第78話~GI凱旋門賞その7~

***



 オーソレミオが来た。スタミナ切れを起こして、もう伸びてこないと思っていた、既に敗北したはずの馬が再びやってきたのだ。



《いいや大外からもう1頭来ている! オーソレミオ来た! オーソレミオ来た!! オーソレミオ来たぁ!!! 物凄い脚だ! このまま差し切るのか!?》



 周りの観客の様子からもどよめきが産まれる。そらそうだ、アイツは1番酷いマークを受けて、1番酷い距離ロスを起こして、それでもやってきたのだから。


 恐らく限界を超えてまで……。ただ、タマモクラウンの時とは違って怪我の兆候は見られない。極度の疲労には襲われるだろうが、命の危険がある訳では無いようだ。


 ……何がアイツをそこまで高ぶらせるのか、それは分からない。けど、何故だろう。今のアイツには勝てる気がしないのに、それでも何故だろう……笑みが止まらない!


 来てくれた……来てくれた! やっぱり嬉しいのだ。強い馬が強い競馬をする事が。ディープゼロスとの最後の対決であり、アイツの惨敗で終わった札幌記念でそう認識した。



『やっぱ最後はお前を倒してだよなぁ! オーソレミオォ!』


『うる、せぇ……俺はただ勝って、てめぇらは俺より下なんだって、証明する! それだけだ! 行くぞデットール!』


『あははは! 何だお前、俺と一緒じゃん。俺も最強を証明したい! そのために走ってるんだ! さぁ決めようぜ! どっちが強いかをよぉ!』



 先頭を走る俺と後ろから物凄い脚で上がってくるオーソレミオ。残り200mにも満たない直線の最後の攻防が始まった。



『……君達の仲に、我も加わりたかったよ。……頑張れファートム、お前の競馬を、俺達の意地を見せてやれ』



 シャルルゲートはそう呟き、静かにオーソレミオに2番手の座を譲る。一方のオーソレミオも体力の限界が本当に近いのだろう。少し寄れてもいた。



《少し寄れながらもシャルルゲートをかわした! ステイファートムピンチ! 粘れ横川負けるなファートム!》



「ここまで来て、負けてたまるか! ファー、粘るぞ!」


『あぁ……全力全開だ!』



 シャルルゲートをどれだけ突き放せるか、それだけを考えていた。でも違った、お前が来てくれた。逆境の中でも勝つことを諦めず、勝利への執着心を捨てなかった。



『そんなてめぇに勝つ!』


『勝つのは、俺だ!』



 信じられねぇ脚だ。オーソレミオてめぇ、一体全体どれだけの力を、強さを持っているだよ! 反則だろ! ……強すぎるわボケが!



《外からオーソレミオ! ステイファートムしかし! 外からオーソレミオにかわされたぁぁぁ!?!?!?》



『届いた、ぞ!』


『ふざけやがって、この野郎!』



 スタミナは切れている。脚も普段ほど上手く溜めれていない。それでなんで、マイペースに持ち込んだ俺の勝ちパターンに着いてこれるんだよ!


 後ろを見てみろ! 俺とお前以外、誰も来てないんだぞ! ……すまねぇリリー、約束守れるか分からねぇや。でも、諦めねぇ! 挫けねぇ! 俺はもう二度と、誰にも負けねぇって約束したから!!!



「ファー……差し返せるよな? 秋天を、思い出せ!」



 あぁ、そうだよ! あの時、ホワイトローゼンセに一度はかわされた時の悔しさは今でも鮮明に覚えているさ! そして意地を見せて初のGI制覇……かかっ、良いねぇ!


 日本馬が勝ててないレースで、世界最強馬に一度はかわされた日本馬が再び差し返す。今回のMVPとも呼べるオーソレミオほどじゃねぇが、主役としては上出来だろ?



『いや、まだだァァァァ!!!』



《いやまだだ! 残り100mも無いが、再び伸びる! ステイファートム差し返せ! 勝利の運命掴み取れ! ステイファートムも差し返す! ステイファートムも差し返しているぞっ!?》



『あんたも大概だな……うおおぉぉぁぁぁああぁ!』



《ステイファートム!》






 後ろの馬も歓声も、全てを置き去りにするかのように、長い時の狭間に閉じ込められた感覚に陥った。






《ステイファートム! 差し返せ!》






 1呼吸、1歩1歩を踏み出す事全てがスローモーションに感じられる、そんな感じだ。あぁ、永遠にこの楽しい時が続けばいいのに……そう思って隣をチラッと見た。






《ステイファートム!》






 ……そうか、オーソレミオ。……お前も楽しいか。初めて見た彼の笑みに、思わず俺も笑ってしまった。世界最強を決める舞台だってのに、これじゃまるでタガノフェイルドといつもやっているお遊びと同じじゃねぇか。






《オーソレミオ!》






 すげぇよオーソレミオ。単純な強さじゃお前がナンバーワンだ。でも、お前が強かったから不利を受けた、距離ロスを受けた……全てが噛み合ったからこそ俺とお前は今、こうして並んでいる。






《ステイファートム!》






 俺を育ててくれた人達に、共に戦ってきた皆。全力で応援してくれて、俺の全力に全力で応えてくれて、そして同じ時間を過ごした仲間として言わせてもらうよ。











『……ありがとう』



《ステイファートムゥゥゥ!!! 差し返したァァァ!!! ついに! ついに! ついに日本馬がやりました!


最後に物凄い脚で迫ってきたオーソレミオでしたが僅かに退けています! 勝ったのはステイファートム、横川勤です!


2着にオーソレミオ、少し離れて3着にシャルルゲート、ラストラン有終の美は飾れませんでしたが馬券内の大健闘です!


運命旅程は日本の、そして世界の歴史にその名を深く刻み込まれます! 激しい激闘を制して世界最強馬に名乗りを上げたんです!


ステイファートムが勝てて、私は、私はぁ……すずっ、おめでとうステイファートム! 君の歩んだ道は、運命の旅路はこれからも続きます!


そしてGI7連勝の彼が残すはラストランのみ。シャティンで行われる香港ヴァーズです! 運命の最後の旅程を見逃さないで下さいね!》



「…………はは、勝てた」



 はっ、はっ、はっ、はぁ……ふぅ、ふぅ……勝った、か。そうか、勝てたか。俺の……勝ちか。やったぞ、母さん。コールにタマモクラウン……皆。



「勝った……勝てた……っしゃああぁぁぁぁぁああぁああ!?!!?!!!!」




 見たことも聞いた事もないほどの雄叫びを横川さんが上げる。俺と初めてGIを勝った天皇賞・秋よりも凄いんじゃないだろうか?



『ファートム!』


『リリー……』


『格好良かった! ……おめでとう』


『……あぁ。君との約束、守れたよ』


『うん。また、会おうね! 今度は私が勝つから!』


『……勝つ、か。うん、走れたら、良いね』



 リリーも分かっているだろう。俺は残り1回しか走れないと既に話していた。それでも彼女はまた走りたいと告げてきてくれた。……その言葉がとても嬉しいし、重く感じた。



『はっ、どうだ。凱旋門賞を勝った景色は』


『シャルルゲート……そうだな、まだ実感が沸かねぇよ』


『我もさ。負けて悔しいって気持ちもあるが、それ以上にこれで終わりなのかと思うとな……』


『俺も、あと1戦で終わりだよ。対した違いはねぇ』


『……勝ちたかった。悔しいな、これは……君の最高の走りは目に焼き付けた。我はこれからもトレーニングを積む。今日の君が見せてくれたその走りの幻影を振り払うまでね』



 シャルルゲートは新たな決意を瞳に宿して去っていく。……アイツは、一生俺という存在を覚えているんだろうな。今日のレースの俺を。


 そして、これなら勝てる! って思うまで身体を追い込むんじゃないだろうか? ディープゼロスの影を追っていた頃の俺のように……。



『……負けた』


『そうだな、オーソレミオ、お前の負けだ』


『……人なんて、ただの重りだと思っていた。俺が暴れたりするのを押さえつける監視役だって。けど、違った……デットールは俺と共に戦ってくれていたんだ』


『あぁ、それが競走馬と騎手の本当の関係さ。互いの息を合わせて、初めて最高のパフォーマンスを出せる。どっちが欠けてもダメなんだ』


『はは、お前らとは違う、俺だけでも勝てるんだ。……そう伝えたかった』


『何言ってんだ? お前は独りじゃねぇよ。俺達がいるからな。独りじゃレースは出来ないぞ?』


『そっか……俺は独りだった。独りだと思っていた。誰にも生まれてきたことを望まれず、そんな俺が勝つことでてめぇらを否定したかったんだ』


『……これは俺の持論だが、望まれず産まれてくる子供なんて居ない。誰かに必要とされたから、俺達は生きている。……もちろん綺麗事だよ? でも、そう思った方が馬生は楽しいだろ?』


『……俺はずっと憎しみに囚われていた。それは間違いだったのか?』


『知らん。俺はそんなタラレバ考えてる暇あるなら前を向く。レースなんざこうしてれば勝てたなんて幾ら言っても結果は変わらん。大事なのは反省をして、それを次に活かすことじゃないか?』


『活かす?』


『あぁ、今のお前はその憎しみでここまで来れた。それは間違いでも何でも無いだろ? 失敗しない奴なんざ居ない。たった一度の馬生だ、沢山失敗しても良い。そんで最後に成功したなら万々歳。例え崩れたままでも、今の自分とそれを形成する過程の全てまで否定するなんてなんの益にもならない無駄な時間過ごす必要なんざ無いしな……』


『前を、見る』


『そう。成功も失敗も、全てが過去のお前を彩る要素の1部に過ぎない。……お前はお前だ。他の誰でもない。令和の○○、第2の○○なんてクソ喰らえだ。お前は誰だ? シャルルゲートでもステイファートムでも誰でもない。オーソレミオだ……それをこれから証明すれば良いのさ。これからの馬生、楽しんでけよ』


『……うん、分かったよファートムの兄貴』


『兄貴はやめろぉぉぉ!?!??!』



 自分より強い馬にボス扱いされるなんざゴメンだね!? 

……はは、やっぱいい笑顔だなオーソレミオ。まるで太陽のように輝いてるぞ、お前。



「おめでとー! ファートムゥゥゥ!!」


「横川ありがとうぉぉぉ!」


「オーソレミオも頑張ったぞぉぉぉ!!」


「次は勝てる! 凄かったよオーソレミオ!」



 ほら、分かるかオーソレミオ。お前は独りじゃない。……こんなにもお前の健闘を祝福してくれるファンの人達がいるのだから。



「……なぁ、ファー」


『どしたん横川さん話聞こか?』


「……俺をずっと乗せてくれてありがとうな」



 ……俺も、いつも乗ってくれてありがとう。貴方じゃなかったら、ここまで来れなかったかもしれない……あぁクソ、しみったれた空気は苦手だ。


 このタッグも、残すは最後のレースのみか。……絶対に最高のレースにしてやるぜ!


 俺はそう決意してラストランに臨む事になる。だがしかし……。



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次回、最終話。告知より1話伸びた

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