第76話~GI凱旋門賞その5~
《さぁ、グレイファントムが先頭で、フォルスストレートを抜けて最後の直線に入ってまいりました! 残すは530mだけ! 日本のステイファートムは中段前目!
発て! 日本の夢を乗せてさぁ旅立て! 先頭グレイファントム! しかしマーニュが追いすがる。レンテンローズ伸びはどうか!?》
『はっ、はっ……これが、GI。悔しいなぁ、重賞……ボクだって、GIIウィナーなのに、これが……最高峰との、高い壁なんだ』
レンテンローズ……ローズの脚色が目に見えて弱くなった。いや、周りの他の馬が違いすぎて相対的にそう見えるだけか。
グレイファントムも少し伸びが悪いな。GI4勝馬にしては不甲斐ない……いや、フォルスストレートで掛かった結果が今ここに響いて来てるのか。
あんたほどの実力者が、そこまで怯えるほどの馬が後ろには控えてる訳ね。……恐ろしいだろう。だが、今回のあんたはレースにすらなってない。悪いけど、もう少ししたら抜かせてもらうよ。
《アクセルナンバーとゼンドレースを交わしてシャルルゲートが来ている! その後ろだ! その後ろにリリーオフザインカと、日本のステイファートムが来ている!
ステイファートム来ている! アクセルナンバーらを交わした! 前3頭逃げ馬も捉えた! そして後方勢の伸びはどうだ!?》
『我の歩みを阻む者は誰も居ない! さぁ、ついてきたまえ諸君! 我が王道の後ろに付き従う栄誉をやろう!』
『黙れシャルルゲート! てめぇの後ろなんざ死んでもごめんだね! さっさと俺の後ろに回ってろ!』
『同意。でも補足しとくと、ファートムも私の後ろで泣いておけば良いと思うわよ!?』
シャルルゲートが2頭のGI馬もかわして逃げ馬3頭に迫る。差は、2馬身ほどか? さらに俺、リリーもほとんど差が無くかわした。ただ、まだシャルルゲート自身とは2馬身ほど差がある。
だが前ばっかり気にしていても仕方がない。後ろから来ている。……あぁ、感じる。地鳴りのような衝撃だよ。
『……居た。潰す』
当然お前だよなぁ! オーソレミオッ!
《オーソレミオだ! オーソレミオが1番外から来ている! 他の後方勢はまだ伸びてこない! やはりこの重馬場! 内枠、前残り!
そんな中、唯一伸びてきている! だが、届くのか!? オーソレミオ! 世界最強馬ピンチか! ステイファートム伸びている!
勝てるのか! ついに、ついに勝てるのか! 悲願叶うのか! しかしグレイファントム達も粘っている! 粘っている!》
『ふっ……ふっ!』
1番外から、1頭だけ他と違うと見せつけんばかりにオーソレミオが伸びてきていた。他の後ろの奴らはあまり伸びてこない。
オーソレミオをマークし過ぎるあまりに自らのペースを崩したのか? それか後ろから伸びにくい馬場で、オーソレミオが自力を見せているのか……。
まぁどっちにしろ、オーソレミオが来ている。オーソレミオは来ているが……俺の方も伸びている! 向こうの方がまだ脚は溜まっている。
それでも、この差を詰められるほどじゃない! やれるもんならやってみろってんだ。俺達は先に戦っておくからな。
『がは……い、嫌だ。嫌な、のに……くっ』
『おっさんの、ペース……頭も? おかしい、でしょ。いつもの、余裕……どこに行ったんだよ!』
逃げ馬2頭が何かを言っている。あぁ、ここまで近くに来たら分かる。グレイファントム……あんた、それほどまでにオーソレミオが怖かったのか。
だからアイツが外に出して近づいてきた途端に変な掛かり具合を見せた訳ね……んで、マーニュ。あんたはそんなグレイファントムに憧れていたんだ。
同じ逃げ馬として、先輩として……だからこそ、マークせざるを得なかった。そして変に掛かったグレイファントムに惑わされたんだ。
はっ、被害者とでも呼ぶべきか? だがこの舞台は、GIはそんな半端な奴が立っていい舞台じゃねぇ! 諦めない心を、折れない強さを持つものだけが取れるタイトル、それがGIなんだ。
《粘っているがしかし! 残り300m! クリストファー・スミヨンの鞭が飛ぶ! 先頭はシャルルゲートに変わる! シャルルゲート先頭だ! 2番手リリーオブザインカとステイファートムに変わる!》
シャルルゲートがグレイファントム達をかわして先頭に立った。その逃げ馬2頭の少し前に垂れたローズを俺達はかわして、さらに少し遅れて逃げ馬2頭をかわす。
『押し切る!』
『させるかよ!』
『させない!』
先頭はシャルルゲートに変わっていた。そして2番手に俺とリリー。後ろに垂れた逃げ馬3頭だが、もう気にする必要は無いだろう。
シャルルゲート……この舞台で、てめぇがロードクレイアスを破った事実。それに1年前の俺はどれほどの衝撃を受けたか……。
あぁ、ありがとうシャルルゲート! 最後に最高のお前と戦えて良かった! 心の底からそう思うよ。だからそこで待ってろ! すぐ抜き去ってやる!
《しかし先頭はシャルルゲート! ラストランを有終の美で飾るのか! 外からオーソレミオも飛んできているが届きそうにない!》
チラリと後ろを見る。外から来ている……でも、明らかに届くとは思えない。お前、一体どうしたんだよ……。てめぇがクレイアスを、シャルルゲートを倒した世界最強なんだろ?
『ぐっ……はっ、はっ、ごふっ……あぁあぁ!』
……あぁ、そうかスタミナ切れか。あれだけペースを狂わされて、距離ロスの大きい大外をずっと回らされてた。2400mではなく、恐らく2600mぐらいは走らされてる。
圧倒的な強ささえあれば、距離延長さえ無ければ、実力差で今まで圧倒できたのだろう。だがこの舞台には俺達が居た。強さを、スタミナを慢心したそれがお前の敗因だ! オーソレミオッ!
《この3頭か! 前年度覇者か! 欧州最強牝馬か! 日本の悲願か!》
『勝つのは……我だ!』
『いいえ、私よォ!』
『はっ、俺に決まってんだろ!』
物凄い気迫同士のぶつかり合い……特にリリーは素晴らしい。惚れ惚れするよ。どこに眠っていたんだその力は……けど。
『ま、って……』
少しずつだが彼女を離していく。彼女だけが3頭の中で離脱していく。体力でも、精神面でもない。ただ単純な力比べによって、純粋な強さの差で。
『ファートム……貴方に、勝ちたいのに……!』
『すまねぇな。俺も負けられん。……だから見ててくれリリー。俺の勝つ姿を。君のその瞳で、見ててくれ!!!』
『……うん、見てる。……貴方に見てと言ったのは私だものっ! ……本音を言えば、私を見てて欲しい。私の勝った姿を……でも、それは叶わない。……だからせめて、貴方が勝って!』
『任せろ!』
俺を応援してくれるのは関係者やファンだけじゃない。そして日本で走った同期や先輩だけでもない。今共に走ったリリーの想いも、俺は受け取ったのだ。
《ここでリリーオブザインカの脚色が鈍った! ステイファートムが2番手になった! まだ馬なりで! 先頭シャルルゲートとの2馬身差を詰めていく!》
『リリーは沈んだか。……さぁ、やろうファートム。ラストランとなる我との、たった2回しか無かったが素晴らしく濃い最高峰の決戦を!』
『あぁ。だが、てめぇに勝利は訪れねぇ。勝利の運命は俺が掴んでいるからな!』
横川さんからの鞭がここで初めて飛ぶ。一気に加速だ。脚はまだまだ余裕だぜ! どこまで粘れるディフェンディングチャンピオン様よぉ!
《ここでようやく鞭が入った! 1馬身! 半馬身! 差を詰めていく! しかしシャルルゲートも粘っている! これが前年度覇者の意地! クリストファー・スミヨンの鞭も飛ぶ!》
……凄い脚だ。シャルルゲート、てめぇの本気……いや、本領がこれって訳か。ジャパンCの時にこのパフォーマンスされてたら、多分俺負けてたわ。
だからこそ本当に良かった。1年近く俺自身の強さを高める期間をくれた事に最大級の感謝を……最高のお前を! 最高の俺が叩き潰せるってことだからなぁ!!!
『行くぜぇぇぇ!!!』
『負け、ん……勝つ!!!』
しかし無情にも、俺はジリジリと差を詰めていく。そして馬体が並び……お互いの視線が交わった。その後……シャルルゲートは俺の視界から消えていた。
『……我は、ホームですら負けると言うのか』
『……そうだ。お前は俺に完敗だな。楽しかったよシャルルゲート。……また、走りてぇ。けどそれは叶わない。だから……見ろ! 俺の最強の走りを! そして生涯、てめぇの記憶に焼き付けておけ!』
『ちっ……我が、貴様の幻影にいつまでも囚われると思うなよ。だが、今はファートム、お前の勝ちだ』
残り200mを切る。一気に加速してリリーオブザインカ、シャルルゲートを突き放しにかかった。
《並ぶ! 並ぶ! かわしたぁぁぁ! ステイファートム先頭! ステイファートム先頭! 残り200mを切っている! ついに叶うぞ日本の悲願が! ……えっ》
次の瞬間、時が止まった……かに思えるほどの衝撃が競馬場を包み込んだ。その1歩1歩がまるで雷のような地響きを立てて、外から1頭、迫って来ている。
『てめぇ、は……』
『だから、仕方ねぇよな。勝つためだ。……今回だけだぞ、デットール。……俺の限界を、今超えるために力を貸せ!』
とっくにスタミナ切れを起こしたはずのオーソレミオがまるで死神のごとく蘇ってきて俺を射程に捉えた。
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