第19話 コードと猫と有料放送

24年1月16日より、Ver.1を削除してVer.2への更新を行っております。

2月9日に発売される書籍版第01巻の続きはVer.2準拠で更新していきます。

書籍には書き下ろしが沢山載っておりますので、どうかよろしくお願い致します。






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『カラダ、ホシイ、トンボ』


「結局これってどういう仕組みでテレビにアクセスしてるわけ?」


「それがわかんないんだよね。構造的にできないはずだと思ってたんだけど」



ひとりでにテレビから流れ出した声にひとしきり驚いた後、俺とマーズは恐らく脳殻の仕業だろうと当たりをつけ、この間使った思考盗聴を利用して調査を開始していた。



『マーズ、トンボ、トモダチ』


「あー、やっぱり脳殻このひとだね。思念波で何かを操作してるっぽいな」


「えぇ? それってどういう事?」


「多分ネットに繋いでどっかで思念波を増幅してるんだと思う。演算特化型にとってこの星程度のセキュリティなんかないも同然だから、どこでも繋ぎ放題だろうしね」


『ムシ、シナイ、ホシイ』



マーズはバリア布と生体維持装置を持ったまま部屋を歩き回り、布を持った肉球をダウジングのように動かし始めた。



「君、勝手にどっかに繋いでるの?」



俺が話しかけると、急に脳殻は静かになった。


言いたくないのね。



「トンボ、見つけたよ。ゲーム機のWi-Fiモジュールからどっかにアクセスしてるみたい」


「え? うちの家ネット引いてないけど……」


「多分機能を利用してよその家のルーターに飛んでるんだよ。どっかからぐるっと回ってこのテレビに干渉してるんだと思う」


『トンボ、カラダ、トンボ』



マーズが無言でバリア布を脳殻にかけた。



『ミエナイ、コワイ』


「体体って言われてもさ……俺達の普段の話聞いてたら、そんな簡単なもんじゃないってわかるでしょ?」


「そうそう、トンボのスキルって融通利きそうであんまり利かないんだから」


『アル』



俺は脳殻から布を外してやり、カラーボックスの上の定位置に戻してやった。



「そんで、この人が勝手によそのネットにアクセスするのを防ぐ方法とかないの? 無茶苦茶されたら怖いんだけど……」


「そんな簡単な事じゃないんだよね。目処が立つまでジャンクヤードに戻しとくとか?」


「いやさすがにそれは……」


『アル』


「じゃあゲーム機捨てる?」


「いや、それもちょっと……」


『アルヨ』



マーズは心底嫌そうな顔でカラーボックスの上をチラ見し、俺の太ももをポンポンと叩いた。



「……トンボ、何か言ってるよ」


「……なんで俺に振るんだよ?」


「トンボが拾ってきたんだからさ、ちゃんと面倒見なよ」



拾ってきたって、犬猫じゃないんだから……と思いつつも、俺はマットブラックな脳殻と目を合わせて尋ねた。



「さっきから何が言いたいの?」


『ホウホウ、アル』


「体を手に入れる方法?」


『シテイ』


「シテイ……?」


『コウカン、カラダ、シテイ』


「交換相手に交換対象を指定するって事……? どうやって?」


『テガミ、イッショ、コウカン』


「あ、手紙を添えるって事か……なるほど! 頭いい!」


『ナルホド、デショ』



はしゃぐ俺をよそに、マーズはうーんと唸って顔を上に向けながら顎をかいた。



「なんで気づかなかったんだろ……って言いたいとこだけど。正直その発想はあった。でも使わなかったんだよね」


「え? なんで?」


『カイゾク、キニナル』


「その通り、交換先がほぼ確定で海賊なのが問題なんだよ」



マーズは腕を組んで首を傾けながら、なんとも言えない顔で続けた。



「個人が海賊と取り引きするとろくな事がないんだよね。海賊宛てに書いた手紙はほぼ確実に保存されて、協力者として銀河警察に認識……なんなら海賊にこっちの正体を特定されて、後で脅されたりとかもあると思う」


「え、それってこれまでの交換は大丈夫なの?」


「まあ、これまでのは証拠もないしね。あくまで踏み込んで利用しようとするとややこしいって事」


「そっか、じゃあやめとこ」



帰った後でマーズの負債になるぐらいなら、今のままコツコツやった方がいい。


俺はそう決めたのだが、脳殻は諦めなかった。



『キンキュウ、コード、アル』


「なにそれ?」


「それって君の元組織の人にだけわかる符帳ふちょうって事? 元の組織にも市場マーケット系の能力者がいたんだ」


『イタ』



きっとその人のは俺のジャンクヤードとは違って、交換する物を選べる神スキルなんだろうな。



『繧ェ繝ォ繧ッ繧ケ繝�Φ邇句ョカ雉��シ菫晄戟閠�舞髮」繧ウ繝シ繝�』


「だから直で言われたって今の環境じゃデコードできないんだってば」



マーズがそう言うと、脳殻は金色の瞳をギョロギョロと動かして、目を閉じた。



『コッチ』


「おわっ!」



俺のポケットの中から声がした。スマホを取り出すと、通知画面に『(^_^)/』という顔文字が出ていた。


おいおい、自由自在のスーパーハッカーだな。



「スマホに入るのはいいけどさ、勝手にメッセとか覗かないでよ」


「別にいいでしょ。トンボはお母さんとしかやりとりしないじゃん」


「そんな事ないだろ! 友だちからもあけおめってメッセージ来たし!」


「その友達って男でしょ? 二本差しの兄さんとか、いっつも女の人とやり取りしてたよ」


「あんなラノベの主人公と比べるなよ!」



ピコンとスマホが鳴る。通知画面には『(ToT)』という顔文字が表示されていた。


やかましいわ!


俺は棚の上に積んでいた着替えのTシャツを、脳殻にパサッとかけた。



『ミエナイ、コワイ』


「そんで、スマホにアクセスして何がしたかったの?」


『カラダ、モトム、アンゴウ』



ピコンとスマホに通知があった。



『コレ、ツカウ』



脳殻の操作だろうか、フォトアプリが勝手に開く。


その一番最新の項目には、抽象画の一部にも見える謎のマークが追加されていた。


淀みない操作はそのまま続き、メール画面が開いたかと思うとそこにはコンビニプリントの受付番号が表示されていた。



『インサツ』


「うお……プリント番号まで……」


「手際いいね」



身体をなくす前はさぞ仕事のできる人だったんだろう。


俺も呼び捨てではなく、脳殻さんと呼ぶべきかもしれないな。



『インサツ、オネガイ』


「わかったよ」



俺はすぐに夜中のコンビニへ走り。


プリントしてきたマークを二箱分のミカンひとつひとつに貼り付けて、さっそく放流した。


交換はすぐにされるわけじゃない、仕込みは早め早めにやっておくのが肝心だ。



『アリガト、トンボ』


「まあ、これぐらいならいいよ」



きっと今後もこうしていけば、いつかは脳殻さんの身内に届くだろう。


そうしたら……脳殻さんの体の後にでも、宇宙船を頼むぐらいは許して貰えないかな?



「マーズ、脳殻さんの体が手に入ったらさ。次は宇宙船を頼んでもらえないか頼んでみようか?」


「そうすると今度はそっちに借りができちゃうんだけど……まぁ海賊よりはいいかな」


『タノム、イイヨ』



気前のいい脳殻さんの言葉にマーズはウンウンと頷き、彼は脳殻さんにかかっていたTシャツを無言でどけた。



『ミエル』


「やっぱり知恵出す人が一人増えると変わるね」


「調子いいなぁ。さっきまでジャンクヤードに戻したら? なんて言ってたのにさ」


『モドス、ダメ、ダメ』


「戻さないけどさ、テレビは普通に見たいかな」



脳殻さんは俺の言葉に、ジャックしていたテレビを無言で元に戻した。


まぁ、どうやってるのかは知らないけどスマホでも喋れるわけだしな。


俺がチャンネルを変えようとリモコンを手に取ると、ボタンを押す前に自動でチャンネルがバラエティ番組に切り変わった。


脳殻さんか……この番組見たかったのかな?


ていうか、テレビをテレビとしても操作できるって事は……。



「……あ! もしかしてこれって……脳殻さんに頼めば有料放送も見れるんじゃない?」


「え? 映画のチャンネルの奴?」



俺が脳殻さんをちらりと見ると、パッとテレビの画面が変わり、古いアクション映画が流れ始めた。


なかなか地上波ではやらないマニアックなタイトルだ。



「うおっ! いけんじゃん! 俺このチャンネル、子供の頃からずーっと見たかったんだよね!」


「いや、ハイエンド義体使ってハッキングしてまでやる事かなって感じだけど……まぁいいか」



すでに夜明けが近い時間になっていたのだが、俺とマーズはテレビの前に座って第三のビールの蓋を開けた。


俺達はそのまま、特に見たくもなかったはずの映画をしっかりと朝まで楽しみ……


完徹で学校に向かった俺は、出た授業の全コマを完全に爆睡してしまったのだった。






宇宙船交換計画の方には進展が出たが、ならば肝心要の交換物を手に入れるための金儲け計画も進めなければならない。


という事で、俺とマーズは自衛隊からの呼び出しが途切れたタイミングで遠出をし、荒川のほとりにある東京第四ダンジョンへとやってきていた。



「東京の川ってさ、なんでどこもこんなに臭いの?」


「あれ? そうかな? 臭い?」


「臭いよ。トンボ達ってさぁ、匂いに鈍感なんだよな」



マーズはそう言いながら、肉球で小さな鼻を隠した。



「まあまあ、ダンジョンの中は臭くないかもしれないし」


「中は魚臭いんでしょ?」


「カビ臭いかもよ」



東四とうよんには中に入って八キロほど行ったところに安全地帯の湖があるそうだ。


ダンジョン産の魚を求めて釣り人が多く訪れるそこならば、きっといい商売ができるだろう。


なんだか嫌そうな顔のマーズをなだめ、なんとか管理組合の事務所に入場登録に向かおうとしたところでピコンとスマホが鳴った。



「なんだろ?」


「お母さんからじゃない?」



ポケットから取り出したスマホの画面には『ジエイタイ、カンシ (p_-)』という文字と共に、五ヶ所にピン留めがされたこの近辺の地図が表示されていた。


えっ! マジかよ……そこまでするの!?


俺が震える手でマーズに画面を見せると、彼はそのまま無言で踵を返して駅への道を戻りはじめた。


結局、地球の組織に見せられない技術バリアがある俺達はダンジョンに潜るのを諦め、そのまま駅そばを食って帰ったのだった。

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