第66話~ジャック・ル・マロワ賞~

 行くぞ世界! 行くぞ凱旋門賞!!! 一緒に行くぞ横川ぁぁぁ!!!












 はい、という訳で来ました館山牧場です! 帰省です! ……ん? 世界はぁぁぁぁ!?!?!?!?



『めちゃくちゃ行くつもりだったわ世界……』



 てっきりクレイアス達から後押しされたのもあって次の日ぐらいに走るつもりでいた。いや流石にそれはアホすぎるが、まさか帰されるとは……。



『今気づいた。まず俺、凱旋門賞行くかも謎じゃん!』



 いやむしろ俺が出たいってレースに出してくれるか普通!? しかも海外のレースよ? ……普通出れないよねぇ!?


 やばいぃぃぃぃ!!! あんだけ啖呵切っといて夏明けたらなんでもない顔で日本のレース出たらアイツらになんて言われるか!!!



「おぉ~ファートム元気そうだなぁ! ほーらニンジンでも食え」


『館山さぁぁぁん! 俺もうレース出たくない!』


「おうおうそんなにニンジンが恋しいか!」


『言ってねぇぇぇぇぇ! ニンジンうめぇぇぇぇぇ!!!』



 ……はっ!? 館山さんに誘導された! おのれニンジンめっ! 俺様を惑わせるとは良い度胸だな! ……落ち着け俺!


 そうだ! 確か横川さんの宝塚記念の最後のセリフを思い出せ! 世界に行けるとは言っていた! だから多分世界にはいけるはず! 凱旋門賞、かは知らんが……。



「よしよーし、ファートムは今日も大人しいな。ほれリンゴ食えリンゴ。良いやつだぞ」



 沢村さんが暑中見舞いに来てくれたぞ。リンゴも良いやつ……う、美味すぎる!? 何だこれ! もうずっとこれだけで良いだろ!



「おー、元気にしてたかファー。お前のおかげで業績まで伸びてやがる! お前は俺のヒーローだよ」



 お、宮岡オーナーだ。あと氷砂糖もくれた。美味し美味し! 宮岡さんにも喜んで貰えたぞ! よーし、こりゃ世界への挑戦も俄然やる気が出てきましたわ!



「さぁて良い感じにリフレッシュ出来たか。ファー、トム……か? え? お前ファートムだよな?」


『え?』



 な、一体どうしたんだ荻野さん!? 俺になにかあったのか!? そ、そんな化け物でも見るみたいな顔をして!



『……プールから、だな』



 プール! プールか! 俺泳ぐのは好きだぞ!



『あとしばらく果物やら無しで。太り過ぎだ』



 太り過ぎ? え? 誰が? ……もしかして、俺が?



『ああぁぁぁぁぁああぁぁああぁぁぁ!?!?!?!?』


「頑張れファートムあと10キロだぞー」



 プール、嫌い。数日後。



『あれ? お兄ちゃん?』


『コール! コールじゃないか!』


『相変わらず格好良いねお兄ちゃんは』



 ファー、プール、好き!



『そうだ! 私ね、GI勝ったんだよ!』


『え? ……勝ったのか? GIを?』


『うんっ。少し怪我しちゃったみたいだけど……それでも勝てたよ。これで私、お兄ちゃんの妹として少しは役に立てたかな?』



 上目遣いで俺の方を期待した目で見てくる。……はっ、当たり前じゃないか。例え勝てなくても、レースに出れないような競走能力だとしても、コールは俺の大切な妹なんだから。


 それにしても、コールも成長しているんだな。俺は年上の人達から色々と教わった。宝塚記念で見たが、年下連中も切磋琢磨していたし……皆、己の道を歩んでいるんだな。



『ん? あんた何してるんだい?』


『母さん? かあさぁぁぁぁん!?!?!?』


『なに逃げてんだいあんたぁぁぁ!?』



 ちっ、つい反射的に逃げてしまった。ていうか何で現役の俺を妊娠中の母さんが追いついて捕まえられるんですかね? ちょっと戻ってきて走らない? 俺負ける自信しかないよ?



『……ふーん、そうかい。あんたがGIを、6勝もねぇ』


『なんで納得しなさそうな顔してるの!?』


『あららごめんごめん。おめでとうファートム……これで良いのかい?』


『台無しだよ!?』


『……よく頑張ったねぇ』


『……おう』



 んだよ、そんな目で見るな。……くそ、めちゃくちゃ嬉しい。しかも初めて勝ったGIが母さんの取ったGIだって告げたらどうなるか……。



『母さん、俺は世界に行く』


『そうかい。行ってらっしゃい』


『え? 軽くない?』


『別にあんたがどこに行こうと私の息子である事に変わりはないさ。……私も見たことない景色、見ておいで』


『っ、おう!』



 さぁ、日本の知り合いは大体挨拶をした。これで本当に心置きなくいけるな。……ん? あぁぁ!? タガノフェイルド、フェイの奴と会ってなぁぁぁい!?!?!?



***



 一方その頃、タガノフェイルドは一足先にフランスの最高峰マイルGIであるジャック・ル・マロワ賞に出走をしていた。



「おぉ、これがフランスの芝」


「凱旋門賞が行われるパリロンシャンとの違いも考えておけよ」



 ドバイターフを圧勝した事で復活を世界にアピールしたタガノフェイルドはこちらでは2番人気に上がっていた。1番人気は欧州のマイルGIを4勝しているシュザンゲイル。



「あ、そう言えばファートムの写真が送られてきましたよ」


「……ふふっ、アイツらしいな」



 カメラを向けるといつも通り行う変顔を変わらず見せてくれたファートムに思わず笑みが溢れた。



「まっ、今のタガノフェイルドが負けるとは思えん」



 荻野はそう自信ありげに呟き、横川も静かに頷いた。








《先頭シュザンゲイル! そして、外から青鹿毛の馬体が来たぞぉぉぉ! 日本のタガノフェイルドだぁぁぁ!


外からタガノフェイルド先頭に変わった! 残り300m! タガノフェイルド先頭だ! そして内からシュザンゲイル!


先頭はタガノフェイルドだ! 栄光まで! あと200m! しかし内から1頭怖い馬が来ている! シュザンゲイルが盛り返してきている!


勝てるかどうか! タガノフェイルドか! シュザンゲイルか! タガノフェイルドか! 僅かに凌ぎきったぁぁぁ! 僅かに! 僅かに凌ぎきったぁぁぁ!


タイキシャトル以来、史上2頭目の日本馬によるジャック・ル・マロワ賞制覇となりました! これが日本の、世界のマイル王です!


同じ厩舎所属のステイファートムに負けられない! これでGI5勝目をあげました! ガッツポーズ、横川勤ぅ!》



 こうしてタガノフェイルドは一足先に海外GI3勝目をあげたのだった。

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