第20話 オタクと猫とキラキラネーム

24年1月16日より、Ver.1を削除してVer.2への更新を行っております。

2月9日に発売される書籍版第01巻の続きはVer.2準拠で更新していきます。

書籍には書き下ろしが沢山載っておりますので、どうかよろしくお願い致します。






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「こんな事していいんだろうか……?」


「いいんじゃないの? 先に仕掛けてきたのはあっちじゃん」


『イイノ、イイノ』



今俺達は部屋のテレビで、自衛隊ダンジョン対策部隊の会議を覗き見ていた。


この映像は悩殻さんが自衛隊の人のパソコンをハックして出しているようで、音は割と綺麗だが画面は厳しい表情のおじさんの顔で固定されていた。



『それで、東京九号となる予定のランドドラゴンを最後に確認したパーティ、調達屋についての報告ですが……』


「おっ! きたっ! ていうか俺達、自衛隊からも調達屋って呼ばれてるんだ」


「トンボ……うるさいって……」


「あ、ごめん……」



迷惑そうな顔で口の前で指を立てるマーズに頷き、俺は口をつぐんだ。



『専門家によると、あの規模の崩落を防護系のスキルで切り抜けるのは不可能。それとアイテムボックススキルの容量についても、現場から消えた岩の量からして通常のスキル保持者とは桁違いの能力を持っているとの報告です』


『未確認のスキルを保持している可能性があるという事か? 調査部は何をしていた』


『今の議題はその件とは関係ないでしょう、だいたい冒険者の連中は身内にも手の内を明かしません。スキルに関しては探るのは難しいと思いますが』


『調査班の監視にも気づいている節が見られます。一昨日は東四に入る直前に突然引き返したそうです』


『監視に気づいているという事か? 報告書には個人の冒険者とあったが、他国のスパイじゃないだろうな?』


『あんなあからさまに怪しいスパイいませんよ』



真剣な声色でいきなりそんな事を言われて、俺は思わず吹き出してしまった。



「言われてるよ、調達屋さん」


「そりゃ怪しいだろ、黄色い布グルグル巻きにして猫吊ってんだもん」



我ながら怪しい格好だとは思ってたけど、改めて人から直接言われると恥ずかしいな。


でも安全第一だから、今後もダンジョンに潜る時はイエローキャットマンになって潜る事になるだろう。



『それより! ドラゴンはどうなんだドラゴンは!』


『三宿の隊がCベースまで捜索しましたが、新しい痕跡は出ていません』


『あんな化け物が見つからないままでは誰も納得せんぞ! 東京が火の海になってからでは遅いんだ!』


『化け物なんかダンジョンの中にいくらでもいるじゃないですか、東京が火の海になってないのは都民の運がいいからですよ、運が』


『林田ぁ! 貴様恥ずかしくないのか! 国を護る我々がっ! こうして何もできず手をこまねいているのがだ!』


『気合いや羞恥心でなんとかなったなら金沢は海に沈んでないって事ですよ!』



その後も会議は紛糾し、都民としては憂鬱になるようなギリギリっぷりがなんとなくわかってきた。


自衛隊の人も大変なんだな……。



「脳殻さん、これって今後も監視してもらったりできる? 何か俺達に対する動きがあった時に教えて貰えると助かるんだけど」


『ミハル、イイヨ、デモ』


「でも……?」


『ノウカク、チガウ』



俺はちょっとびっくりした。


動ける体が欲しいという事、それ以外で何かを主張する脳殻さんを見るのははじめてだったからだ。



「それってどういう事?」


『ノウカク、ヨブ、チガウ』


「ああ、脳殻さんって呼ぶのはやめろって事?」


『ソウ』



俺はなぜだか、ちょっとだけドキドキしていた。


ここ数日で、謎だらけだけど仕事が早くてちょっとお茶目な脳殻さんに慣れてしまっていたからだ。


意思疎通はできているようだけれど、個人的な事を聞いたって答えてくれる相手じゃないと思っていたのだ。


そしてそんな脳殻さんの初めて触れるパーソナルな部分は、俺の予想もしていなかった角度でやってきたのだった。



『ワタシ、ヒメ』


「……ヒメ? お姫様のヒメ?」


『ソウ』



……うーん。


もしかして、脳殻さんって一人称が姫の人?


俺とマーズは顔を見合わせ、数秒の間押し黙って見つめ合った。



「……なんか前から思ってたけどさ。この人、だいぶ豪気じゃない……?」


「ていうか脳殻さん、女の人だったんだね……」


「わかんないよ? 地球じゃあどうか知らないけど、宇宙じゃあ自分の事を姫なんて呼ぶ人は結構ややこしかったりするんだよ。僕の知ってる自称姫の人って女性義体になった元男性の殺し屋だったしね」



いや、もしかしたら地球でも自称姫はややこしい人かもしれない。


俺が高校の文芸部オタサーの女王として君臨していた、一人称『姫』の女性を思い出していると……


脳殻さん改め姫様から物言いが入った。



『チガウ、ヒメ』


「何が違うって?」


『ホント、ヒメ』



自称じゃなくて、マジで名前がヒメって事?



「マーズさぁ……一応聞くけど、マジモンの王族って可能性はないの?」


「ないない。マジの王族を海賊がさらったなら、凄いニュースになってて僕も知ってると思う」



それはそうか。



「それにほんとの王族だったら、ハイエンドとはいえ一般流通の義体なんか使うと思う? しかも脳殻なんて義体化の中枢部品なんだから、なおさらないね。値段は天と地の差だけど、フルオーダーメイドの方が絶対的に安全性が高いもの」



言われてみれば、そうかもしれない。



「もしかしたらだけど……中の人はまだ子供で、親に姫、姫って言われて育てられたんじゃないかな」


『ヒメ、オトナ』


「うーん……そんな気もしてきた」



喋り方がぎこちないから、余計に幼い印象を受けちゃうんだよな。



「それか本名が姫なのかも。たまにいるよ、本名王子様とか。ああいうのってたいてい本人はまともなだけに気の毒で……」


「あ、キラキラネームって宇宙にもあるんだ……」



ぶっちゃけ俺もキラッてるからな。


なんか他人事に思えなくなってきたな。



「まあでも、変な名前で生まれても普通は改名するからね。そうだとしたらやっぱり、名前に違和感を持たないぐらい年若いのかもしれないね」


「たしかに俺も、子供の頃はトンボって名前をカッコいい名前だって思ってたな……」



キラキラネームで子供で、宇宙海賊に攫われて脳殻剥き出しで地球流しか……


そう思うと、なんだか彼女? がますます不憫に思えてきた。



「あの、姫様……体を取り戻しても、辛かったら地球でしばらく休んでっていいからね。一旦距離を取れば、きっと親との関係も冷静になって考えられるはずだから」


『ヒメ、ヤスム』


「トンボ、何の話してんの?」



名前に縛られないポプテにはわからない話だよ。


俺は名前がついたことによって、なんとなく親しみやすくなったマットブラックの脳殻をつるりと撫でた。



『ナニ、トンボ』


「トンボさぁ、仮にも女の人の脳殻にあんまり気安く触らない方がいいよ。そういうのって地球じゃセクハラって言うんでしょ?」


「え? これもそういう扱いなの?」


「当たり前じゃん。トンボには縁がないかもしれないけど、地球人の女の人にもやっちゃだめだよ」


「や、やらないよ……」



なんか宇宙人の猫にこういう説教をされると、他の何よりも心にくるものがあるな。


たしかに、気安くて軽率だったかもしれない……気をつけよう。



『トンボ、モテナイ』


「別にモテないわけじゃないよ。女の子の連絡先も知ってるし」



クラスの委員で一緒になった子だけど。


二人でコンビニの前でジュース飲んだ事もあるし。



「連絡してるとこ見たことないよ。妹の千恵理チェリーからもモテないオタクって言われてたじゃん」


『トンボ、オタク』


「余計な事教えなくていいって!」


「でも教えなくてもさ、勝手に検索しちゃうと思うよ」



マーズの言葉に、悩殻さんの金色の瞳は意味ありげに瞬き……


俺はなんだかどっと疲れたような気持ちになって、その瞳から逃れるようにこたつに潜り込んだのだった。

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