第14話 暗闇と猫と気合いビンタ

24年1月16日より、Ver.1を削除してVer.2への更新を行っております。

2月9日に発売される書籍版第01巻の続きはVer.2準拠で更新していきます。

書籍には書き下ろしが沢山載っておりますので、どうかよろしくお願い致します。






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俺達に物資運搬の依頼をしてくれた阿武隈さんのパーティへの補給予定日。


ダンジョンの入り口周りは物々しい雰囲気となっていた。



「中と連絡は?」


「そもそも崩落でWi-Fiが生きてるのかどうかもわかりません」


「他の全組合員の確認取れました。中に取り残されてるのは『恵比寿針鼠』と『伊藤猟兵団』の二組です」


「賞金首を追って奥まで行ってた連中か……」



管理組合ギルドの職員たちが深刻そうな顔で頭を突き合わせて話し合い、冒険者達は装備をつけたままダンジョンの入り口を睨んでいる。



「調達屋!」



俺達がそんな常ならぬ雰囲気にたじろいでいると、珍しくバラクラバを外した素顔の気無きなしさんに呼びかけられた。



「気無さん、これは一体……」


「なんかあった?」


「お前ら、今日は中入るな。焼死体が追加で五つ出た。しかも運び出した後に地震で崩落が起きて恵比寿の連中と伊藤んとこが取り残されてる」


「えっ! ヤバいじゃないですか!」


「やべーんだよ、中にいるのはただの火吹きトカゲサラマンダーじゃないって話も出てる。このまま入り口を発破とコンクリで塞いで東三とうさん封鎖の可能性もある」


「じゃあ中の阿武隈さん達はどうなるんですか!?」


「今生きてるかどうかもわかんねぇよ。たしか前に長野で同じような事があった時は結局四パーティが全滅して……」



気無さんの言葉に、嫌な想像が脳裏によぎった。心臓がバクバクと早鐘を打ち、踵から背中にかけて水でも垂らされたかのように悪寒が走る。


一昨日握手したあの人達が……全滅?


にっと前歯を見せる阿武隈さんの笑顔が脳裏に浮かび、がっしりと硬かった掌の感覚が震える手の先に蘇ったような気がした。



「トンボ?」



抱っこ紐の中のマーズが、気遣わしげにこちらを見ながら俺の腹をトンと叩いた。


真冬なのに、首筋を汗が落ちる。


唾を飲もうとして上手く飲み込めず、ジャンクヤードから烏龍茶を取り出して一口飲む。


口に物が入ると、少しだけ気持ちが落ち着いてきた。


大丈夫、大丈夫。


まだ死んだと決まったわけじゃない。



「あん時は結局誰も中に行けなくてな。とにかく雪がひどくて救急車も……」



気無さんの話を聞き流しながら、俺はギリギリのソロバンを弾いていた。


落石は最悪、バリアでなんとかなる。


落ちてる岩も収納できる。


ビームだって無効化できるバリアだ、竜の炎だって多分大丈夫だろう。


一つ一つ自分のできる事を数え、ゆっくりと息を吐き出した。



「……俺なら、いけるかも」



そうして辿り着いたのは、もしかしたら自分にならば彼女達を助けに行けるかもしれないという事実だった。


そしてあの夢の中で見た強い自分ならば、迷う事もなく当然のように助けに行くだろうという確信だった。


正義感か、蛮勇か、はたまた憧憬か、自分にも正体のわからない心の中の熱が、強く裾を掴む凍えるような恐怖感をわずかに上回っていた。


「やれるかも」という推測は「やれる」という確信に。


「行かなければ後悔するかもしれない」という迷いは「ならばやるべきだ」という決意へと急速に変わり始めていた。


俺はそんな熱に浮かされるようにして、震える前歯で下唇を噛みしめ、正しいかどうかなんて自分ではまるでわからない決断を下したのだった。



「気無さん。俺、中に行ってきます……実は今日、恵比寿に補給をする約束をしてたんで……」


「馬鹿野郎! 引っ張られるな!」



バン! と凄い音がして、気無さんのデカくて硬い掌による張り手が俺の左頬に入った。


まだバリアを張っていなかったから、モロに食らって頭がクラクラした。



「お前にできることなんかない、冷静になれ!」



子供の頃以来久々に受けた張り手の効果だろうか、ショックの余り狭窄していた視野が急速に戻ってきた気がする。



「……いや、俺岩とか収納できるんで奥まで行けるんですよ」



そう口に出してはじめて、さっきまで胸の内にあった熱がストンと腑に落ちたようだった。


そうだ、どちらにせよ中の人を生かしたいなら俺が行くしかないんだ。


たとえダンジョンに危険がなく、中の人達が生きていたとしても……


重機を入れて土砂をどかしていては間違いなくその間に魔物にやられて死んでしまうだろう。


心を決めた俺の胸元から猫の腕がニュッと伸びてきて、震える顎をポンポンと叩いた。



「そーそー、バリアもあるしいけるいける」


「あ、そう言われりゃあそうか……でも危ねぇぞ!」


「あの、でも……俺ここで行かなきゃ、一生引きずる気がして……」



そう言いながら顎をカクカク動かす俺を見て、気無さんは不思議そうな顔をした。



「どうした?」


「いや、歯がぐらぐらしてる気がして……」


「お前も冒険者なら、ちったぁ鍛えろ! 生きて帰ってきたらだけどな……」


「はい!」


「組合には俺が説明してきてやる、行くなら行くできちんと準備しろ!」



気無さんは俺の肩を力強く叩いてから、すぐに組合職員の元に向かっていった。



「いいですか? 十キロ地点の広間Aベースまで行ったら必ず連絡してくださいよ! 連絡がなければ助けには行けませんから!」


「わ、わかりましたっ!」



組合職員から手渡されたごつい無線機をジャケットの胸ポケットに入れ、俺は何度も何度も頷いた。


ジャケットのポケットは冒険者達から受け取った食べ物やLEDライト付きの笛、色んな種類のお守りなんかの餞別でパンパンになっていた



「調達屋! 無理すんな! 絶対帰ってこいよ!」


「戻ったら死ぬほど飲ませてやっから、絶対死ぬなよ!」


「飯田達と伊藤達を頼むぞ!!」



皆の顔を見回して、何かを言おうとして言えず、俺はダンジョンへと足を踏み入れた。


いつもと違う、砂埃混じりの空気。


いつもと違う、光源のない真っ暗闇。


銀河警察の生体維持装置の暗視モードもエコーロケーションモードもオンにして。


ここに初めて入った日のようにガチガチに首を強張らせて、俺は進んだ。



「マーズ、良かったの?」


「んー? 何が?」



マーズは、俺に行けとも行くなとも言わなかった。


でも俺に「下ろしてくれ」とも言わなかったのだ。



「死ぬかもしれないんだよ」


「死ぬかもしれないなんて、宇宙で船に乗ってりゃ当たり前の事だよ。海賊の艦砲射撃食らったら全員一緒に次の人生なんだもん」


「今から行くのは地の底だよ?」


「生き埋めになって死ぬのも、宇宙に放り出されて死ぬのも一緒一緒」



それに……と、彼は続けた。



「ここ、まだ修羅場じゃないから。全然ビビる必要ないよ」



闇の中で腹に感じる暖かさの中で、彼がくあっとあくびをしたのを感じた。





 

探索は順調に進んだ。


銀河警察の生命維持装置の暗視モードは優秀で、ヘッドホンのような本体から発生したヘルメットのシールドのような力場に画像が投影され、洞窟内がまるで昼間のような明るさで視認できる。


天井や壁の崩落で通路を埋め尽くすほどに積みあがった岩も、最初はえっちらおっちら収納していたのだが……


途中からはコツが掴めてきて、まるで掃除機で吸うようにスムーズに収納できるようになっていた。



「だいぶ慣れてきた?」


「まあ、あんだけの量をやりゃあね」



大きな崩落は入り口から少し行った場所だけで、幸いな事にそこから先は順調に進むことができていた。


崩落していたのは天上ばかりで、地面に問題がないのも幸いだった。


積もったものはどかせるけど、地面がなくなってたら進めなかったからな。


ダンジョン内には崩落の影響か魔物の姿も全く見えず、いつもより進むのが楽なぐらいだ。


そんな道のりを五キロほど進んだところで、その声は聞こえてきた。



「ぉぉぃ……ぉぉーぃ」


「なんか聞こえた?」


「聞こえたね」


「誰かいますかーっ!」


「っち……こっち……」



LEDランタンを取り出し、光を灯しながら近づくと地面には男性が倒れていた。



「大丈夫ですか!?」


「あ……調達屋か……助かった、助かった……」



倒れていたのは、伊藤猟兵団のメンバーの一人だった。



「他の方は?」


「うちの団は俺以外全滅だ……すんげぇ火にやられて……俺は一番後ろにいたから炭にならずにすんで……そうだ、俺は……俺だけ……」


「歩けますか?」


「だめだ……暗くてもう、どこにいるのかもわからなくて……」



俺は彼の前にLEDランタンをごとりと置き、その隣に水とブロック食品を置いた。



「いいですか、あっちに向かえば外に出られます。救援も呼びますので」


「頼む……連れてってくれ……もうダメなんだ……」


「……すいません、他にも救助する人がいるんですよ」



俺は足を掴む手を振り払い、無線に『五キロ地点に生存者あり。崩落は解消。先へ進みます』と送信して奥へと進んだ。


背中からは「頼む……待って……」というか細い声が投げかけられ。無線機からは『一旦戻れ!』という割れた声が響いていた。


俺は全てを振り切って、真っ暗闇の中を前に進んだ。


これ以上怯えに足を取られないように、足早に進んだ。






十キロ地点のいつもの広間は、その半分ほどが崩落で埋まっていた。


俺が普段座っていた場所も、いつも阿武隈さんたちが陣取っていた場所も、土砂に埋もれて完全に見えなくなっていた。


嫌な想像が頭に浮かび、矢も楯もたまらずに叫んだ。



「誰かいませんかーっ!?」



問いかけに返事はなく、俺の声だけが暗闇に木霊していた。



「ちょっと待って、生体サーチしてみる」


「え? そんなんできるの?」


「この装置は警察用だからね。生体維持装置って最後に残る装備だから、基本的に多機能なんだ。これだけで宇宙空間に放り出されてもある程度耐えれるぐらいだし」



俺の肩を足場にしながら、マーズは慣れた手付きでヘッドホン型の生体維持装置を操作する。


ヘルメットのバイザーのような力場にピコピコと光る点ができ、その横に読めない文字が浮かび上がった。



「この部屋は人間大の生体反応なし、虫やネズミぐらいかな。人間ならもっと大きな点が出るはず」



俺はホッとして胸を撫でおろした。



「それ、ここから先ずっとオンにしといてよ」


「別にいいけど、死体はサーチできないんだからあんま深入りしないでね」



マーズの言葉に俺はこくりと頷いたが、どう考えても今こそが深入りしてしまっている状況だろう。


あの広かった大空洞の大半は今やほとんど土砂に埋もれてしまっていて、とてもじゃないが土や岩を収納できる俺以外の人間が進めるようには思えなかった。



「ありゃ、こりゃ~えらい事になってるね」


「もうちょっと崩壊が遅ければ俺達も生き埋めだったかな?」


「バリアがあるから大丈夫だったんじゃない?」



それはそれで悪目立ちしたような気もするけど……まあ、悪目立ちなんてのは今更か。


俺は苦笑いしながら、初めて進む事になるAベースの先の道を見つめた。


無線機を取り出し『Aベースに人なし、奥へと進む』と送信をする。


地上からのノイズ混じりの返信は、事前に組合に報告されていた阿武隈さんチームのキャンプの場所を伝えていた。

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