに飛ばされてきたドローンの映像を見ながら、俺達は要救助者の状況を確認していた。



「さすがに放置できないし、通話して話聞いたりできないかな?」


『その前にどう対応すんのかを決めとかなきゃでしょ』


「でも助ける以外ある? さすがにここで見捨てたら外聞が悪すぎるよ」


「トンボさぁ、姫が言ってるのは多分、会社としてどこまでやるのかって事だと思うよ」



どこまでやるのか……あ、なるほど。


助けるのはいいけど、この一回目の対応が今後の対応にも関わってくるからよく考えろよって事か。


たしかにこのパーティにした対応を、同じ状況になった他のパーティにはしないとなると、きっと文句が出るだろう。


もちろんそんな契約などないのだから、本当ならば無理筋のクレームとして処理することもできる。


だけどここは地の底、バトルフロント。


そんな娑婆の理屈は通用しない。


ダンジョンではどんな事でも命がけ、故に冒険者ができる範囲で助け合う事は契約以前の不文律だ。


そしてそれをしなかった事で買う恨みも、恨みを買ってしまう相手の強面度も……


ハンパじゃないのだ。


だが、企業として全ての冒険者を助けられるかどうかというのはまた別問題だ。


俺は今、バランスの必要な決断を求められていた。



「……通報。管理組合ギルドに要救助者ありとして通報しよう」


「それぐらいもう自分達でやってるんじゃない?」


「ダンジョンの奥なら電波が届いてない可能性もあるし、してたならそれでいい。元々そういう契約してたならまだしも、今回はたまたま見かけただけなんだから、詳しい場所と状況だけ伝えればこっちの義理は果たした事になる……よね?」


「……俺は、トンボがいいならそれでいいよ」


『通話はどうする?』


「……しない。助けに来いって言われて拒否したら、それはそれで揉めそうだから」



俺がそう言い切ると、マーズは何も言わずに口の端をにっと上げた。



『……んじゃ、場所言うからね』


「あ、待って、メモ取るから」



こうして俺は、自分以外の誰も責任を取ってはくれない決断を下し。


その繰り返しで会社を経営している、世の社長さん達の大変さをひしひしと感じながら……


自分の背骨と同じようなふにゃふにゃの字で、しっかりとメモを書き付けたのだった。


俺の決断は正解だった部分もあり、やはり少々軽率だった部分もあったようだ。


結局あのパーティが立ち往生していた場所はWi-Fiの圏外だったようで、うちの通報のおかげで数時間後にきちんと組合の救助隊に救助されていた。


組合からも冒険者からも感謝され、これでバッチリOKと言いたいところだが、そうは問屋が卸さなかった。


俺達がダンジョンで店を出していると、これまでの常連さんだけではなくご新規のお客さん達からも、緊急時の救援要請についての問い合わせをされるようになったのだ。


どこが震源かは全くわからないが、どうもどこかでねじ曲がった話が拡散されているようだった。



「ここの会員になると、いざって時に組合に連絡してくれるんだって?」


「いや、その件につきましてはまだ検討中でして……」



今日もこれまで話しかけられた事もないようなワーウルフの冒険者にそう尋ねられ、俺はここ数日で何度も何度も使った断り文句を返した。



「え? ほんと? それあるんならポイント会員になろうと思ってたのに……」



ワーウルフは失意にしっぽをだらんと垂らし、なぜかホットドッグを買って帰っていった。


しかし、ポイント会員って……うちはガソリンスタンドじゃないんだけど……


まあでも、これを期に魔石を売ってくれる人が増えると美味しいのには違いないんだよな。


それに、正式にサービスとして提供していなくとも、どうせきっとドローン探索中に要救援者を見つけたらうちが救援要請をする事になるのだ。よし……やるか!


俺は救援要請を正式にサービスにする方向で姫とマーズにお伺いを立て……


纏まった話と大量のお土産のドーナツを持って、うちの発送場のボスである阿武隈部長を直撃したのだった。



「救援要請業務? つまりコールセンターみたいなもの?」



従業員をやってくれている冒険者の奥様方の手で花瓶やテーブルクロスなんかが置かれ、そこそこ華やかな内装になった元工場の事務所。


その一角に対面型に置かれた革張りソファに座った彼女は、壁の木目調エアコンが吹き出す冷風に髪を靡かせながら、チョコがけのオールドファッションドーナツを片手にそう尋ねた。



「そうですね……それで、一応こういうものを作りまして……」



俺はソファの間にあるローテーブルの上に、バックパックから取り出した防犯ブザーのような装置を置いた。


紐を引っ張るとピンが抜けてデカい音がなるアレだ。



「これって普通の防犯ブザーとは何か違うの?」



阿武隈さんはそう言いながら不思議そうに装置を手にとって、ピンの先についている紐をちょいちょいと動かした。



「それは防犯ブザーじゃなくて、特殊な信号を出す発信機です」


「特殊って?」


「まぁざっくり言うと、超遠くまでSOS信号を出してくれる無線機って事。しかもMGRS式で今の居場所も送信してくれんの」



ピンク色のチョコでコーティングされ、更にその上に色とりどりのチョコスプレーのかかったドーナツを持ったマーズが、俺の隣からそう補足する。


駅前にドーナツ屋があるからうちの家でもよく食べるのだが、彼はこういうキラキラとしたドーナツがことのほか好きなようだった。



「MGRSって、軍隊とかが使う座標の指定法でしょ? まだざっくりした地図しかないダンジョンの中でそんな事しても……」


「いやいやそれが、地図はもう出来上がってるんですよ」


「えっ!?」



俺の言葉に目を見開いて驚いた阿武隈さんは、机の上にぽとりとドーナツを取り落とした。


まあそりゃそうだろう。


ドローンを飛ばしはじめてからまだ二週間ほどなのだ、仕事が早すぎて普通は面食らうだろう。



「まぁそれを作ってる途中で今回の救援要請の業務が生えたんだけど。地図自体はAI使ってドローン飛ばしまくって作ったんだよね」


「なんか社内チャットでダンジョンにドローンを飛ばすって話は聞いてたけど、あっというまにできちゃったんだねぇ。やっぱりAIって凄いね」



まあ、本当は姫の仕事なんだけど、こういう話はAIのしわざって事にした方が通りがいいだろう。


だいたいドローンを寝ながら千台飛ばせる脳を持ってる人がいるなんて、誰も信じてくれないからな。



「とりあえずその地図を管理組合と共有しまして、こちらから救援を要請させてもらうという形にさせて頂こうかと思っています」



阿武隈さんはそう言った俺の顔をまじまじと見つめて、なんだか安心したような顔を見せてため息をついた。



「姉さん、どうかした?」


「え? いや、救援チームを組織しろなんて話じゃなくて良かったかな~と思って……」


「や、やだなぁ……そんな現場に負担のかかるようなこと、相談もなしにやるわけないじゃないですか……はは……」



隣のマーズからジト目で見られている気がするが、俺だって日々反省はしているのだ。



「じゃあさそのコールセンターの所長に、うちの元リーダーなんかどうかな?」



うちの・・・というのは多分、解散した阿武隈さんの冒険者パーティ『恵比寿針鼠』の事だろう。


そしてそのメンツは全員、今この配送場で働いてくれていた。



「飯田さんですか? いいですけど」


「最近は心の方もだいぶ落ち着いて、ここの仕事にもやる気出してるみたいだからさ。社員登用の話をしてもいいかなって思って」


「いいんですか? ありがたいです」


「飯田は元バレー部主将だし、元々一部上場のシステム開発会社で働いてたぐらいだから、下に人つけても全然大丈夫だからさ」



えっ?


そんな凄い人材がなぜ冒険者に……?


前から思ってたけど、なんか世の中世知辛すぎるような……。



「前の会社も飯田に問題があって辞めたわけじゃないらしいから、そこは心配ないよ」


「いえいえ、そこは全然心配してませんから」


「それよりさ、もう一人の姉さんはどうなの?」


「あ、高井の事? OK出るかわかんないけど、一応一緒に社員登用の話してみようか?」


「ぜひぜひ!」



俺達は涼しい事務所で色々と話をして、ドーナツを食べてから帰路についた。


汗だくで電車に乗っている最中に入った『姫の分は?』という連絡で、また駅前のドーナツ屋に寄ることになり……


マーズの選んだキラキラしたドーナツと、激安の御殿キテコーテで買ったかき氷を持ち、俺達は蒸し暑い夕焼けの中を歩いて今度こそ家に帰ったのだった。

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