外伝7話~次の舞台へ妹弟と共に~

 俺は敗れた。グルグルバットという同じ日本の、ダートを主戦場とする奴に。そう、サウジカップでのまさかの敗戦。勝つことへの渇望と、その難しさと、友との約束を破ってしまった事への贖罪。


 全てが入り交じったことでグチャグチャになった感情を落ち着けるのには時間がかかったが、どうやら俺は日本に帰ってきたらしい。


 どうも館山牧場です。さて……お、母さんいるじゃん。プリモール母さんじゃん。……いや、今は会わないでおこう。合わせる顔がねぇ。


 さて、どうするか。いや、どうなるのかねぇ。グルグルバットの奴に俺は負けた。初めてのダートとはいえなぁ、負けた条件に出そうって皆が考えるだろうか。


 きっちりやり返したいが……現実問題は厳しいだろう。なんせ競馬はギャンブル。勝つことが全てだ。俺は芝で結果を出している。


 普通の人間ならそこでダートに出そうとすら思わんだろう。まぁ宮岡オーナーは出してくれたが。でも負けたし懲りて芝に戻ると俺は考えている。


 うん、改めて考えても現実的に厳しいな。そもそも俺は今後も走れるのだろうか? だってダートやらを走る予定で今年も現役を続行してるんだろ? 予定、狂ったりしてないか?



『あ、兄さん。おかえり!』


『セチアか。ただいま。そっちはどうだ?』



 そんな俺の前に現れたのはポインセチア。俺の3つ下の弟だった。去年は俺とカーテンコール、妹のコールが勝てなかった2歳GIを制しており、今年で3歳になる。


 確かこの時期はクラシック路線の真っ最中で、三冠レース

の前哨戦とかが無かったか? どうしてここに?



『……僕、今年まだ1回も走ってないんだよね』


『えぇ!?』



 確か2歳王者だよなセチアって!? 何でレースに出さないんだ? ディープゼロスも皐月賞には出てたからそろそろここを出る時期だと思うんだが。



『お兄ちゃぁぁぁぁんっ!!!』


『コールも!?』


『ちっ……』



 と思ったらコールも来た。セチアが舌打ちしたような気がしたけど気のせいだよねっ? て言うか……また兄妹が集合したな。年末でもないのにこれは珍しい。


 何で? と考えていたら館山さんから情報を得れた。どうやらコールとセチアは5月に開催するマイルのGIレースに出るらしい。


 セチアはフェイ、タガノフェイルドが勝ったNHKマイルCに。コールは牝馬限定のGIヴィクトリアマイルに。


 朝日杯FS、香港マイルからの休み明け直行ローテって訳か。まぁ2頭ともやる気は充分あるしお互いを意識して走ってるから問題ないだろ。


 いやぁ二人ともちゃんとレースで走ってて偉いな。……ん? あ、あれ? 俺はぁぁぁぁぁぁ!?



***



 調教師である俺の元に、サウジカップを2着に破れたステイファートムの次走について宮岡オーナーからの言伝を預かる。



「えぇ!? GIドバイWCには出ない!? 荻野さん、宮岡オーナーがそう言ってるんですか?」



 受け取ったメールにはドバイWCは回避して放牧に出すと書かれていた。それを厩務員の沢村に伝えると案の定驚いてはいたが。



「なんでっすか荻野さん」


「恐らく……このままじゃ勝てないと踏んだんだろう」



 初ダート、距離、ナイター競馬。6歳のファートムにとっても未知の世界だ。しかしそれは言い訳にはならない。負けた、この事実だけが重要だ。


 宮岡オーナーは負けても挑戦するべきという人だが、負けるとわかっているレースに出すほどの博打師でもない。



「約1ヶ月。それでグルグルバットとの差が埋まるかと考えて無理だと判断したんだろうな」


「苦しいですけど僕も同感です」



 俺の言葉に主戦騎手である横川も同調してきた。乗っていた本人もそう感じたのだろうか。



「ダートも合わない訳ではありません。芝以上に適性があるかと言われれば微妙ですけどね。ただ、グルグルバットにあと1ヶ月で勝てるようになるとは思えない」


「あぁ、宮岡オーナーも同じ意見だ。だから1度放牧に出して………ん!?」



 その後に書かれたメールの内容を見て俺が共学の声を漏らす。当然、周りの2人も身構えた。秋古馬三冠、春古馬三冠を筆頭にダート挑戦など様々な無茶振りを言ってきたオーナーなのだ。今度は一体何が、と思うのも無理はない。



「荻野さん、一体何が? 早く言って欲しいです。僕の心臓がもたない」


「お、落ち着いて聞けよお前ら。まずポインセチアの次走はNHKマイルCだな」


「そうですね、直行ローテは不安ですが無理に皐月賞出すぐらいなら得意のマイル走らせた方が良いって判断です」



 初めは皐月賞の前哨戦、GIIスプリングSでも走らせる案もあったが却下した。この馬はマイルでギリギリと判断したからな。


 なので3歳春はもちろん行ける所までマイルを使い、恐らく4歳頃からスプリント路線に切り替えると俺達は判断している。



「んで、カーテンコールの次走はGIヴィクトリアマイルだ」


「こっちも香港マイルからの直行ローテ。とはいえ牝馬限定戦ですし不安はそこまで無いですよ」



 ヴィクトリアマイル。牝馬限定戦のGI。最近は中距離も走れる牝馬の一線級は宝塚記念に出走することも多く、メンツがスカスカになる事も少なくはない。


 無論、マイルが得意な牝馬がいればそんな事は無いのだが。だがどちらにせよ牡馬が出てこない分、コールの勝率は高くなっているだろう。



「んで、ステイファートムだが……安田記念だ」


「初めての、マイル……面白くなってきましたね」



 俺の言葉に横川がニヤリと口元を緩める。あぁ、初めてのマイル路線への殴り込み。3200mをこなせるファートムのマイル適性が見られるかもしれない……それだけなら良かったのだが。



「もう1つ、というかこっちが本命なんだが」


「あー、荻野さん。俺ちょっと嫌な予感が」


「僕もです。でもまさかそんな事ないですよね?」



 俺の表情と声のトーンで沢村と横川の2人も薄々感じてはいたんだろうな。さて、言うか……。



「ポインセチアはNHKマイルCから、カーテンコールはヴィクトリアマイルから、安田記念へと向かうローテだ」


「やっぱりかぁぁぁ!!!」


「えぇ……誰にも渡したくないんだけどなぁ」



 ステイファートム、カーテンコール、ポインセチア。兄妹3頭による夢の対決が、春の府中マイルコースで実現しようとしていた。



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有馬記念タイトルホルダー3着お疲れ様でした

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