第15話 期待と猫とデカいもの
24年1月16日より、Ver.1を削除してVer.2への更新を行っております。
2月9日に発売される書籍版第01巻の続きはVer.2準拠で更新していきます。
書籍には書き下ろしが沢山載っておりますので、どうかよろしくお願い致します。
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「トンボはさ、なんでここまで人を助けに来ようなんて思ったの?」
「別にトンボに付き合うのはいいんだけどさ。僕もトンボも、ここの人達には命をかけてここまでする義理も恩もないわけでしょ?」
「そりゃあ、俺しかできない事だし……いや……見捨てると後に引きずりそうだから……いや……それも違うか……」
「えぇ~? そんなあやふやな感じでここまで来たのぉ?」
「でも俺さ、黙って見てらんなかったんだよ。行かなきゃって思ったんだ」
「まぁ、隈の姉さんとは仲良かったし、お得意様だったしね」
「前に夢を見たって言ったじゃない?」
「言ってたね」
「夢の中の強い俺なら、絶対見捨てない。それにこんなピンチぐらい、何でもなく簡単にくぐり抜けるんじゃないかって、そうも思ってさ……」
言葉の合間にびゅうびゅうと音を立てて吹く風は、必死に奮い立たせている俺の心の天秤を不安の方へと傾けようとしているようだった。
「でもやっぱりさ……こんな風に命張ってさ、死んじゃったら馬鹿かな?」
「……いいや、それもいいんじゃない? いかにも冒険者っぽくてさ」
マーズは目を細めて笑って、ポンと俺の腹を叩いた。
「何だか知らないけどさ、とりあえず満足するまでやってみたら? 悪い事するわけじゃないんだし、好きなようにやってみなよ」
「マーズ……こんな事付き合わせてごめんね」
「いいよ、うちの頭はトンボでしょ。僕はあんがい付き合いのいい社員なんだよ」
その言葉にふっと胸が暖かくなったような気がして、俺は出かけた鼻水をズズっと啜った。
目を開けたり閉じたりしながら大きな岩を収納すると……
バイザー型の力場にチカっと反応が出る。
進行方向の先に、大きな光点が四つ光っていた。
俺は物干し竿槍を低く構え、引けた腰をなんとか動かしながら光点に向かってゆっくりと進んでいた。
「誰かいますかぁ!」
呼びかけるが、自分の声が洞窟に反響しながら返ってくるだけだ。
光点に近づいてはいるはずなのに、なかなか相手とは出会えていなかった。
「聴覚強化使ってみる?」
「そんなのもあるの?」
「使いすぎると気持ち悪くなるけどね」
器用に俺の肩によじ登ったマーズがちょいちょいとヘッドホン型の生体維持装置をいじると、響く風の音に混じって砂の流れる音や、虫の這う音が耳のすぐ近くで聞こえてきた。
「うわっ、これ気持ち悪いな……」
「あんま常用する人いないと思うんだよね。こんなの自分ちで起動しちゃって、棚の裏とかから変な音したら最悪だよね」
それはあんまり想像したくないな……
額に人差し指を当てて集中して音を聞くと、膨大な自然音の中に何か途方もなくデカいものが歩き回る音が聞こえた気がした。
「なんか歩いてる」
「人?」
「いや、地響きもしてる。なんかめちゃくちゃデカいものがいる気がする」
「ヤバそうだね、用を済ませてさっさと引き上げよう」
「待った、もっかい聞くから」
なるべく足音に気を向けず、風の音に耳を澄ませる。
びゅうびゅうと吹く風の中で「おぉ……い」とか細い声が聞こえた気がした。
「おぉい! 誰かいるなら声出してくれーっ!」
呼びかけてから耳を澄ますと「こっち……こっち……」と声が返ってくる。
洞窟の中だからか、聴覚補助の特性かはわからないが、音が回って聞こえるせいではっきり場所はわからなかったが、俺はなるべく声が大きくなる方向へと進んでいく。
槍を収納し、両手で生体維持装置の周りに壁を作って集音に指向性を作った。
デカい足音の他に、動物らしき足音は聞こえてこない。
不思議な事に、この日ダンジョンに入ってから俺は魔物を一匹も見ていなかった。
「え、ここ?」
「やばいじゃん!」
音を頼りに辿り着いた先には、崩落した岩が散らばっていた。
いくつか岩が重なった場所からはオレンジ色のテントの残骸が飛び出している。
という事は……生き埋めになってるのか!
崩落現場の前では、ヘッドライトを付けて槍とナイフを持った阿武隈さんと吉川さんが、何匹かの魔物の死体の横に座り込んでいた。
「あ……う……誰……?」
「川島です! 大丈夫ですか?」
「あ……テント……」
「今から助けます!」
俺は阿武隈さんと吉川さんを引きずって少し離れた場所に移動させ、岩を収納していってテントを掘り起こす。
潰れたテントの中にいた二人は、魔物対策で中に組まれていた補強用のパイプに守られたのか、崩落に巻き込まれた割には軽症と言えた。
もちろん色々な所の骨折や打撲はあるが、意識が戻らない吉川さんや、足が折れていて立てない阿武隈さんよりはマシだった。
しかしテントの二人も心の方は軽症とはいかないようで、震えながらわんわんと泣いて話もできない状況だ。
俺は歩けない二人を一人ずつ調達屋の看板に乗せて、引きずって
全員が満身創痍で動けないが、俺はできるだけ急いだ。
もう聴覚補助は切ったはずなのに、何かデカい物の足音がずっと響いて聞こえていた。
明らかな危機が、本当ならば救助者を放ってでも避けるべきなんだろう危機が近づいていた。
考え込んだら二度と動けなくなるような気がして、俺はただ体だけをガムシャラに動かし、闇を駆けた。
『Aベース、要救護者四名、うち一人意識なしです! あと奥からなんかヤバいのが来てますよ!』
『こちら
『はいっ!』
『奥から来るやつに追いつかれたら恵比寿の女達放って全力で逃げろ! お前はやる事やった! 冷静になれよ! ヤケにはなるな!』
俺は
ダンジョンの奥からやって来ているヤバい奴は、もうすぐそこまで近づいてきていた。
「救援は来ます、気を強く持ってください。皆さんの荷物は置いておきますので、もし余裕があれば身支度を」
Aベースからダンジョンの奥へと続く通路に向かう俺の背中に、誰かが言葉をかけた気がしたが振り向かなかった。
いや、振り向けなかったのかもしれない。ちょっとでも躊躇えば、俺のちっちゃい器に入った勇気は全部こぼれてしまいそうだったから。
「行くの? 多分こっからは修羅場だよ?」
「こういう時、宇宙の船乗りならどうする……?」
俺はぽつりぽつりと呟くように訊ねながら、ジャンクヤードに入っていた岩でAベースへの通路をぴったりと埋め直した。
「僕がいた会社なら、こういう時は徹底的に……かな」
「それってどういう会社にいたわけ?」
「まぁ、ちょっと荒っぽい会社でさ。でもトンボは船乗りでもない、何の保証も、背負うものもない気楽な立場でしょ? それでも行くの?」
「行く。前に話した夢の中の強い俺なら、絶対に行くはずだから」
マーズは「それは強いから行くんじゃないの?」と肩を竦めながらも、止める事はしなかった。
「さて、こっから先は本当に命がけだよ。
彼は抱っこ紐から俺の肩へと軽やかに飛び移り、ヘッドセットに取り付いた。
「力場強度のモニタリングはしててあげるから、やれるだけやってみなよ」
「……心強いよ、ほんとにさ」
俺はジャンクヤードから缶ジュースを取り出して、手の中でシェイクした。
カシュッと軽い音を立てて銃へと変形したそれを構え、闇の中を進んだ。
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