外伝6話~GIサウジカップ~

 うぉー、ナイターのレースなのにめっちゃ盛り上がってる。俺も準備万端だぜ! なんでか知らないけどメンコ付けられてるけど。て言うかサレグスとかメイショウザクロスとかが先に行っちゃったんだが?


 アイツら俺と同じレースじゃないって気づいた時の喜びよう、さすがに酷くないか? それよりも、グルグルバットの奴がチラチラとこっちを見てくる。止めろ、俺も嫌な予感がしてきたんだ。



『『お前、実は芝馬(ダート馬)か?』』



 同じ考えに至った向こうとセリフが被る。うん、俺は芝馬だからこいつがダートから芝に参戦してくるってことか。歓迎するぜ、グルグルバット! お前の挑戦受けて立つ! そして俺は歓声を浴びながらダートの舞台に降り立った。……あれぇ?



《ナイター競馬となります、世界最高賞金額にしてサウジカップデーのメインレース、GIサウジカッブです。ダート1800m戦に今年はGI馬7頭が出走しました


しかしオッズは1部に集まっています。注目は去年の砂の王国アメリカダート最高峰のレース、GI BCクラシックを2着に敗れたアメリカ最強馬ドゥームネルト


そしてそのドゥームネルトに勝った日本最強のダートホースにして、去年のディフェンディングチャンピオン、GI10勝馬グルグルバット。本レースの大本命でしょう


そして異色という意味での注目馬はこちら。無念の香港ヴァーズ取り消しから早や2ヶ月。未だ衰え知らずの強さはついにダートにも侵攻


日本が誇る芝GI7連勝の世界トップホース。運命旅程、ステイファートムが堂々のダートGI参戦! 初ダートに新馬戦以来の1800mながら3番人気に推されています


細田さん、どう感じますか?》


《そりゃ明智さん、日本勢が世界を相手に物凄いことを現在進行形でやってのけている事に大興奮ですよ。方や砂の王国の最高峰レースBCクラシック勝ち馬。方や長年の悲願となっていた凱旋門賞制覇を果たしたアイドルホース


そして逆襲に燃えるアメリカ勢のドゥームネルト。どの馬が勝ってもおかしくありません。芝馬でもあるステイファートムがどこまで戦えるのかについても注目していきたいですね》





『お前、やっぱこっちに挑戦じゃねぇか』


『う、うるせぇ。俺だって初めてだダートなんて』

 

『ダート"なんて"???』


『悪い意味じゃねぇよ!』



 グルグルバットの妙に勝ち誇った顔には腹が立つが……ガチでダートで走るのか。別に調教中でも走るし問題はない。ただ後ろから行くと砂被るの嫌なんだよな。俺ってば綺麗好きだし?


 顔だって汚れるし不快じゃん? あ、だからこの黒いメンコ付けてるのか! さすが俺の事分かってるじゃん! これなら汚れる箇所も少なくなる!



「もう落ち着いてる。早いね、問題なさそう」



 横川さんが笑いながら撫でてくれた。おいおい、ちゃんと言っといてくれよダートだって。そしたら俺も練習したのにさ。確かにダートコース走ること多かったけど、てっきり脚の負担考えてるだけと思ってたじゃん!


 ん、ダートのメンツを見るのは初めてだが雰囲気的にはほとんど遜色無いな。強いて言えばメンツの年齢が濃い気がする。若い馬少ないね、ダート。


 でもやっぱ強者のオーラは半端ない。あいつ……ドゥームネルトか。GI何勝してるんだってくらいハンパねぇわ。シュトルムのおっさんやマカモアおじさんよりやべぇ。


 でもやっぱ、お前が1番だよ、グルグルバット。お前、シャルルゲート並だぞおい。さすがにオーソレミオには適わねぇけど、まだまだダートは底が見えないって意味じゃある意味アイツより怖いな。



『ん、行くか』



 そうこうしているうちにレース開始の時間がやってきた。頭数は……10頭? いや少なっ!? 2戦目に走ったエリカ賞ぐらいじゃないか?


 でもこれGIレースだろ? なんでこんなに少ないんだ? ……まさかとは思うが、メンツが強すぎて勝てないから来なかったってある? うーむ、残念だが致し方ないのかね。



「返し馬の感じも問題ない。ダートもいけそうだね。さぁ、今日も勝とう」


『おう! 勝つさ!』



 グルグルバット、ドゥームネルトも共に枠に収まる。ドゥームネルトが内。俺が真ん中、グルグルバットは大外。それぞれバラけた位置取りだな。まぁ良い、俺はただ勝つレースをするだけさ!



《全馬枠入り完了。砂塵の吹くこの舞台を制するのは一体どの馬か! 今ゲートが開きましたおおっと1頭大きく出遅れた!


地元のGI二聖都の守護者杯を勝ったディーヴナシオ4番人気が離されて最後方! ドゥームネルトは良いスタート! ステイファートムは先頭に立つ!?


これは驚きステイファートム先頭争い! さぁ内外どっちだ外が出ましたステイファートム先頭です! これは面白い展開となりました


1番人気のグルグルバットはいつも通り前目中段に位置取っている。そのグルグルバットに虎視眈々と狙いをつけてドゥームネルトは並び立ちます


最後方ディーヴナシオ。上位人気4頭はこう行った位置取りです。逃げるのは初ダート、芝GI7勝馬ステイファートム。まさかの思い切った逃げ、この戦法がどう影響するのか》



 ウッヒャッホォオォォォ!!! やっぱいい感じだわ! 芝のレースより流れが少しだけ遅いが特に問題ないな。お、先頭いただきます!


 別にいつものペースで走ってるぞ? 俺は全然問題ないな。でも力が牡馬より弱いとされる牝馬には余り向かないかも。



「……マイペースか、うん、行こう」


『任せろ横川! これがダートか! ぶっちぎってやるぜ!』



 別に先頭に立ったのは俺が調子に乗った事だけが理由じゃないぞ。砂がずっと顔にかかるのは耐えられないからって理由もある。わがまま? うるせぇ!


 別に逃げたとしても俺ももう6歳。3歳有馬記念の時のように慌てたりなんてしないさ。逃げでも俺が強いってところ、しかと目に焼き付けやがれ!



『ペースが速い……やってるな、ステイファートム』


『はは! この俺の芝のスピードに付いてこれるか? ダートの王』


『ペースも、展開も関係ない。最後にゴール板をいちばん早く駆け抜ける、そうすれば勝ちだ』



 後ろのダートホース達も付いてくるが苦しそうだ。普段から大逃げしてるならともかく、先行勢なのに初ダートで逃げる。怖いよなぁ!?


 芝での実力知ってるもんな! だから無視までは出来ない。さあ、付いてこいよお前ら! 俺が全てをねじ伏せてやる!


 お、このコースは左回りワンターンか。初めて走る舞台に初めてのコース。何もかもが初すぎてテンション上がりっぱなしだな。


 かか、新馬戦以来の距離だがあっという間にコーナーだ。そう感じるってことは、俺も成長したってことかね? まぁ良い。脚は問題ない、このまま押し切る!



《ステイファートム先頭。そしてそれを見る形でドゥームネルト、その後ろにグルグルバット。それを交わしていくディーヴナシオ


中段まで押し上げていったディーヴナシオがゲルグルバットをかわした! 外から上がっていく!


芝馬ステイファートムまだ逃げる! 1番人気グルグルバットは依然として中段! そしてドゥームネルトは、ディーヴナシオと共に進出していく最後の直線迎えました!》



『まずは先頭のやつを捕える。グルグルバット! 勝負だ!』


『俺は、走るだけだ。勝手についてこい』


『よぉし遅れは取り戻した! こっからだ!』



 ドゥームネルトがグルグルバットを交わして内に切り込んでいく。グルグルバットはまだ動かない。そんなドゥームネルトに続くように、しかし位置取りは真逆の大外から上がって行った。



『黙って聞いてりゃ良い気になりやがって。1着は俺のもんだ。後ろでバチって勝手に遊んでろ。俺は逃げ切らせてもらうぜ!』


『……そうだな、まずはてめぇだイケメンクソ野郎!』



 俺の言葉に2番人気ドゥームネルトが内から追い上げてくる。前はまだ壁になっているが、いずれこじ開けてくるだろう。



《逃げるステイファートム! それを追って内から凄い脚ぃ! ドゥームネルトだ! ドゥームネルトが来たぁ! アメリカ代表馬が日本のステイファートムに襲いかかる! そして、グルグルバットも徐々に進出しているぞ!》



 ディーブナシオってやつが外から上がってきているな。グルグルバットの奴はまだ来ねえ。俺が三馬身ほどのリードを保ってる。そんな中一番最初に来たのは……。



『はははは! 俺様の登場よ! さっさとその位置を譲りやがれってんだ!』


『来たなグルグルバットの前座! 勝手に後ろで喚いてろ!』


『前座はそっちだ! 捻り潰してやる!』



《最後の直線! ドゥームネルトがジリジリと迫ってきたぁ! ステイファートム逃げる! ステイファートム逃げる! 芝馬の意地を見せるか! 


しかし本場ダートの国アメリカの名馬が襲い掛かってくるぞぉ! その差が三馬身! 二馬身! 一馬身! 差がドンドン縮まってくる! さあ粘るぞステイファートム!


そしてディーブナシオが大外から追い込んでくる! それを見る形でやってきたのがグルグルバットだぁ! 鞍上手網を動かし始める! こちらも追い込んできているぞ!》



 ドゥームネルトの奴、すごい脚だなおい! こっちがまだ全力じゃないからといってここまで追いつめられるなんて思いもしなかったよ!


 だが、こいつよりもっとやばい奴が後ろに控えてるんだ! こんなところで並ばれてたまるかってんだ! さあそろそろだろ? 横川さん!


 そう思った次の瞬間、俺に鞭が入った。キタキタキタァ! さぁここからだ突き放すぜ! 俺の王道は止まらねぇよー!



《さぁドゥームネルトがステイファートムに! 詰められない! 差か詰まらない! 鞭が入ったステイファートムがリードを再び広げていく!


外からディーブナシオも猛追しかし! こちらも届きはしなさそうだ! ステイファートム先頭! ステイファートム先頭!》



『……あ? なんで、差が……舐めんじゃねぇぇぇ!!!』


『ぶっちぎってやるぜ! 俺の強さに陰りはねぇ!』


『うっそぉ、これは、無理かも?』



 ドゥームネルトが脚を伸ばす。だが俺には届かねぇ。外から来ているディーブナシオも同じだ。俺の脚は止まるどころか加速していく。


 このままなら勝てるだろう。このままなら、な。分かってるぞ俺の後ろ! 俺以上の加速で迫ってきている奴! さぁ、後はてめぇを潰せば終わりだよなぁ! グルグルバットォ!



《残り200は既に通過! このまま! 逃げ切ることが出来るのか! 芝最強が砂でも頂点へと至るのか! いや真ん中から1頭来ている! 砂の世界王者が! グルグルバットが!》



『ステイファートム……君が残ったか』


『おうよ! さぁ、砂最強。決着を付けようか』



 真ん中から凄い脚で追い込んでくるグルグルバットに対して宣戦布告をした俺がさらに加速する。付いてこれるか? 俺のスピードに!



『舐めるな』



 ゾクッ! そんな悪寒が走ると同時に後ろからとんでもないのが突っ込んで来ていた。一瞬だけだがオーソレミオを彷彿とされる威圧感、まぁ分かっちゃいたがグルグルバットの奴だな。



《グルグルバットの強烈な追い込み! ステイファートムを捉えた! 捉えた! 捉えましたあと100m! ステイファートム粘る! ステイファートム粘る!》



 不味い……非常に不味い。こいつは想定以上だ。ダート……未知の世界、俺が芝で世界を制したと思っていたが、こっちには別の王者が居たってことか。



『それでも、勝つのは俺だァァァ!!!』


『残り物はさっさと降れ。俺は俺のために走る。レースがあって俺が走るんじゃない。俺が走るからレースがある。つまり俺の勝利は必然であり、俺が主役だと言う証。イロモノ枠はさっさと消えろ』



《ステイファートム粘る! 外からドゥームネルト、ディーブナシオが脚を伸ばすが届きそうもない! しかし! 1頭だけ交わした!》



『クソが!』


『驕るな。俺は無敵だ。むしろ誇れ。芝の馬でありながら俺の2着だなんて光栄だろ?』



 芝と砂……大した違いが俺にあった訳じゃない。もちろんめちゃくちゃ苦手な馬もいるだろう。けれど俺なら芝ダート両方の二刀流として名を馳せることも出来た、そのぐらい適応していたはずなのに……。



『久しぶり、だな。この気持ちは』



 グルグルバットに離されていくのに何故だろう。昔のように怒りに支配される事は無い。むしろ燃えてきた。この熱い想いを次に繋げる。そう信じ俺は……。



《さぁ日本のワンツーなるぞ! グルグルバット、ステイファートム! 芝とダートの王者のその勝負の行方は! 世界のホースマンよ刮目せよ!


これが日本最強のダートホース! グルグルバットだァァァァ!!!! 日本のワンツーフィニッシュ! サウジの夜に日の丸が灯る!


見事に一番人気に応えましたグルグルバットです! これでGI11勝目! あのコパノリッキーに並び歴代最多タイの大記録!


そして1馬身離された2着には去年の年度代表馬、芝の王者ステイファートム。その1馬身後ろにドゥームネルト、さらにそこから1馬身切れて出遅れたディーブナシオの入線です》



 2着でゴール板を駆け抜けた。……あれ、やっぱ悔しいわ。俺の前でゴール板を先に通過する存在なんて信じられねぇ。……ク──。



「クッソォォォォォォ!!!!!」



 突如発される怒号。それは俺の上から聞こえてきた。……横川さんの悔しさを表すに相応しい魂の咆哮がサウジの夜空に響いた。


 そっか……何が悔しくないだ。何が燃えるだ。次に繋げるだ! 悔しいに決まってるんじゃないか! 負けたんだぞ!? 腑抜けたのか俺は!?


 芝GIを7連勝。一年以上負けることが無かったからって、勝利することが当然だと思い込んでいたのか? 思い出せよ、もっと昔を。


 デビュー戦で負けて、クラシックは無冠で終わり次の有馬記念でも敗れた。あの時の勝利への渇望は、情熱はどこに行っちまったんだ俺は!?


 ……ダートだろうが関係あるか。俺はもう、誰にも負けねぇってタマモクラウンに約束したんじゃねぇか!!! クッソがァァァァ!!!



「ファー……そうだ、悔しいよな。分かるよ、俺もだ」



 そう語りかけてくる横川さんは泣いていた。そうしながらも顔を撫でてくるその手は……俺の涙を拭ってくれていた。自らは顔をグシャグシャにしてでも、俺の涙を拭いてくれたのだ。


 なんて、情けない……。二度と負けない、そうアイツと誓った約束を破ってしまった……俺は俺が許せねぇ。次はグルグルバットに勝つ……そう心の中で誓った。

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